光の園

功琉偉つばさ @WGS所属

光の園

春の夕方。

僕は君と空を見上げた。

だだっ広い公園の中。

夏が近いのにまだ肌寒い風が吹き抜けていく。


「私一番星みつけたよ!」


「えっ?どこ?」


「ほらあそこ! 真上の方。よーく見て」


「う〜ん、どこだ?」


「だからそっちじゃないって。こっちこっち。 私が指している方。」


「あっ?あれか? あのビミョーに光っているやつ?」


「多分そうだよ。」


「なんて星かな? 春の星だったらスピカとか、アークトゥールスとかレグルとか? もしかしたら北極星かも。」


「そんな事言われてもわかんないよ。 あの星は私にとっての一番星。それでいいの。」


「はいはい。」


「なによ。馬鹿にして。」


「馬鹿になんてしてないよ。」


「ならいいけど。」


今宵は満月。星が月光に隠れてしまいそうだが、15分くらい立ってくるとどんどん暗くなって周りは漆黒に包まれてくる。


「あっ!に〜ばんぼ〜しみ〜つけた!」


「2番星どころじゃないよたくさん出てきたね。」


「街から近いけどこんなところでもこんなに沢山の星が見えるんだね。」


二人がいるのは地下鉄の駅の直ぐ側の大きな公園の中心の方。

ポツポツとかすかに街灯の光が見えるがほぼあってないようなものだ。

周りは木に囲まれていて風が吹くたびにザザ〜という木々の葉がこすれる音がする。

人っ子一人いなく、周りには誰の気配もしない。

ただ君がいるだけだ。


「あっ あの形見たことある! 多分北斗七星?かな? スプーンの形のやつ。」


「どれ?」


「ほら、あの上の方にすごく明るいのがあって、その周りの星を見るとスプーンみたいに見えるよ。」


「本当だ! ということはあの柄杓の柄の方を伸ばしていったら…あれがスピカとアークトゥールスかな? そして先の方を伸ばすとあれが北極星か… すごいな〜」


「だからスピカとかアークトゥールスって何? スピカは聞いたことあるけど… もうひとりで感心してないで教えてよ。」


「どっちも春の大三角形の星だよ。あの北斗七星の柄杓型の柄の部分をそのままカーブを描くように伸ばしていったところにあるのがスピカとアークトゥールスだよ。そのカーブは春の大曲線って呼ばれているんだ。」


「柄杓?スプーンじゃないの?」


「柄杓は神社で手を洗うときに使うやつだよ。」


「それは知ってるけど…」


「一般的には柄杓型なんだけど子供にでもわかりやすいようにスプーン型って呼ぶ人もいるよ。」


「子供で悪かったですね〜」


「いやいや。きれいなお姉さまであられます。」


「まあ許してあげる。」


君はまっすぐ僕を見た。

そうすると君は笑った。

それにつられて僕も笑ってしまった。


「な〜に笑ってるの」


「まあまあ。」


本当は君がすねていたり機嫌が良くなったりとコロコロ様子が変わる君が面白いからなどとは口が裂けても言えない。

そんな事を言ったしまいには機嫌を損ねられてアイスでもジュースでも奢らされてしまう。


「それにしても綺麗だね。」


「うん。」


風の音と光の園と化したこの夜空に身を任せながら勇気を出していってみた。


「月が綺麗ですね。」


ダメ元覚悟で言ってみた。


「そうだね。」


僕の放った渾身の告白はすっかり受け流されてしまった。


「あれ?えっ?なんで敬語? え〜とちょっと待って!う〜ンと、私こういうの苦手なの知っているよね。 なんて返せばいいんだっけ… え〜と夏目漱石だったはずだから… もう。理系なのになんでそんなことスラスラと言えるわけ? 

