第6話 結婚を意識する年齢とは
「じゃあ、おばさんにどんな方なのかちょっと伺ったらどう?」
母親が口を挟む。
「お見合い写真を拝見してからお断りしてもいいけど、背景を先に知って興味が湧いたりするかもしれないし逆もまた然り、でしょう?おばさんもその辺は理解があると思いますよ。その中で幾つか持ってきて頂いたら?」
「え、そんなにたくさんいる感じなのぉ……」
「お父さんが聞いた話では十人まではいかないらしいぞ。あ、それと容子、お前もどうかなと言ってたな。見合いをする気はあるか?」
夕飯のおかずはさて、何かな、と鍋の中身を覗こうとしていた容子は、急に話を振られて「はっ?」と振り向いた。
すると居間の三人も振り向いて容子を見た。
農家である
自分たち姉妹に向けてやって来る話……?
「……言っとくけど、私はこの家は継げないよ。それ前提のお見合い話なんでしょ、まあそれでなくともまだ結婚とか考えてないし……する気は無いかな」
早く、本心を。結論をば。姉に言われる前に言わねば、と、容子は淡々と答えた。三人共に黙ってしまう。
ほら、やはりな。
祥子は驚いた顔をして、父親を見る。母親は気まずそうな顔を隠さない。
「お父さん、そうなの……?うちに来てくれるお婿さん候補のお見合いってこと……お嫁に行くお話じゃあないのね……」
父親は、持っていた湯飲みをテーブルに置くと、はあ、と一息吐いてから二人の愛娘たちを順に見た。
「容子、こちらへ座りなさい。ちゃんと話すから」
姉妹がしぶしぶ定位置に座ると、両親も姿勢を正した。
お茶を一口飲んでから、いつもより真剣な面持ちで娘たちを見る。
「この話はな、じいさんの本家の俺の従兄弟の連れ合いの姉さんから来た話なんだよ」
……従兄弟の奥さんの姉?他人じゃないか?と容子は父方の祖父(じいさんとは父の親のことだろうと思った)の家を思い浮かべる。
三男の祖父は本家から分家して、我が家は新宅と呼ばれたらしい。こちらの祖父母は姉妹が生まれる前に他界している。
本家は昔から大地主で豪農で、町長や町議を代々務めて来た家系らしかったが、現在の当主は「自分には不向きでせいぜい町の自治会長ぐらいしか」と、周囲の推薦にも期待にも背き、町内会の役員を引き受けるぐらいに留めている。
次世代の息子たちは、大学入学と同時に上京してしまい、いつになったら田舎へ帰って来るかは分からない。繁忙期にはある程度手伝っているらしいが、他人の手も借りているので現在は何とか間に合っている。まだ若い親たちは焦ってはいないだろう。農家を継ぐのか否かも定かでない。しかし、結婚となると大農家に嫁いでくれる候補の存在は頼もしい。そんな本家であるから、見合い話もいくつかまとめて用意してあるのだろう。その関係で、おせっかいおばさんの登場でこちらにも話が回って来たのだ。こちらには入婿の話となるが。
「私もクリスマスケーキが過ぎちゃったからぁ、考えなくもないけど……でもでもこの家を継ぐのとお嫁に行くのとじゃ段違いお門違いでしょお」
祥子に三人が「は?」という顔になる。昔から『女はクリスマスケーキ的な賞味期限=24歳が旬で25歳から微妙になり、男は年越しそば的な31歳を境に少しずつ条件的に変化有り』が通常である。昭和も終わり平成に変わったというのに、まだまだ人々の考えは改まらない。
「どなたか好きな方はいるの。二人とも?」
母親はチラチラ両者を眺めながら自分たちのお茶を淹れている。お茶よりもご飯が早く食べたい容子である。
姉は、お付き合いはしていないらしいがアッシーくんだのミツグくんだのの存在が見え隠れし、現に先程もスタンド職員に送り届けられていた。
「私は現状では仕事が主体となっているから対象者も居ないしそんな考えも脳内には無いかな」
「やっちゃん、最近もっともっとお硬くなっちゃったわねぇ……それって職業病、じゃなかった職業柄って言うの?」
姉妹にお茶を淹れた母親がうんうん、と頷く。父は心配そうな視線を寄越す。
「え、そうかな。あまり変わらないと思うけど」
昔からの友人たちにはそんな指摘はされていない。口うるさい彼女らならば、真っ先に話題にするはずである。ここでは自分のことよりも姉の方に焦点を当てて欲しい。
「姉さんはどうなの。彼氏は居なくとも候補者は複数いるんじゃない?」
「やっだぁ、さっきの垣沼くんは違うわよぉ。歩いていたらコンビニから出てきた彼と偶然バッタリあっちゃったからぁ……」
バッタリ会ったから自宅まで送るか?まあ、この姉を自由にさせておくと厄介な輩に絡まれる可能性が多少あるから危ないと言えば危ないが。
「お、スタンドの垣沼くんか?なんだ祥子も顔見知りなんだ」
「ええ、お祖母ちゃんちで何回かお会いしましたよ。一緒にお茶を飲んだりね。良い子ですよね。何、祥子は垣沼さんと良い雰囲気なのかしら」
母親が嬉しそうに語った。職場は我が家の近所である。時にはこちらにも配達などでやって来るだろう。見知っていても不思議ではない。そうだ、彼は姉を中高生と誤解していたのだ。
これまで母や姉が垣沼氏と接点があったことなど話題にも上らなかったので、容子は驚いたと同時に納得がいった。そうか、ばあちゃん絡みか。さもありなん。さては垣沼氏はばあちゃんに胃袋を掴まれたか、と可笑しくなった。
姉は容子を見ながら「でも範疇外よぉ。だって私の好みと違うもん」と話す。
「ねえ、私は現状維持だから無関係として扱って貰いたい。それより夕飯が食べたいんだけど」
やれやれ、と母親が立ち上がろうとするので容子は手で制し、台所へと向かった。
「容子、お前もそろそろいい歳なんだから、一応頭に入れて置くんだぞ。入婿の件は別としてもな」
「……はいはい」
「はい、は一度ですよ」
「……了解」
同時にため息をつく両親である。
……見合い話や結婚か。親友がそろそろ射程内かも、と話していたな。学生時代に紹介されたし一緒に遊びに行ったりもした。が、就職してからは殆ど会っていない。電話やメールが多い。会わなくとも連絡が取れる社会になって来たのだ、便利な世の中になったものだ。学生時代に必死に公衆電話から彼氏にポケベルで連絡していた親友が懐かしい。今は快適であることだろう。
結婚か……女は妊娠出産があるものな、ホルモンバランスも関係あるし卵子の数も限りがあるから早い内の方がリスクが少ないと寿退社した職場の先輩が話していたな。
……本当に男女平等だなんて誰が言い始めたんだ、と親子丼に七味をかけながら容子は思った。
止めよう。飯が不味くなる。
姉は食欲よりも見合い話に花を咲かせていた。婿取りをする気はあるのだろうか。
……止めよう。飯が不味くなる。
容子は居間に向かわずに台所で夕食を済ませた。
軽トラで買い物に 永盛愛美 @manami27100594
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