第3話
借りもの競争が終われば、次は代表リレーである。
学年混合の花形競技で、名前の通り、各学年から代表を選抜して走るリレーだ。学年ごとにアンカーがおり、走順は一年女子・男子、二年女子・男子、三年女子・男子である。
「あれ? 沢田さんの弟君じゃない?」
クラスメイトが代表者の列の中にいる義孝を見つけて声を上げる。
「あ、えっと、うん。なんか選ばれたみたいで」
当たり障りのないようにそう返す。ここでまた「私なんかと違って」なんて余計な一言を挟むわけにはいかない。
「えーっ、大丈夫? 周り皆でっかい子ばっかじゃん」
そう言ったのは、さっき「あの中では、ってだけじゃない?」と義孝の身体の小ささを揶揄した女子だ。そこへ「やっば。ウチら負けるじゃん」とそれに乗っかる女子も現れた。確かに足は長い方が有利なはずだ。それくらいのことは真知子にだってわかる。
だけど、そんなことわざわざ言わなくても良いじゃない。
そう言いたいのに言えない。
この場でそんなことを言ったら、確実にしらけさせてしまう。
何も言えないでいると、詩織が「ちょっとちょっとちょぉーっとぉ!」とおどけた調子で手刀を割り込ませてきた。
「
「は?」
「詩織は知ってんの?」
「知ってるも何も。あたし、同じ小学校だったもん。当時からかーなり有名だったんだから!」
あっはっはと軽く笑い飛ばしつつ助け舟を出すと、陸上部の男子が「確かに」と加わって来た。
「あれはマジで速いと思うぞ。そりゃリーチが長い方が有利だけどさ。男はこれからぐっと伸びるし、マジで陸上に欲しいくらいだわ。なぁ加藤」
突然名前を呼ばれた加藤
「えっと、あの、家庭科部に入るって言ってて。その、料理が好きな子だから」
真知子の返答に、その場にいた男子数名が「えーっ?!」と騒ぎ出す。
「沢田お前それは姉として阻止しろよ!」
「もったいねぇだろあの足は!」
「何で料理に目覚めさせてんだよ!」
「わた、私が目覚めさせたわけでは」
ぐいぐいと詰められ、涙目の真知子である。
やはりそこでもかばってくれたのは詩織だ。
「はいはい男子共ストップ。あんね、真知子の家は食堂なの。毎日美味しいもの食べてんの。そりゃあ料理に興味も持つでしょうよ。後継ぐかもしれないし」
「何でだよ。そこは沢田が継げよ!」
「わ、わた、私は」
「ハァ~? 料理は女がするものだって言いたいわけぇ? 言ってやんな、真知子! アンタのトコの食堂で調理担当が誰かって」
「えっと、ち、父が。母は配膳とか調理補助を」
「ほらね?! ほぉーらね?! お父さんの方なの、メインで料理してんのは! そんな姿見て育ってんだから、弟君が包丁持ったって良いでしょうが!」
「お、おう……。すみませんでした」
「その通りです」
「なんかごめんな、沢田」
「良いよ全然。あの、それより、ほら、リレー。ちゃんと応援しよ?」
詩織の剣幕に圧倒された男子達が口々に謝罪の言葉を述べるが、それよりリレーである。ちなみに真知子のこういった態度は一部の女子からは「点数稼ぎ」「良い子ぶりっ子」と評判が悪い。その女子達は、密かに真知子に思いを寄せる男子が数人存在することも知っていて、それがまた気に食わないのである。
もちろん、先ほど詩織から名の上がった『里香』と『絵里』もその一派に属している。
さて、リレーである。
三年の応援席がなんやかんやと揉めている間に一年女子は走り終えており、バトンは男子に渡っていた。
が。
「うーわっ、ヤバいじゃん
「しっかりしろよ一年女子」
「そういうこと言うなって」
大差とまではいかずとも、それなりに差をつけられてしまっている。もちろんこの後二年三年が控えているわけだし、何が起こるかわからないのがリレーの醍醐味であるのだが。
あと数人で義孝にバトンが渡る。もし仮に、最下位の状態で渡されたら。それで、差を埋められない状態で二年女子にバトンを渡したら、きっと彼女らは鬼の首を取ったかのように再び「やっぱり小さいと」などと言うだろう。詩織が目を光らせているから、この場では言わないかもしれないが、陰でコソコソ言うに決まっている。
そんなことを考えてしまって、気が重い。
せめて最下位以外でバトンを!
欲を言わせてもらえば、あともう少しだけでも差を詰めてもらえたら!
という真知子の祈りは、とりあえず最下位を回避するという形で天に届いた。
とはいえ、ギリギリ最下位を免れた形で油断は出来ない。というのも、ほんのコンマ数秒差で後ろの一年男子アンカーにもバトンが渡ったからである。これで抜かされたらあっという間に最下位へ転落だ。
弟の活躍は見たいが、見るのも怖い。もし抜かされたりしたら、どうしよう。
そんなことを考えてしまって、思わずぎゅっと目をつぶってしまう。
――が。
「行け行け行け、沢田弟!」
「
「真知子、すごいよ弟君!」
「え、ええ?」
ガクガクと詩織に肩を揺すられて目を開ける。
義孝は三位まで順位を上げていた。青いハチマキを靡かせながら走る二位もあと少しで届く。追い付いて、身体が重なる。二人の身長差は五センチはあるだろうか。いや、もっとあるかもしれない。足の長さだって違う。けれど、そんなハンデをものともせず、風を切る弾丸のごとく、義孝は青ハチマキを追い抜いた。さすがに一位の黄ハチマキには一歩及ばなかったものの、称賛に値する活躍ぶりである。
良かった、と詩織と手を取り合って喜んでいると、
「沢田、中学の間だけでも弟に陸上やらせないか?」
加藤から声をかけられた。
彼は普段、自分から女子には話しかけないタイプであり、そこがクールで格好良いと密かに人気がある。
「いや、私が決められることじゃないし」
「仲悪いの?」
「良い方だと、思うけど」
「じゃ話だけでもしといて。誘うのは俺がやるから」
「それなら、まぁ。でもあんまり期待しないでね」
「別に良いよ」
ちなみに、そんな些細なやりとりでまた、
「加藤君に色目を使っている」
「結局ああいうのが一番質悪いんだよね」
と、一部の女子の顰蹙を買い、その後も似たようなパターンで密かに敵を増やしていくのだが、中高と真知子がいじめの被害に遭わずに済んだのは星川詩織のお陰である。
さすがに大学は別々になったが、彼女との友情関係は続いているとのこと。
そしてその夜、夕飯時のさわだでは、「今日ね、義孝すごかったんだよ! お父さんとお母さんにも見せたかった!」と興奮気味に報告する真知子と、真っ赤な顔で黙々と白飯を
サワダ姉弟の体育祭 宇部 松清🐎🎴 @NiKaNa_DaDa
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