え〜っと確か…」


少し悩んで君は僕を見てこういった。


「月はずっと綺麗でしたよ。」


「ありがとう。」


「あれでしょ。告白のやつ。夏目漱石の。」


「そうだよ。 ロマンチックにと思ってこうしてみたんだ。」


「いや。本当に不覚だったんだから。 いきなりこういう考えさせるのやめてよね。吾輩は猫である以外読んだことないんだから。 文系でも得意不得意があるの。」


「ごめんごめん。それで返事はそれでいいんだよね。」


「そうだよ。 月はずっと綺麗でした。はい。いいよ。」


「いいよ?『月はずっと綺麗でしたよ。』は、私もあなたのことが好きでした。

って言う意味だよ。」


「えっ!?そうなの?知らなかった。」


「普通に答えるんだったら、『死んでもいいわ。』か 『あなたと見るから綺麗なのです。』とか『今ならきっと、手が届くでしょう』 だよ。」


「そんなこと知らないよ。というか死んでもいいわってそれなに?」


「夏目漱石が『I LOVE YOU』に対して、『月が綺麗ですね。とにでも訳しておきなさい。』といったからで、その返答として、二葉亭四迷がロシアの小説の『片恋』の告白への返答のシーンから読み取った言葉だよ。」


「へ〜そうなんだ。 というか二葉亭四迷って誰?初めて聞いた。」


「歴史で習ってるはずだよ。ほら中学校の時の。くたばってしまえで二葉亭四迷って。浮雲とか…の人。」


「へ〜そうなんだ〜」


「興味なさすぎでしょ。」


「だって興味ないんだもん。」


「まあ返事は」


「ありがとう。 でいいでしょ。」


周りはどんどん暗くなっていき、星たちの輝きが強くなっていた。


僕と君はこの公園の近くの高校に通っている高校2年生だ。

クラスが同じで、たまたま帰り道が同じで一緒に帰ったりしていて僕は君に恋をした。

そして今日僕は君を誘って一緒に星を見に来た。


「で、なんで今日私を誘ったの? 月が出てる日ならいつでもよかったんじゃないの?」


「あともう少し待ってくれたら多分答えがわかるよ。」


「もう、焦らさないでいってよ。」


「まあもう少し空を見てみて。」


「大したものじゃなかったら許さないんだから。」


「それは困るな。でも大丈夫、期待には答えられるはずだよ。」


そうして2,3分経ったとき、夜空に変化があった。


「あっ!流れ星だ!」


「今日は水瓶座流星群がすごい綺麗に見える日だったんだ。」


「えっすごい。あっまた流れ星。」


空には無数の流れ星が流れている。流星群の様子はまるで空のカーテンのようだった。


「願いかけ放題だね。」


「うん。 生まれてから初めてこんなすごいたくさんの流れ星見た!」


「ご期待に答えられたでしょうか。」


「もう。こんなことを用意してたなんて。期待に答えられましたなんてもんじゃないよ。早く行ってくれたら一眼レフのいいカメラ持ってきたのに〜」


「それはごめん。」


「まるで光の庭だね。」


「周りはこんなに暗いのにね。 町中や住宅街だったらどうしても街灯があるから見えないんだよね。 かすかには見えるけど… 」


「そうなんだ。 私が見たことがある流れ星なんて小学生くらいのときに見た本当に一瞬のやつだよ。」


「じゃあ誘って良かった。」


「あ〜あ、カメラ持ってくればよかった。」


「それは本当にごめん。 でもサプライズのつもりだったから。」


「じゃあ来年も連れてきてね。そういえば毎年なになに流星群とかって来てるでしょ。約束だよ。 そして私を彼女にする契約だよ。」


「契約って堅苦しくてなんかやなんだけど…」


「細かいことはいいの。ほら小指出して。」


「はいはい。」


「ゆ〜びきりげんまん。私を彼女にする代わりに、これから毎年私と流星を見ること。嘘ついたら針千本の〜ます。指切った!」


「指切った。 いいよ。了解。」


「ふふっ約束だからね。」


「約束だよ。」


いつの間にか空は真っ暗となっていた。


「夜明け前は一番暗い。 もうすぐ夜明けだよ。」


「えっ?早くない?」


「いやもう夜明け。4時。」


「え〜っと全部で9時間!?時間の流れおかしすぎるよ。」


「ほら夜が明けるよ。」


夜空が明るんできて水平線の向こうから温かい光が指してきた。

雀が鳴く音が聞こえる。


そして一気に太陽が顔を出す。

風が吹き木々が揺れる。

草の香りがする。


隣には君が変わらずいる。


新しい朝が来た。

僕と君は眩しい光に包まれた。

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