第30話 情報収集スイーツショップ

休日の朝の市場。

屋台の並ぶ一角で、俺たちはさっそく動き始めていた。



「──さあっ、いかがかなっ! 美味しいクレープはいかがかなぁーっ!?」



マチメの声が響く。

チラホラと俺たちへの屋台に視線が集まる。

俺たちが出していたのは "クレープ" 屋台。

出店に際しての許可は、この町の市場を管理している商人ギルドからすぐに下りた。

むしろ、



『屋台を出してくれるのかっ? いやぁ、助かるよ』



ギルドの人たちは歓迎してくれて設備を貸してくれたぐらいだ。

なんでも、少し前から肉串やステーキなどを提供していたいくつかの屋台が、食材不足で出店できない状態になっているのだとか。



「メシウマのクレープは甘くて、フルーツはみずみずしくて、頬のとろける美味しさだぞぉっ!」



クレープ……それ自体は珍しくもないスイーツだった。

しかし、



「クレープは甘いっ、甘いものは美味いっ、美味いものを食べれば幸せっ! つまりクレープは幸せそのものなのだっ! さあっ、みんなもクレープを食べて幸せになろうっ! メシウマのクレープは世界一だぞぉ~っ!」



きれいなマチメの声は、人々であふれる市場の中によく通った。

お客の呼び込みを任せたのは我ながら良い采配だったみたいだ。

おかげさまで結構な客入りである。


マチメの美形なルックスに惹かれてか、フラフラと屋台に吸い寄せられる男女も多数いた。

ときおりはナンパまがいの迷惑な声かけもされているみたいだったが、



「むっ? そうかおまえもクレープに興味があるのだなっ! よぉし、食っていくがいい!」



マチメには通じない。

バンッ、と。

フィジカルおばけのマチメがその背を押したならば、たとえどんなに屈強な男だろうと、つんのめるように俺たちの屋台の前に押し出されてしまう。

オウエルはそんな哀れな男どもにシュガークレープを握らせて金をむしり取っていた。



「きれいな花と甘い蜜でエモノをさそって搾り取る……なんか俺たちのやってることって食虫植物っぽいな」


「男どもの自業自得です」



俺の言葉に、オウエルはため息交じりに答えた。



「マチメさんと自らの実力差も見定められず、軽薄に声をかけるのが悪いのですよ」



言いながらもクレープ生地を焼き、果物や生クリームを載せるその手はテキパキと動いて止まらない。

オウエルには何を任せても器用にこなすのでとても心強かった。



「次のお客さん、クレープ3つ! チョコバナナと桃シロップ、イチゴだ!」



お客の列整理と注文、お会計を担当するダボゼが声を張る。

行列は何回かに折れていて、この調子ならけっこうな売り上げを期待できそうだ。



……それじゃあコチラはいったん置いておいて、だ。



「もう一つの "チーム" の状況はどうかな……?」


「──ダメやぁぁぁ~~~っ」



アサツキの、力ない声が響いた。



「無理やん、もぉぜんぜんできひん!」



アサツキは、俺やオウエルの作業する隣、一段低い位置に置いてある鉄板の前で頭を抱えていた。

目の前の取り皿には、少し焦げて穴の空いてしまったクレープが香ばしい煙を上げていた。



「生地が薄すぎたり厚すぎたり、上手いこといったと思ったら今度は穴ぼこが空いて、しまいには鉄板から剥がせへんかった~!」


「ドンマイだぞぉ」



アサツキがクレープの生地焼きにだいぶ苦戦しているようだった。

その後ろではウサチがのんびりとカットフルーツをつまんでいる。



「まだコツはつかめてないみたいだな」


「ムギはん~っ!」



俺が声をかけると、アサツキは涙目になって俺の服の裾を掴んでくる。



「ウチら、ダメダメや……! クレープ生地は焼けへんし、ウサチはぜんぜん手伝ってくれへんし、あとなんかヤジウマが集まり始めてるしっ!」



アサツキが指をさす。

その先の鉄板の前には、子どもたちが何人も集まってアサツキの作業をのぞき込んでいた。

それもそのはず。

アサツキたちの前にはこんな看板を用意していた。



-------------------

"こども用クレープ"


"こどもは無料!"

