fool me
時雨(旧ぞのじ)
もういいかい?
『ていうかさぁ、アンタ根暗だよね。オタクっぽいし、ザ陰キャってカンジ?』
字面だけ見れば、強い悪意しか感じないそんな言葉は、放った本人からすればただのコミュニケーションのつもりなんだと思う。
ただ、俺からしてみれば頭を鈍器で殴られた気分だった。
この日から俺は、俺を騙し続けている。
髪を美容院で流行りの髪型にしてもらい、毎朝セットして。
服装に清潔感を意識して。
馴染みのない、皆が使うアプリをインストールして話題に着いていけるように。
自然と小遣いではやりくり出来なくて、バイトをするように。
バイト先の接客の賜物か、愛想笑いが上手くなったと感じる。
財布に余裕が出来るほど、学業に対して余裕はなくなっていく。
試験の成績のことで親と衝突する。
事あるごとに説教、そして3つ歳上の姉と比べられて。
慣れてしまったのか、そんな怒鳴り声、呆れ声も同じトーンで聞こえてくる。
自室に戻り、荷物を適当に放ってそのままベッドに横たわれば。
【小説家になるぞ】
前に天井に貼った下手くそな字が、目に飛び込んできた。
無意識か、ベッドから伸ばした手。
その数メートルが、異様に遠くに感じてしまって。
そのまま脱力した腕が、ポスッ、とベッドを叩く。
何を、得て、
何を、失ったのか。
そんな事はとっくに気付いていた。
いや、気付かないフリをして過ごしてきた。
「fool me...か」
自分自身を欺き続ける。
おそらく、これからも。
一度でもかぶった仮面は、そう易々とは取れない。
怖いから。
でも、もう...。
「ねぇ、君さ。その本好きなの?」
「もういいよ」って、言ってもらえる日が来るのかなんて。
「あ、その...」
僕は、望んでいたのかも知れない。
fool me 時雨(旧ぞのじ) @nizzon
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