情けに甘えた男

ハナビシトモエ

せんてい人

 今日は庭の木を剪定せんていしてください。

 このバカみたいに大きい家の家政婦に言われた。

 切っていい木は青色のシールを、切っていけない木は緑色のシールを、特にお気に入りの木は黒いシールを貼っているという。

「のこぎりで切って、時間はかけていいのでゆっくりしてください。特に桜の木は大切にされているのでよろしくお願いします」

 そんなことを言われたが、気温30℃の猛暑の中、何がゆっくりだ。ふざけるな。報酬は前払いで金払いはいいが、やり方はこちらのやり方でやらせてもらうぜ。

 今日の為に新調したチェーンソー。これでギィーンと切っていく。まずは楓からだ。雨上がりは生臭いからすぐさま切ってくれと言われた。かわいそうにな、せっかく生きているのに人間様の勝手で移され殺されるのは哀れだ。

 神様にお願いする時ってなんていうんだっけか。拉麺らーめん素麺そうめん。今日の昼飯は冷やし中華がいいな。この辺りに中華料理屋はあったかな。

 とりあえずガンガン切ってやるぜ。どしどしやって昼飯は家政婦に別で要求して、断られたら途中で帰ってやればいい。うちの社長は人当たりがいいだけのぼんくらだから、俺が「向こうの契約違反で」とか言うとこっちのいう事を聞くからな。

 これで今まで楽させてもらったし、このチェーンソー代も社長のポケットマネーでおつりが来た。もちろんおつりは俺のものだ。俺が選んだんだから手間賃としてちょうどいいだろう。

「すみませーん」

 向こうで声がした。家政婦の声で「どちらさま」と聞こえた。何やら話しているが、家政婦がかけて来て俺に「切った木は本日どうされますか?」と聞くので、「会社に持って帰りますよ。ご安心ください」と言った。実際は不法投棄しぜんにかえすするけどな。

「それは今、来ていらっしゃるお客様が木を譲って欲しいと仰っていて」

「処分も大変でしょうから、いただこうと思いまして」

 奥から若い男の声がした。

「結構ですけど、先にお客さんから処分代込みでいただいております。返金出来ませんが大丈夫ですかね」

 家政婦はパタパタ玄関へ向かった。その後ろに二十半ばくらいの細身の男性が現れた。

「木村と申します」

 汚れた手で名刺入れを出して、作業ズボンの太ももで手を拭いてから名刺を出した。

「瀬尾と申します」

 木村はこちらをジッと見た気がした。

「何か」

「いえ、これはチェーンソーですか」

「職人さん、あれほどのこぎりでって言ったのに」

「こんな暑い中、のこぎりで作業は死んでしまいます。もちろん複数日の作業ですよね」

「奥様は今日で全てと」

「それは不可能です。依頼料おいくらか知りませんけど、こんな日程でやってくれるところないですよ」

 木村、分かっている男だな。いきなり現れたから怪しいと思ったが、こちらの弁護をしてくれるようだ。しめしめ、方向性次第ではもっと取れるぞ。

「そうですよね。瀬尾さん」

「正直、チェーンソー使わんと中々しんどいです」

「でも木の粉が」

「それは瀬尾さんと話してください。それで今回は瀬尾さんと契約をさせていただきます」

「しかし、木は元々ウチの物です」

「瀬尾さんが作業を任された時点で切る予定の木は廃棄物になります。ですので、そちらから料金はいただきませんが、その代わりに瀬尾さんに全額お支払いしますね」

 家政婦は奥様とやらに確認を取ると言って、家の中に入った。その間、家の中で休憩することとなった。

「しょうみ、暑い中こんな作業したら体持たないでしょう」

 家人に聞かれているかもしれないのになんと豪胆な男なのだろうか。

「暑いのはかなんです」

「そりゃそうでしょう」

「それで木を切った後、どないするのですか」

「瀬尾さんと同じく分解工場に持っていきます」

 しまった。どこにあるか覚えていない。

「そうですか」

「そうなんです。城田山の」

 そういえば、城田山にあったな。良かったどうにかなった。

「加工しはるんですか。うちはもう処分を任せているんで」

 木村の目がすぅと小さくなった。

「えぇ、燻製の材料にするんです」

「檜とか桜ですか」

「えぇ、その研究集団に属していて、加工所で丸太と枝に分けてもらって成分や…」

 ようは木を安くで売ってくれるところを探していて、休日住宅地におもむき、木を切っている家庭に飛び込むのだそうだ。バタバタと音が聞こえたので木村の同級生にプロ野球選手がいるという話を止めた。

「奥様は切る予定の木を全て持って行ってもらってもいいと」

「分かりました。実際の木を見て、切ってから計算しますね」

 曇り空になってきていた。雨は降らないそうだが、やや視界が悪い。

 青色のシールの木をせっせと切った。切った木を木村は車に運び、俺はひたすら切った。作業は日没までには終わった。木がたくさんあったので、少し見づらい箇所もあったが、大方大丈夫だろう。

「では、いったん持ち帰ってまた後日精算ということで」

 家政婦が昼食はどうしたかと聞いたので、摂ってないと言ったら、五千円くれた。口では色々言ったが五千円ゲット。

 今日はいいことだらけだ。買い取り価格も社長に今回の仕事の愚痴を言って、金は全部貰えるように出来るだろう。良かったこの仕事をしていて、金は儲かり人はいい。

 次の日の退勤時、社長室に呼ばれた。

「昨日はお疲れ様でした」

「いえいえ」

「それで突然で悪いのだが、明日から来なくていい」

 は?

「それってどういう」

「私も引責辞任をすることになった。会社は甥に継がせる」

「失礼します」

 入ってきたのは木村だった。

「城田山にはもう分解工場はありません。分解工場は県外です」

「どこに捨てていた?」

「いやだな、そんなちゃんとごみ焼却施設で」

「規格外に大きい物は。それだけではない」

「いやもう」

「桜の木がほとんど切られていたようだ。近く裁判になる。会社として負う責任は負うが、君には退職してもらわないといけなくなった」

「青と黒は見間違えます」

「こんなことになって!」

 社長が机を叩いた。

「大人として申し訳ございませんも言えないのか。選んだ私が愚かだった。こちらも君を民事で訴える」

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