第18話 さて、その後 (最終回)

 逃げて行った王太子殿下にわたしは手を振り、そして、へたり込んだままのヒロインエーヴの顔を覗き込むようにして、言った。

「王太子殿下とあなたは真実の愛で結ばれているんでしょ。わたしと王太子殿下は婚約を破棄するから、あなたがあの殿下を支えてあげれば?」

「あ、あ、あ、あ……」

「その場合『素っ裸王太子殿下』とあだ名されて、あなたも『素っ裸王太子妃』とか言われるかもだけどねー」

「え、え、え、え……」

 あら、驚きでまともに口もきけなくなったのかしら?

 じゃあ、良いわ。放っておこう。

 わたしは空に浮かんでいる女神様に呼びかける。

「ありがとうございました女神様。楽しかったです」

 ペコリとお辞儀もする。

 淑女的じゃなくて、元のわたし、日本の女子高生みたいなお辞儀だったけど。

「あんな願いとはぁ、さすがのあたくしもぉ、思わなかったわぁ」

 女神様はけらけらと笑った。

「戦隊ヒーロー番組のお約束は、クライマックスの巨大化と、相場が決まっておりますから」

 念願の巨大化。

 しかもリアルサイズを堪能できて、わたしは満足だ。

 いや、実はちょっと悩んだのよ。

 殿下を巨大化させるのと、爆発で吹っ飛ばすのと、どっちがいいかなって。

 爆破は……鉱山とかで見られるかもしれないし。

 だけど、巨大化なんて、絶対に無理。

 テレビ画面や映画館のスクリーンで見るのでも、それなりに満足感はあるけれど。やっぱり実物は違うわぁ。百年くらい、満足できそう。

「うふふふふぅ。まあ、そのお約束からするとぉ、巨大化はぁ、番組時間内で、数分とかしか持たないわよねぇ」

「正義の味方の巨人な宇宙人は、地球上では三分間程度しか巨大化ができないんですけど。王太子殿下の場合はどうなんですか?」

 んー、と。女神様はどこかを見ながら考えていたようだった。

「そろそろ元の体に戻るんじゃあないかしらぁ。一応ねぇ、巨人化した事実はなくなるけどぉ、全裸の王太子殿下がぁ、どこかで発見されるかもねぇ」

 どこか……、まあ、どこでもいいか。

 それよりも。

「あ、事実はなくなるんですか?」

 んー、じゃあ、婚約はどうなるんだろう……。破棄にならず、そのまま婚約継続とかは嫌だな……。

「そうねえ。ある程度の人間の記憶にはぁ残るかもだけどぉ、こんな変わった夢を見たって感じかしらぁ。あと、王太子殿下の心にはぁ刻まれるかもねぇ……」

「そっか、じゃあ、きちんと婚約を破棄できるよう、働きかけをしないといけないのよね」

 王太子殿下とわたしがお互いに婚約破棄だと言った程度じゃあ、駄目だろう。

 国王陛下とわたしのお父様との間で、ちゃんとした契約としての婚約を、破棄なり解消なりしなければならないのだから。

 んー、勢いで楽しんだのはいいけど、事後処理は必要かぁ……。

 どうしたらいいかなと思っていたら。後ろで控えていてくれたベルナールお兄様がこめかみを抑えながら、わたしの横に立った。

「……公式な手続きは、私が手を貸そう。しかし……」

「ありがとうございますお兄様っ!」

 わーい、ベルナールお兄様が手を貸してくださるのなら、婚約なんてすぐになくなるわね~。

「……巨人化か」

「はい♡」

「何やら切り札があるということだったから、私は言われたとおりに、レベッカの後ろに控えているだけで、何もしなかったが……」

「……さすがのわたしも、ベルナールお兄様の前で、悪役令嬢の高飛車演技は……ちょっと、あの、その、気恥ずかしいというよりも……、見ないでーって、叫びそうになりますので……」

 ベルナールお兄様には、あのね、そのね……もうちょっと、ちゃんとした淑女の面を、見てほしいなーなんて。

 さっきまでのわたし、完全にやんちゃしてましたから。

 いや、ちゃんと悪役令嬢したつもりでもあったんだけど。

 ……趣味、全開だったかしら……。

「いや、問題はそこではなく……」

「はい?」

 なにか他に問題あったかな?

