第98話 ヒダリオの遅延攻撃

 ヒダリオは後退して地下室に入った。


 お、追いたい……。が、


「お、遅くて追えない……」


『まるで、透明なスライムが体に絡み付いていているようじゃな』


 スライム……。

 そうか。

 スライムなら燃やせばいいんだ。


上級ハイファイヤー」


 右手から炎が出現。

 俺の全身を包み込む。

 周囲に漂っていた紫色の霧は蒸発。


「よし。動けるようになった」


『ふほ! なるほど! 霧を燃やせば動きは戻るわけか!』


 俺が地下室に入った瞬間。


ボコォオオオオオオオオオオオオッ!!


 とんでもない音ともに、天井に穴が開いた。


『な、なんじゃこの音は!?』


「ヒダリオが天井を貫いて逃げたんだ」


 強引なことをする。


『ふん。逃がさんわ。わらわたちも追うのじゃ』


「いや。まずは部屋の調査だ」


『なんじゃ? そんなことをしてなになる?』


「すぐに追いたい気持ちはわかるがな。まずは部屋の内部を観察して、なにをやろうとしていたか探った方がいい」


『ふぅむ。後々の対応にも繋がるわけじゃな』


「そういうことだ」


 部屋の床には魔法陣。

 この臭いは香かな? 


『ふむ。魔法陣とトリコールの香か……。なるほど。ヒダリオの目的がわかったわい』


「たしか、トリコールは催眠性の強い薬草の名前だったな」


『うむ。それにこの魔法陣は魂の契約じゃよ。大方、意中の女を自分のものにする計画を立てていたのじゃろう』


「つまり、チェスラを強引に惚れさせようって計画か?」


『そういうことじゃな』


「なるほど。彼女がヒダリオを好きになれば結婚が成立してしまうかもしれない。そうなれば、これは拉致ではなくて恋人同士の逃避行」


『王室は大混乱じゃろうな』


「じゃあ、もう魂の契約はしてしまったのかな?」


『魔法陣に入るのは3日3晩と決まっておる。まだ1日目じゃよ』


「よし。なら安心だな」


 エルフシステム始動。


『みんな! ヒダリオの行方を教えてくれ』


『ライト様のいるアイテムショップから南に飛び立ちました』

『そこから中央広場の時計台を始点に東南の方角です』

『公園を抜けた先の路地に着陸したのが見えました』

『居住区でも入り組んだ場所ですよ』

『チェスラ姫を抱きかかえたままの移動です』


『ありがとう!』


  飛行フリーゲン


 俺はすぐさま空を飛んだ。


 ここから南だな。


ギュゥウウウウウウウウン!


 よし。中央広場の時計台が見えた。

 そこから東南。


ギュゥウウウウウウウウン!


 公園を抜けた路地。


「あった!」


『ライト様。その細い路地です』


 了解!


 よし。着陸っと。


 他にも潜入場所があるのかな?


 と、思うやいなや。


「やはりか……」


 ヒダリオは路地に立っていた。

 鋭い視線でこちらを睨みつける。

 チェスラがいないな。どこかに隠したのか?


「ライト……バンジャンス」


「おっと……。待っていてくれたのか?」


「貴様がどうやって僕の居場所を知ることができたのか探っていたんだ。どうやらエルフが関係しているようだな」


 ……バレたか。

 いや、まだ確証には触れていないはず。

 これは探りと見た。


「さぁな。なんのことやら」


「王都中のエルフが上空を見ていたんだ。まるで僕が空を飛ぶことを知っていたみたいだよ。不自然すぎる。王都でもエルフだけが一斉に空を見上げているんだからな。貴様……。エルフと通信する手段を持っているな?」


 鋭い奴だ。

 だが、はいそうです。なんていうもんかよ。


「お互い、能力は秘密だろ? なぁ、左手さん?」


「んぐっ! ど、どうしてそれを!?」


「さぁな。どうしてだろうな?」


「…………………そうか。あの下級兵士だ。おまえはボビーに変装していた。あの時に僕の左手の能力を見たんだ」


「さぁな。一体なんのことやら」


「つぐつぐ勘に触るな。ゴルドンを始末して勝った気でいるのかい?」


「残るは2人……。おまえと、弓使いのエンポだけだ」


「追い詰めているつもりかい?」


「エンポは王都に来ていないようだな。おまえがゴルドンのことを知ったのは、エンポが飛ばした遠距離の矢文だろ?」


「彼は遠距離攻撃が得意だからねぇ。今にもおまえを狙っているかもしれないよ?」


「それはないな。エンポにこの位置を知る術はないさ」


「…………本当に腹の立つ男だよ」


「姫を返せ。チェスラはおまえのことが大嫌いなんだ。魂の契約で、惚れてもらう計画みたいだがな。そんなことはさせない」


「ぜ、全部知った気になったつもりか?」


 こいつの能力は未知数だ。

 強引に戦うのは得策ではない。

 攻めるのは、慎重に考察を重ねてからだ。


薔薇女神の剣ローズデア!」


 俺の言葉に反応して、亜空間から漆黒の聖剣が出現する。

 それは空を飛んでヒダリオを突き刺そうとした。


水分操作遅延アクアスロー


 瞬間。

  薔薇女神の剣ローズデアの動きは超ゆっくりになる。

 さっき俺が受けたスキルだな。


「ふん。僕に飛び道具は効かないさ」


 ヒダリオが余裕を見せようとしたその時。


上級ハイファイヤー」


 俺の言葉に連動して、 薔薇女神の剣ローズデアの剣身は炎を発現させた。


「なに!?」


ギュゥウウウウウウウウンッ!!


  薔薇女神の剣ローズデアはスピードを取り戻して、ヒダリオに突進する。


「くっ!」


 堪らず飛び上がるも、頬を斬った様子。

 そこから真っ赤な血がツーーっと流れ出た。


「あれ? 飛び道具は通じないんじゃなかったのか?」


「ぐぅうう……! つ、つくづく気に触る男だ!」

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2024年9月29日 12:11

俺の右手は魔神の右手〜腕を斬られてダンジョンに置き去りにされたので、俺もそいつらの腕を斬り落とすことに決めました〜 神伊 咲児 @hukudahappy

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