舌以外で料理を楽しむお店

ちびまるフォイ

カメコ御用達のお店

「ねぇ、ここどこ走ってるの?」


「わからないよ。カーナビも電波も通じないし」


「私お腹へった」


「俺のほうがお腹減ってる。

 君はサービスエリアで軽く食べたろう?」


「あんなの食べたうちに入らないわ。

 あーーあ、写真映えするからって

 こんなところまで来るんじゃなかった」


「お、あそこに店がある」


「電気ついてないわ。他の店にしましょ」


「うーーん。それじゃあっちは?

 今度は電気ついているよ」


「そうね、早くいきましょう」


車を駐車場に停めて店に入った。

人里も離れているので自分たち以外誰もいない。


「いらっしゃいませ。こんなへんぴな場所までようこそ」


「なんでもいいから料理をすぐ出してくれますか?」


「かしこまりました。すぐにご用意しますね」


席に案内されて待っていると、

奥から恐ろしくジューシーな肉が運ばれてきた。


「お待たせしました。

 シェフの気まぐれジューシマウンテンステーキです」


「こ、これは美味しそう!!」


「まだ完成ではありません。

 ここにこのオイルを垂らすと……」


店員がオイルを肉にかける。

オレンジの炎が肉からあがり、ぱあと明るくなる。


「きゃーーすごーーい!!」


彼女はカシャカシャと連写しまくる。

これは撮らずにはいられない。


「うわぁ、本当においしそう!

 ここまで来たかいがあった!

 それじゃいっただっきまーー」


添えられているフォークとナイフを掴んだときだった。


「待って! 口をつけてはいけません!!」


「……え? まだ完成じゃないとか?」


「いえ完成はしています。でもこれは食べられないんですよ」


「はあ!?」



「うちは"目で食べる料理店"です。

 けして口では食べられないんですよ」



「え、じゃあこの肉は!?」


「お客様を楽しませる用の肉です。

 すでに消費期限過ぎているので

 食べるとかなり危険です」


「それじゃ別の料理を出してください!」


「ではこちらを。

 シェフの気まぐれポワレです」


「うわぁ! きれい!!」


皿に運ばれてきたのはまるで皿の上の芸術品。

丁寧な盛り付けに感動を覚える。



「あもちろん食べられませんよ」



「これも食えないんかい!!」


シェフの間髪いれない申し送りにずっこける。

お腹はすっかり空っぽになる悲しげな音を鳴らす。


「こっちは腹ペコなんですよ。

 美味しそうなのに食べられないなんてひどいです」


「いや、うちはこういう店ですから」


「そんなのしったこっちゃないですよ。

 こっちは客なんだ。最大限客の要望を叶えてくださいよ」


「そうはいってもねぇ」


「料理屋さんなんだ。撮影用といったも食材はあるんでしょ。

 なんでもいいから食べられるものをください」


「しかし、うちは目で食べる料理専門店。

 本当に食べられる料理というのは不慣れで、

 保証はできませんよ?」


「見てくれなんか気にしないです。

 腹にさえ収まればいい!」


「……かしこまりました」


店員は厨房へ戻っていった。

しばらくすると、申し訳なさそうに料理を持ってきた。


「お待たせしました。"なんだかわからないもの"です」


「うわぁ……」


いくら腹ペコでも箸を止めたくなる見た目の料理だった。


ぐっちゃぐちゃに盛り付けられた料理は薄汚く、

闇鍋のほうがまだ可愛らしいほどの色合いをしている。


「これ……私むり……」


彼女は生理的な恐怖を感じたのか

最大の調味料である空腹をもってしても「いただきます」を拒否した。


「なんでこんな仕上がりになるんですか。

 さっきはあんなに美味しそうに作れたでしょう!?」


「だからうちは見た目専門店なんです!

 食品サンプル作るのが上手でも、

 料理が上手とは限らないでしょう!」


「ああもうわかりましたよ、でも食べられるんでしょう!?」


「ええまあ食べられはしますけど」


「じゃあもういいです! いただきます!!」


腹ペコと怒りの勢いに任せて、運ばれてきた何かを口に含めた。

数秒後、刺すような痛みとしつこい苦みに吐き出した。


「まっず!!! なんですかこれは!!」


「だからいったでしょう。うちは見た目専門だって!」


「こんな調理して食材に悪いとは思わないんですか!」


「いやあんたが作ってこいと言ったんでしょう!?」



「もう出よう。こんなお店じゃ無理よ!」


耐えかねて彼女が止めに入った。


「……そうだね。他の店にしよう」


「あんなに美味しそうなのに……。

 ほらSNSでもめっちゃいいねされてる」


「バズっても腹いっぱいにはならないんだよ」


しょぼくれて車に戻ることにした。

美味しそうな料理ばかり見たせいで無駄に空腹も強調される。


「はあ……ますますお腹減った……どうしよう」


「ねえ、そういえばここに来る前に店があったじゃない」


「……ああ。でも電気ついてなかったじゃないか」


「電気ついてなくても営業してるかも。

 仮に閉店してても、事情を話せば何か作ってくれるかも」


「たしかに。このままじゃ運転もできなくなって死んじゃうよ」


「それじゃ行きましょ」


車を発進させて来た道を戻った。

すると、最初に素通りした店に電気が点いている。


「見て! 電気がついてるわ! きっと営業してるのよ!」


「ああ、地獄にホトケとはこのことだ!

 やっと飯にありつけるぞ!」


すっかりテンションもあがる。

車をとめて店に入った。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


「あのもう限界なんです。なんでもいいので出してください」


「かしこまりました。こちらでみつくろってお出ししますね」


「あそのまえに一つ」


一度痛い目を見ているので言わずにいられなかった。



「……見た目だけで、食べられない料理とかじゃないですよね?」



「あははは。そんな店があるんですか。

 うちはそんなもの出しませんよ」


「ああ、ホッとしました。よかった」


「料理はすぐにお持ちしますね」


今度は安心のようだ。

料理はすぐにガンマイクといっしょに運ばれてきた。


よくみるとテーブルには箸のかわりに、

ノイズキャンセリングヘッドホンが置かれている。



「お待たせしました。

 ジューシーステーキの盛り合わせです。

 オイルをかけるので、準備をしてください」



店員に促されヘッドオンを耳につける。

ふさふさのガンマイクがステーキのそばに寄せられた。


オイルをかけるや「じゅう~~」という音がマイクに拾われ、

高性能のヘッドホンを通して耳に美味しそうな音が届けられる。


店員はにこやかに話した。




「うちは"耳で食べる料理"だけを出してます。

 お耳いっぱいに召し上がってくださいね」

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