 ベルナールお兄様は、確認しても良いものかどうか、悩んでいるようだった。

「その……だ。殿下の服が破れただろう」

 はい、全裸ですね。恥さらしで、ザマーミロでしたが。

「レベッカ……」

「はい?」

「……見たか?」

「……? 何をですか?」

 わからず、首を横に傾げたら、女神様が爆笑していた。

 えと?

「大丈夫よぉ。見えないようにぃ、モザイクかけておいたからぁ♡」

「モザイクとは……、何のことなのでしょうか?」

 お兄様が、首をかしげる。あー、この世界にモザイクはないか。

「つまりぃ、雲とかぁ、そういうものでぇ、見えないようにぃ隠しておいたからぁ、大丈夫よぉ。レベッカは、見ていないわぁ♡」

「あー……」

 つまり、お兄様が聞いてきたのは、殿下の足の付け根についている突起物を見てしまっていないかどうか……と、いうことね……。

 巨大化させるときに、そこまで考えてなかったな……。

 服とか破けるのは想定はしていたけど。だから、ヒロインちゃんは免除して、殿下だけにしたんだけど。

 今更ながら、わたしの顔も赤くなる。

 ベルナールお兄様にジーっと見つめられたけど、見てないですよ。大丈夫です。

「さあてとぉ。婚約破棄も終わったからぁ、あとはシナリオ外よぉ。自由に人生楽しんでねぇ」

「あ、はいっ! 女神様、ありがとうございましたっ!」

 最後くらいはきちんと女神様に対して淑女の礼を取った。

 本当にありがとう。

 戦隊ヒーロー番組のない世界に転生なんて、どうしようかとは思ったけど。巨大化をリアルに感じることができたし、何よりも、ベルナールお兄様という愛する人に巡り合えた。

 女神様は「ふふふ~」と笑いながら、空に昇って行った。

「あ、そうそう」

 そのまま別れると思ったら。女神様がわたしに向かってウインクをしてきた。

「あなたのぉ、元の世界のぉ、お母さんとか家族ねぇ」

 お母さん。

 その言葉に、わたしの体がびくりと反応した。

「元気よぉ。最初はぁ、悲しんでたけどぉ、もぉ大丈夫だから、安心してぇ」

 その言葉を最後に、女神様はふっと消えた。

 あ……。

 わたしはしばらく動けなかった。

 日本の、わたしの家族。

 突然わたしが死んでしまった後、どうなったか。

 気にしないようにしていた。

 それよりも、わたし、レベッカになったのだから、もう、過去は振り向かない、前だけを見てとか思ってて。

 でも……。

 思いがけず、元気だと教えてもらって。

 わたしの目から、すっと一筋、涙がこぼれた。

 たとえ、一番最初が、単なる女神様のミスで、そのせいで、いろんなことが起こって、そして、今わたしがここにいるのだとしても。

 きっと、女神様は、やっちゃったから仕方がないじゃなくて、わたしのために、わたしがしあわせに向かえるようにって、きっと手を尽くしてくれたんだ。

 多分、女神としての権限も越えているんじゃないかな?

 女神だって、好き勝手出来るってわけじゃなさそうだし。

 この世界だって、運命の強制力とかもあるんだろうけど。

 それでも、できる限り、わたしの願いを叶えてくれた。

 ありがとう。ありがとう。本当にありがとうございます女神様。

 それ以外の言葉が見つからない。

 女神様。それから、元の世界の日本のわたしの家族。

 わたし、ここで、ベルナールお兄様と一緒に幸せになるからね。

 だからいつか、わたしが寿命を迎えて、天国に行ったとき。

 そこで、女神様や日本の家族にもしも再会できるのならば。

 これ以上もなく幸せだったと、胸を張って言うから。

 だから、さようならはいわない。

 また、いつか、どこかで……必ず会いましょう。


 

    ☆★☆



 さて、あれからどうなったかというと……。


 さすがに王太子殿下が巨大化したというのは、人々の記憶から、消えていた。

 乙女ゲームの世界観と、巨大化なんて、合わないから当然だけど。

 でも、消えていたんだけど、まったく無になったわけではなくて。

 ……わたしが、貴族学園の正門で、王太子殿下に婚約破棄を宣言したら、それに動揺した王太子殿下が、、全力で学園から王都郊外まで走っていき、そこで力尽きて倒れた……ということになっていた。

