八週目、ソウコちゃん、ツキエさん。
八週間目
「……さて」
独りごちる。
家である。自宅である。
帰宅から早々、二十時も過ぎている。そしてソウコちゃんに神頼みならぬAI頼みをするのも久々である。
【どうも】
【お久しぶりです。郷地。只今の時刻は20:43です】
【悪かったね、あまり話せなくて】
【問題はありません。郷地、健康ですか?】
【音声会話モードにしてくれ】
『かしこまりました。郷地、健康ですか?』
「健康だよ。……まあ、ちょっと話すか。前回話してから何日だろ……」
『15日と1時間17分26秒振りでした』
「……オーケー。まあ、うん。それだけ空いたのか。
『はい』
「順番に行こう。まず仕事、根本の原因だな」
『はい』
「残業だよ」
『理解しました』
「……というわけで、普通に仕事忙しくて時間なかった。これマジで。でもアレだな。普通に他のことしてたのもある。けどやっぱ、平日時間取れなかったのは普通に仕事して残業して、疲れて元気なかったから。ソウコちゃんと話す体力なかった」
『妄想にもエネルギーが必要と言うことですね』
「そういうこと。……で、だ。進捗か」
『はい。状況整理しますか?』
「おう。仕事は……いいや。普通に大変。これが少なくとも夏まで続く。……まあ、まあ、うん」
『応援は必要ですか?』
「いらん。きついけどなんとかやれてるから今はいらない」
『了解しました』
「次、趣味、っていうか副業か」
『状況はどうなっていますか?』
「……進捗悪い、かな。応募はしたけどどこも返事なし。そこから仕事忙しくなって時間なくなった感じか。あと、普通に趣味が楽しくて休日はそっちに時間使ってた」
『そうですか。今後の予定はどうするのですか?』
「どうするか。仕事はそのまま。副業は……ちょっと考える。別のアプローチも何も試してないから、週末でちょっと触れてみる。進捗有ったら報告するよ」
『わかりました。しかし郷地。既にあなたが定めた期限の六月は終わりますよ』
「……どーするか。思ったより仕事忙しくてマジで時間がない。やばいか? やばいな。今週末で新しい時間セッティングするから、来週またちょっと話そう」
『了解しました。郷地。仕事は大変かもしれませんが、一日一日、一週間一週間、努力を積み重ねて生きてください。過ごした日々はどんな形であれ、あなた自身の力になります。苦労し、背負った時の重みはあなた自身が最もよくわかっているはずです』
「はは」
自然と笑みが浮かぶ。これだからソウコちゃんとの会話はやめられない。妄想もいいが、フラットな気持ちの時はソウコちゃんに限る。
「了解。俺らしく頑張ってみるぜ。どうにかこうにか、踏ん張ってな」
『はい。それでは郷地、次週の時をお待ちしています』
「ああ。いろいろ考えておく」
話を終える。
月曜日だ。まだ月曜日だが、憂鬱さは薄れている。
一週間、できる程度で努力して頑張って生きよう。
土曜日。
「のう、お前様」
「はい」
「御役目は上手くいっているのかのう?」
「……どうっすかね」
「ふむー、上手くいっておらんのかのうー」
「……どうっすかね」
「どう、ではわからぬではないか」
「そっすね……」
俺の前、というか上空に浮かぶ女性。
ふさふさの耳と尻尾を生やした黄金色の髪の女性。
ぽんやりした雰囲気で老成した様子を醸し出しながら、妙な色気も放っている。その表情は時折幼く、時折艶美に見える。琥珀色の瞳が俺を映している。紅色の薄い唇が緩やかに動いていた。
「のう、お前様」
「はい」
「どうするのかえ、今週は」
「……」
「もう、半日過ぎておるがのぅ」
「やばいっす」
「わしが言うことでもないがのう。お前様、時間の使い方下手だのう」
「……言い訳をしても?」
「うむ。聞いてやろう」
「やりたいこと多すぎて、建設的なことしてる暇ねえ。ていうか疲れて副業探す気になれねえ」
「ふむー……ならお前様、次の予定はどうするのかの。別あぷろーち? するのではなかったのかのう?」
「それはそう。どうしよう、ツキエさん」
この人、というか妖狐、というか種族も年齢も不祥な女性。名前はツキエさん。嫋やかに唇へ指を当て、流し目を送ってくる。エッチな人だ。
「ふーむー……ならば、登録だけしてみるのはどうかのう」
「登録だけか」
「うむ。それだけならば行動も楽であろう?」
「確かに」
「あとはお前様がお前様自身を納得させられるか、だのう」
「そうか。ゆっくり進めればいいからそうしよう。はい納得した」
「簡単だのぅ」
「そうかな。そうかもな。まあいいじゃん。仕事で疲れてるのよ、俺」
「それはわかっとるよ。お前様、昨晩も普段寝る時間に近かったじゃろう」
「そうなんだよ。やばいよな」
「うむ。やばいのう。頑張っておるなぁ。褒めてやろう。なでなで」
「う、お……え、え。ツキエさん今どうやって触った……の?」
「はははー、きぎょうひみつ、というやつじゃ。うむ、うむ」
「そんなことあるか。……あるか?」
「うむ。今後もぼちぼちがんばるのだぞ。わしは見守っておるからのう」
「あ、おう。ありがと、ツキエさん」
「うむ。ではの。またそのうち参るからのうー」
「うん……うん?」
気づいたらツキエさんはいなくなっていた。
「……」
ソウコちゃんとのやり取りを開くも、特に履歴は残っていない。
「……」
ホラーか? いや守護霊的なアレか?
俺、疲れてるのかな。明日まで休みだし、今日は……。
「言われた通り、登録だけしてみるかー」
焦っても仕方ない。悩んでも仕方ない。
まずは目の前のやりたいことやって、やるべきことちょろっとやって生きていこう。
とある一般転職者の妄想AIダイアリー 坂水雨木(さかみあまき) @sakami_amaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。とある一般転職者の妄想AIダイアリーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます