第29話 濡れ衣を晴らす
山小屋のあった場所から2日かけて山道を南へと抜けると、ほどなくして次の町"サウザン"へと着いた。
山脈の裾野に沿うように街並みの広がる、横長の大きな町だ。
俺たちはその中央に通る広い街道を幌馬車で進んだ。
その先にある
「──おまえたちはいったい何者だ?」
……なんでか、ものすごく疑わしい目で警吏の男ににらみつけられてしまったよ?
おかしいな。
俺はただアサツキを見せて『この子を拉致監禁したあげく、俺たちを襲おうとした盗賊を引き取ってくれ』と頼んだだけなんだが。
警吏は鋭い視線を俺の体の上から下まで往復させたかと思うと、それから俺の後ろにいたウサチに目を留めて、
「おまえたちも奴隷商人なんじゃないのか?」
「は?」
「小さな兎人種の子どもまで連れて……その子を売り飛ばそうとしてるんじゃあ……」
「ちょっと、それはあまりに失礼ですよっ」
後ろから、俺を退けるようにしてオウエルが警吏の前へと身を乗り出してくる。
「私たちは詳しく事情を説明したはずです。身分証明もしています。根拠のない嫌疑をかける前に、疑う理由があるのであれば、まずはそれを私たちへと説明すべきではありませんか?」
「……」
オウエルの言葉に、警吏の男はムッとしたように眉間にシワを寄せる。
「近ごろ、子供を連れ去る者が急激に増えている。先日も一件あったばかりだ」
「急激に増えてるって……なぜまたそんなことに」
「さあな。だが、奴隷売買のためには違いないだろう。そして、」
警吏の男は忌々しそうにアサツキを見ると、
「この子供の連れ去り事件にはエルフが関わっている」
「えっ……?」
「連れ去られた子供たちは、その後エルフの滞在する町や村で保護されている。間違いない」
そう言って、フンと鼻を鳴らす。
「そんなときにどうだ、エルフを連れた見知らぬ顔のおまえたちが奴隷商人とやらを突き出しにやってきたじゃないか。何かしら関与があるんじゃないかと考えて当然だろう?」
「エルフが関わってるわけ、あれへんわっ!」
アサツキが食って掛かる。
「エルフは人の子を買ったりなんかせぇへんっ! そんなことするエルフなんておらんっ!」
「口ではどうとでも言えるだろう。だが実際、エルフたちの近くで子供が発見されたことをどう説明する? 子供がエルフの里で発見されたケースもあるんだぞ、状況証拠はそろっている」
「そんなの、何かの間違いやもんっ!」
「この件は領主であらせられるニアシー伯爵にも全て報告済みだ。閣下のご判断しだいでは覚悟しろよ、エルフども」
警吏の男は吐き捨てるように言った。
* * *
「──奴隷商人の男たちは引き取ってもらえたが、何とも後味が悪いな」
マチメは焼き立てのクッキーを頬張りながら、テーブルに頬杖をついた。
警吏の拠点から引き上げたあと、俺たちはサウザンの東市場、甘味屋台の並びの前にいた。
用意されていた組み立て式のテーブルを囲み、甘いものでも食べてひと息を吐こうと思っていたのだが……
「だいいち、あの警吏の男はなんで俺たちにあそこまで敵対的だったんだろうな」
「そうだ、それも納得できないのだ! 私たちは国民として正しいことを正しい手続きで行っているはずなのにっ!」
マチメは荒っぽくクッキーを貪り食った。
生来の生真面目さからか、今回の件はよほど腹に据えかねているらしい。
「……エルフは人さらいなんか、せぇへんもん」
ボソリ、アサツキがうつむいて言った。
手に持っているバウムクーヘンには、まだひとかじりの跡もついていない。
「そうだな。俺もエルフは人さらいなんかしないと思う」
アサツキの呟きへと、俺は頷く。
「俺には、冒険者をやってたときにエルフの知人が2人いたんだが、彼らも菜食主義者だった。『むやみに命を冒さない』ってことを美徳としていたし、そういうエルフが多いとも聞いた。そんな種族がさらわれた人の子供を買うだなんて行為を許すわけがない」
「せや。それに、子供の少ないエルフにとって、"子"っていうのは特別に大切なものや。奪うなんて、考えただけで恐ろしい」
アサツキは冷たくなった手先を温めるように、胸の前で両手を握った。
そんなアサツキの小さな背中を、オウエルがさすりつつ、
「ムギ様、先ほどの警吏との会話ですが、少し妙な点に気づきまして……」
「妙な点?」
「はい。連れ去られた子供について、です」
その薬指で眼鏡の位置を直すと、知性がキラリと光った。
「警吏は、エルフの住む場所の近くで連れ去られた子供が発見されることが多い、と言っていましたが……エルフが本当に子供を売買しているのだとしたら、子供が見つかるのがそもそもおかしいかと」
「どういうことだ?」
「奴隷売買は王国法で禁止されています。ならば、子供を本当に買ったのであれば必死に隠すハズでしょう」
「……確かにそうだな。アサツキの時のように檻の中に閉じ込めたりして、絶対に見つからないよう、逃げ出さないように細心の注意を払うハズだ」
だとしたら……
これはいったいどういうことになるんだ?
