海辺の誘惑 その後

オカン🐷

獲物

 この水平線が大好き。

 朝日を受け波間がキラキラと輝くの。

 それを肌に感じるのよ。


 やっと温かな風が吹いてきてここを訪れる人もいるはず。


 若い女の子が極寒の浜辺へ来て、爪先をちょっとつけただけで逃げ出して行った。

 いくじなし。

 死ぬつもりなら冷たい海の水に立ち向かう覚悟を持ちなさい。


 釣りに来たご老人は煙草を燻らすと海を灰皿代わりにしたわ。

 そのあと痰を吐いて、あげくにトイレがわりにして。

 よっぽど海の中に引きずり込んでやろうと思ったけど、ご老人の裸体は見たくないわよね。



 キャハハ


 来た、来た。

 でも、カップルじゃどうしようもないわね。


「うわあ、まだ寒いよ」

「でも、人込みよりはいいさ」

「私、何か温かいもの買って来る。そこに自販機あったから」

「ああ」


 携帯灰皿に煙草の吸殻をしまった男性。

 

 チャンス。

 ひとりになった。


「ねえ、ちょっと、こっち、こっち」

「驚いた。君、もう泳いでいるの? 冷たくない?」

「海の中って温かいのよ。嘘だと思うなら確かめてみて」


 靴を脱いだ男性がそっと爪先を差し込んだ。


「やっぱり冷たいや。ところで君、水着を着てないの?」

「どうかしら。自分の目で確かめてみたら」


 好奇心に打ち勝てなかった男性は海の中へ。

 あとはイケメンアキラにされたことをそのままに。


「やったー」


 やっと解放された。

 一冬通り越したんだもの。よく頑張った。


「あれ? ウッキー、ウッキーはどこ?」


 タオルで包んだ缶コーヒーを抱えた女性が佇んでいる。


「メグ~、ここだよ~」


 海の中からウッキーが手を振った。


「ウッキー、寒くないの?」


 呆れ顔のメグ。


「そうでもないさ。メグもおいで」

「え~、濡れるの嫌だあ」

「そんなこと言わずに来いよ。海の中でいちゃこらしようよ」

「え~」




「待って、彼女、待ってよ」


 ウッキーが砂浜を慌てて追いかけて来る。


「メグが呼んでるわよ」

「いいんだよ、あいつ最近、結婚を匂わせて重たくなってきたんだ。それにマーメイドになるのが憧れだって言ってたし、ちょうどいいじゃん」


 アキラも私が重荷になっていたのかな。親友との裏切りもそういうことだったのかな。


「へえ、服が濡れてないや。不思議だな。ねえ、君どこへ行くの?」

「「しばらく海の見えない所がいいかな」


 あの美しい水平線ともお別れ。

 振り返ると、メグが両手を振っていた




        【了】

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