 全裸の王太子が、王都郊外の森で、発見された故の、そういう措置になったのかもしれないけど……。

 ちなみに第一発見者は、森に住む木こりの親子。

 全裸の身元不明者が、森で倒れているって大騒ぎになったらしい……。

 顔も腫れていたから、暴漢に襲われて、身ぐるみ剥がされた……とか思われたらしくって……。

 いやその、殿下を殴ったの、わたしですが……。

 王都の治安維持のための警備兵とか、騎士団とかに問い合わせているうちに、その全裸の身元不明者が王太子と分かり……王城から迎えの馬車が行き……、そして、陛下とかが、もみ消そうとする前に、あっという間に王都中に、「王太子の奇行」が広まってしまった……。

 えっと……、巨大化した結果、というより惨いのでは……。

 発見後、王太子殿下は、王城のご自分の部屋に閉じこもって、膝を抱えてしくしく泣いているとのことだ。

 それから、さらに追い打ちをかけちゃったんだけど。

殿と、うちの娘との婚約など続けていられるかっ!」

 と、物語の強制力から解放されたであろうわたしのお父様と、それからベルナールお兄様の最強タッグのおかげで、あっという間にわたしと王太子殿下の婚約はなくなった。

 しかし、露出狂って……。

 いや、そこまで……言わなくても……。

 ま、いいか。

 ヒロイン・エーヴ嬢は、わたしに突っかかってきていただけで、わたしに対する不敬はあるけど、わたしがエーヴ嬢に文句を言わなければ特に罪に問われる程度でもなかったので……ぶっちゃけ放置、していた。

 だから、学園にもそのまま通っている。

 通っているんだけど……その学園で、ばったりわたしと出会ったときなんかは、

「ひ、ひいいいぃぃぃいいっ!」って、声を上げて、あっちから逃げていくようになった。

 あー、あれは、王太子殿下が巨大化した記憶が残っているな、きっと。

 自分も、殿下のように巨大化させられたら……って思うと、恐ろしいんだろうな。

 いや、もう、そんなこと、できないんだけど。ヒロインちゃんには、それ、わからないだろうしねぇ。

 ま、いっか。

 放置よ、放置。

 そうして、わたしとベルナールお兄様だけど……。

 うふふふふふふふ。

 婚約っ! 

 しましたっ!

 うふふふふふふふ。

 わたしの指に光る婚約指輪っ!

 わたしが学園を卒業したら、すぐにお兄様と結婚式を挙げるのよっ!

 ラブラブイチャイチャするんだ。えへへ。

 そうしていつか生まれるであろう、わたしとお兄様の子どもに、世界中のみんなに教えてあげるんだ。

 わたしが、大好きだった戦隊ヒーローの物語を。

 日曜日の朝は、紙芝居で、ヒーローの話を楽しもうって。

 爆音、爆炎、必殺技。巨大化は正義!

 ああ、幸せ。

 人生って薔薇色ね!

 まさに完璧なハッピーエンドっ!

 もちろんラブもあるよっ!

「さてと……」

 わたしはそんな物語を、どんどんどんどん思いつく限り、ノートに書いていった。

 もう、最近は、手紙なんかじゃあ間に合わないから、ノートに物語を書いて、そのノートを紙芝居事業をしている面々に送っているの。

 送る前に、ベルナールお兄様には、一番に読んでもらっているけどね!

 今、書き上げたのは、某裸の王様的な童話に、巨大化を混ぜたお話。

 紙芝居も、単に孤児院で披露するだけではなく、大きなお祭りで、長い話をしていくようになってきた。

 この話も、きっと大ウケよね。

 孤児院の子どもたちが「きょだいかは、せいぎっ!」とか言って、飛んだり跳ねたりヒーローごっこ的に遊んだりして盛り上がっている姿が容易に浮かぶ。

 子どもは遊んでなんぼよ。

 子どものうちから死んだ目で、人生諦めちゃだめだ。

 楽しんで生きなさいってね!

 わたしは書き上げた物語を手に、お兄様の元へと急ぐ。

「ベルナールお兄様~」

 愛するあなたと共に、この人生、最上級に楽しみますっ!






 ‐終わり‐






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





お読みいただきまして、ありがとうございました。

コメント、フォロー、♡、☆などなど、嬉しかったです。


それではまた。

別のお話でお会いできたら嬉しいです。



                  藍銅 紅(らんどう こう)

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『乙女ゲーム』の『悪役令嬢』に転生⁉ わたしが好きなのは『戦隊ヒーロー番組』ですが? 藍銅 紅(らんどう こう) @ranndoukou

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