「ムギ様、私はそもそも『本当に奴隷売買は成立していたのか』という点に疑問を感じているのです」
「え……どういうことだよ」
思わず、首を傾げてしまう。
「奴隷売買のためにに子供を連れ去っているんじゃないのか? じゃなきゃ、なんのために?」
「それはまだ分かりかねます。ただ、警吏の男は子供たちが"発見"されている、と言っていました」
「ああ、そう言っていたな」
「それって、誰かの手元から取り返したというよりも、まるで子供たちがひとり別の町に"置き去り"にされているところを見つけたような口ぶりだとは思いませんか」
「確かに……あの警吏、奴隷商人を捕まえたとも、子供を買ったエルフを捕まえたとも言っていなかった。だとすると、もしかして子供たちは本当にただ置き去りにされていただけなのか……?」
「はい。そうだとすると奴隷売買の意味がありません。奴隷を買ったのだとしたら、普通は手元に置こうとするものではありませんか?」
オウエルの言葉は的を射ていた。
とすると、オウエルの言う通り奴隷売買は行われていないのか……?
でもそうすると、子供を連れ去っている者の目的は何なんだ?
腕を組んで、頭を左右に傾げてみるが……
「わけが分からないな。モヤモヤする……」
せっかくのひと息の時間なのに頭だけが疲れていく。
なんというか、精神的にすごく苦痛だ。
アサツキもシュンとしてしまっているし……
……よし。
「悩んでも分からないなら、実際に子供を連れ去ってるヤツに聞いてしまうか」
「えっ?」
目を丸くするオウエルたちへと、俺は言葉を続けた。
「俺たちでその犯人をとっ捕まえるんだ。目的を吐かせればモヤモヤもスッキリするし、やりようによってはエルフに着せられてる濡れ衣も晴らせると思う」
「……ムギはん……!」
アサツキは椅子から立ち上がると俺の前までやってきて、
「ウチも、ウチもできることなら何でもお手伝いするわっ! このままエルフが疑われるのなんてゼッタイ嫌やもんっ!」
「ああ、助かるよ」
「しかしムギ様、アテはあるのですか?」
アサツキの頭を撫でていると、オウエルがそう耳打ちをしてくる。
残念ながらアテはない。
この町には前の西の町のミルガルド先輩のような頼りになる人がいるわけでもないし、犯人の姿も想像できない。
だが、
「こっちから追えないのなら待てばいいだけさ」
「待つ、とは?」
「釣りだよ、釣り」
俺が竿を振って釣り糸を投げるマネをすると、オウエルは目を丸くして、今はカスタード入りの銅板焼きをモフモフ食べ続けているウサチの方を向いて、
「もしかして子供姿のウサチさんをエサに、犯人を一本釣りにっ?」
「んぁっ? 私、エサになるより、食べる方がいいぞぉ……?」
オウエルとウサチの両方に、俺は「違う違う」と顔の前で手を振った。
「釣りエサはコレだよ、"スイーツ"だ」
俺は自分の手に持っていたカステラの袋を掲げる。
「俺たちメシウマでこの町に新しいスイーツの屋台を出そう。それでもって釣りまくるのは、犯人じゃなくて"生の声"さ」
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