第4話 キジンはその場にいなくても、想像だけで割とウザい
存在した……なんと人間が食べる食用蛇肉は存在していたのだ。一説によれば、アミノ酸が多くてスタミナ満点らしい。そして俺が調べたサイトだと割と丁寧な包装がされて、発送されるいい感じのギフト的な扱いがされていた。二重に驚きだった。
でも正直な話、個人的にはあまり食べたいとは思わなかった。
ほら、だってやっぱり蛇だし……。
さて昨日、無事に現世に帰ってきた俺は、その後師匠からこう言われた。
『では明日、また顔を出すように』
はい、その一言のお陰で今の最悪の気分です。
そして話はそれだけではなく続きがありまして。
『そうそう、宿題として明日学校へ行った時に件の蟲に憑かれてる奴を良く観察して来るように。ついでに本人から、最近何処かしら変な場所に行ってないかなどの情報も聞き出せれば、なおよしだ』
とのことで……いや、面倒くせぇなおい!?
ほぼ絡みのないクラスメイトに、いきなり近況を聞けと?
蟲に憑かれた状態を観察しろというのも、なかなかキツイのに、より難易度が高い。というか不審だ。だって俺自身、別に気さくな方でもないからな。
そうして、その時の嫌そうな俺の気配を察した師匠が、すかさず言ったあの台詞。
『助言が欲しいのだろう〜?まぁ、こちらは正直どちらでも構わないから、嫌ならやらなくてもいいぞ。その代わり、お前もそいつに憑いてるものを通して、そこそこ害を被るかもしれないがな〜』
あのわざとらしさと言ったら、酷いものだった。大蛇を煽りまくって気が済んだのかと思ったら、全然そんなことはなさそうだったあの態度。恐らくあの性格は天性のもので、決して止まることはないのだろう……その場は我慢したけども、俺もだいぶムカついたぞ。
そんなことを考えて歩いてる内に、俺が通ってる学校に到着。昇降口で上履きに履き替えてると、じわりと嫌な気配を感じて、俺はそっとそちらに目をやる。
いた。
件の蟲憑き……いや、クラスメイトの岡部洋一だ。ちょうど俺と同じタイミングで登校してきたらしい。
俺自身、今はあえて霊的なモノを視えないようにしているが、それでも岡部の周囲はどんよりしていて、彼自身の顔色もどことなく良くない。なんというか、青白いというか影が濃いんだよな。
……やっぱり、諸々オンにしたバージョンも見ないとダメだよな?
この時点で、もう嫌な予感しかしないんだけど。
ここでやらなければ後で師匠から何を言われるか……チッ、やってやる!!
霊が見えるように意識の切り替えをはかる。
一旦目を閉じて深呼吸、閉じていた蓋を開くようなイメージを意識して集中する。一番似た感覚なのは、耳を澄ませて特定の音だけを聞こうとしてる時だろう。
切り替えが上手くいったのか、さっきから肌で感じていた嫌な気配がより鮮明になった。
目を開くまでもなく、何となく沢山の蟲が蠢いている気配が伝わってくる。
いや待て、以前はここまで感覚が鋭くなかったぞ。もしかして、師匠の所にいるせいで感覚を閉じていても、いつの間にか読み取りのレベルが上がってる……視えないようにしてやるって言っておいて嵌めたのか!?
クッソ、あの人はいつもそうだ、これは後で絶対に問い詰めなければ。
とりあえずは、先に今の用事を済ますか。気は進まないけども、目を開けなければ……。
えいっ!!
ブワッと目の前に広がったのは、盛んに岡部から湧き出る黒いモヤに、それに群がる蟲の群れだった。
何これ、この勢いは間欠泉?それとも煙を出す排気口?
というか蟲の数、想像以上に多すぎない?蚊柱が更に大きな虫で構成されてるような感じなんですけど。更にちらほら、岡部から離れて、その辺を飛び回っている黒っぽい虫がいるんだけど。え、何これ、気持ちワル。
…………霊フィルター、オフ!!