-------------------



そんなわけで、お小遣いの少ないまだ小さな子どもたちはアサツキたちの鉄板の前で今か今かとクレープの完成を待ちわびていた。

アサツキにはそれがまたプレッシャーとなっているようで、



「うう……ウチ、なにか役に立ちたいって思うとったのに、これじゃあ食材を無駄にして、みんなの足を引っ張ってるだけや……」


「そんなことないと思うけど」



俺はアサツキをクルリと、ウサチの方へと振り向かせる。



「えっ」



アサツキが目を丸くした。

ウサチは、焦げて穴の空いたクレープの生地を折りたたんで二重にして、その上に生クリームとフルーツを載せ、



──パクリ。



「うんうん、これはこれで美味うみゃあなんだぞぉっ」



幸せそうに顔をほころばせていた。



「ちょっ、ちょいちょいちょいっ!」



アサツキがツッコミを入れるように、手の甲をウサチへとぶつける。



「それ焦げた失敗作! なんで当たり前のように食うてんねんっ!」


「んん? でも、これくらいぜんぜん食えるぞぉ?」



ウサチは首を傾げると、



「あと100回くらい失敗してくれ。私ぜんぶ食べれるから」


「いやっ、さすがにそんなには失敗せぇへんけどもっ!?」



ブンブンと顔の前で手を横に振る。

そんな二人の様子を見て、



「いいなぁ、私たちもそれ食べたーいっ!」


「僕もぉ……!」



鉄板の前で待っていた子どもたちが、やんややんやと騒ぎ始めた。



「いや、ちょお待ってぇな! まだウチ、焦げたのしか作れんくて……」


「すごく美味しそうだったよー?」


「いや、でも……焦げてるものを出すなんて、そんな……」


「えぇっ? 香ばしくて美味しそうじゃんっ!」



子どもたちの声に圧されて、どうしようとアサツキが俺を振り返った。

俺はうなずいて返す。



「いいんじゃないか、少しくらい茶色くなって、穴が空いてたって」


「えっ、ええのっ!?」



そもそも俺はアサツキたちにすぐに上手いクレープ作りができるなんて思っていなかった。

でも、それでいい。そちらの方が、アサツキたちと同じ子どもたちにとっては親しみやすさが出るだろう。



「大事なのは、アサツキたちも他の子どもたちも楽しんでくれることだよ」



だいいちに、俺たちの本当の目的はクレープとは他にあるわけだしな。

アサツキは真面目な性格のようだから、何事もキッチリとこなしたいみたいだけど……



「もっと力を抜いていいんだぞ。ほら、ウサチを見てみろ」


「えっ?」



俺が指をさした先へと、アサツキは振り返った。

そこでは、



「生クリーム直で飲みたい子いるかぁ~?」



ウサチは手に持ったホイップの入った袋の先端を、手を挙げている子どもたちの口へ突っ込んで噴射していた。



「ちょぉっ!? ウサチぃっ!?」



慌ててアサツキが止めに入りにいく。

が、そんなアサツキの口にも軽快なウサチのステップによって果物が詰められる。

子どもたちはその様子に心底楽しそうに、甘さを満喫しながら笑っていた。



……よしよし。ウサチとアサツキの "こどもクレープ" の方は、これくらいのゆるさでやっているくらいでちょうどいい。



アサツキも、次第にその肩から力が抜けて、年相応の笑顔になってくる。

だいぶ良い雰囲気になってきた。

俺はパチリと片目をつむり合図を出す。

アサツキはハッとしたように息を吞んで、それから、



「な、なぁ? みんなにちょっと聞きたいことがあんねんけど──」



子ども同士のおしゃべりの中で、それとなく切り出す。



「──みんな最近、変な人に声かけられへんかったか?」



俺たちメシウマの目的はクレープ屋として成功することではなく、あくまで "情報収集" だ。

最近世間に迷惑をかけている "子どもたちを連れ去る犯人" についての目撃情報は、大人よりも被害者になりうる子どもたちの方が多く持っているのでは? と俺は考えていた。



……子どもはオヤツが好き。タダで食べられる場所があると聞いたら、そのウワサはすぐに広まるだろう。そして子どもたちは見知らぬ大人よりも、自分たちと歳の近い同じ子どもに対しての方が口が軽くなるものだ。



クレープ屋台は子どもたちの生の声を、子どもたちにも大人たちにも悟られず自然に集めるための迷彩だった。



「あっ、 "変な人" といったらそういえばね……」



クレープ目当てに集まった子どもの内の一人が快活にしゃべり始める。



「私、昨日ね、アメをあげるって変なおじさんに声をかけられてさー。なんかイヤだったから無視して逃げちゃったー」



少女のその言葉を皮切りに、「え、そんな人知らない」「あ、僕知ってるかも」「もしかしてあそこの工場裏の広場?」「オレの友達がそんなこと言ってたかも」などと子どもの間で話が広がっていく。



……よしよし、集まり始めたな。



俺は後ろで果物をカットしつつ、耳をそば立てた。

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え?ギルド内で唯一コックを極めてる俺をクビですか?【書籍化企画進行中!】 浅見朝志 @super-yasai-jin

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