いや、ダメだこれは、アレ以上は耐えきれない。
というか岡部くん、この状況でよく無事に学校に来てるね、メチャクチャ凄いよ。
一体、どうして彼はこんなことになってしまったのだろう。
もしかして、ヤバい呪術師とかに呪われているではないのかと、本気で心配になってきたぞ。師匠によると人間の仕業ではないと、言ってたけれども。
とりあえず話を聞いてみるか。
だってずっとこの状態のままで、同じ空間にいるのは俺も怖いし。
もちろん声を掛ける方も、割と怖いけどな。
「おはよう、岡部くん」
「ん?」
「なんか調子悪そうだけど大丈夫か」
「君は……」
「同じクラスの霧島だ、たまたま目に入って気になってな」
「そうか……やっぱり、そう見える?」
「割と顔色が悪いからな」
たぶんこれは一般人目線でも、普通に顔色が良くないと言える部類に入るだろう、たぶん。
「実は母方の実家に行ってから、あまり調子が良くなくてね……」
「そうなのか」
おっ近況を聞くまでもなく、向こうからそれっぽい話をしてくれた。これはラッキー。
「元々、好きな場所ではなかったのだけど、今回は帰ってきてからも良くならなくて、困ってるんだ」
「それは大変だな……なんかたまに聞くからな、人によっては合わない土地とかがあって、そこに行くと体調が悪くなるってやつ」
「そうなんだよ合わないんだよ、あそこ」
まぁまぁ悪くないよな、この会話の方向性、さてここからどうやって、更に情報の深掘りをするか。
「そう言えば、あの土地は昔
「へぇ、養蚕業……」
こっちから振ってないのに、また向こうから来たぞ!?ありがとう岡部くん。
「だからそれで殺した蚕を供養するための石碑というか、石積みたいなものがあった気がする。最近は養蚕業が廃れて久しいから、あまり管理されてそうになかったけれど……」
「それはあまり良くなさそうな話だな」
「だよね」
有用そうな情報を得た俺は、教室に着いたこともあって適当に会話を済ませ、適当な場所で一人になって少し考えをまとめた。
養蚕業か……自分もあまり詳しいわけじゃないが、絹糸を取るのに蚕の繭を丸ごと茹でるんだったか?
そういう虫なら確かに呪術に向いてそうな感じもするが……でも蚕って飛ばないよな。
いや、でもそもそもの原種は蛾だから、霊体になれば飛べるようになるのか?
しかし俺が見た虫の中には、なんか全く蛾じゃなさそうなのも混じっていた気がするし……何なんだろう、これは。
ただ少なくとも、今の自分じゃ答えが出そうもないというには確かだな。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
そんなこんなで、学校での授業を終え、二日連続でここに来ることになってしまった。
仕方がないので嫌々ながらも、扉を開けて室内に入る。
「師匠来ましたよ」
と、声を掛けた瞬間、ふわっと何か香ばしい香りがふわっと漂ってきた。
見てみると部屋の中央の方で、何かしているようだった。
……アレは七輪で何か焼いてるのか?
「おー、来たなシキ。こちらはちょうど蛇肉を焼いていた所だ」
…………え。
昨日の今日で蛇肉を調達して来ている……!?
師匠は相変わらずの黒い帯でのグルグル目隠し姿だが、調理のためか着物の方にタスキ掛けをして袖をしっかりたくし上げている。なんなら昨日あの大蛇と対峙した時よりも、気合いが入っているように見えるのは気の所為だろうか。
「例の話は、これを食べてからにしよう」
そう言いながら師匠は箸で、七輪の網の上に置かれた蛇肉をヒョイヒョイひっくり返していた。
妙に手慣れているな、この人って料理や食事もよくするのだろうか……人外の食事事情って謎過ぎる。
俺がまじまじと見ていると、師匠が蛇肉から顔を上げて、相も変わらずぐるぐると黒い帯で目隠ししたままの顔で、それでもこちらが見えてるようにフッと笑った。
「安心しろちゃんと、お前にも分けてやるからな」
い、いらねぇ!!
と思ったものの、師匠はいつの間にか皿を取り出し、流れるように焼けた蛇肉を乗せコチラに差し出して来ていた。
恐ろしく手際がいいな!?
「まさか要らないとは言うまいな?」
皿を差し出した師匠は、何処か恐ろしさのある笑みを浮かべて、俺にそう問いかける。
あ、これは断ったら、色々と危ないやつだ。俺の本能がそう告げている……。
断るか、食べるか…………断然、蛇肉を食べる方が安全なのは間違いない。
「いただきますっ!!」
そうして俺は覚悟を決めて皿を取ったのだった。
キジン師匠の裏祓い+α 朝霧 陽月 @asagiri-tuyu
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