第17話 クライマックスは巨大マックス!
女神様の言葉は、一字一句違わずに覚えている。
「じゃあねぇ、ローラン・デル・ラモルリエールがあなたに向かって『婚約破棄』って言ったらぁ、空に向かって手を伸ばしてぇ、何か一つ、願いごとを叫んでねぇ」
つまり、王太子殿下がわたしに向かって『婚約破棄』を言ってこないといけないのだ。
わたしのほうから『婚約破棄』を叫んでも、それはきっと無効。
だけどね。
王太子殿下に『婚約破棄』という単語を言わせることだってできるのよ。
まあ、誘導尋問的というか、なんというかだけど。
わたしはわざとらしく……というか、悪役令嬢っぽく、「おーほほほほほ」などと叫んでみる。一人称も、この場限りはわたくしに戻す。
「反応がないわね、ローラン・デル・ラモルリエール王太子殿下。わたくしのほうからあなたに向かって『婚約破棄』と言ったのよ。聞こえているのかしら? もちろん王太子殿下の有責で、ですわ。なんとか言ったらどうなのかしら?」
王太子殿下よりも、寧ろわたしたちに視線を向けてきている登校途中の生徒たちの反応のほうが大げさだ。
興味津々で見ている者たち。
戸惑う者たち。
わたしの言葉に顔をしかめている人もいる。……まあ、そのあたりは『悪役令嬢』のノリとして、わたし本人の素ではないから、ご容赦をという感じなのだけど。
「な、な、なんだと貴様っ!」
よっし、反応した。
無反応とか、スルーされるのとかが一番困るんだけど。
まあ、王太子殿下の性格からして、無視はないと踏んでいたのよね。
「これ以上殿下になんて付き合っていられないの。はい、さようなら。国王陛下にも王妃様にも、これまで殿下から受けた仕打ちをすべて報告させてもらうわ。というわけで、殿下の有責で、婚約破棄ね。覚悟しておいてちょうだい」
「な、なにが俺様の有責だっ!」
「あたりまえでしょう? だって、王太子殿下が悪いんですもの」
さあ、あおりまくるわよ~。
「それともなあに? 芋虫だの蜘蛛だのわたくしに寄越したり、泥水や赤ワインをかけるのも、好きな子を虐めたいとかいうやつかしら?」
「はあ⁉」
「それにしてはやり方が幼いわねえ。ああ、そちらのエーヴとかいうご令嬢も、わたくしの気を引きたいがために、お側に侍らせているのかしらー? わたくしに嫉妬でもしてほしかったのかしらね~」
くすくすと、馬鹿にしたような笑みを浮かべてやる。
するとヒロイン・エーヴ嬢が憤慨の表情を露わにした。
「ローランが好きなのはこのあたしよっ! ローランがあんたのことなんて好きなわけないじゃないっ! あたしとローランは真実の愛で結ばれているのっ!」
よし、良い流れだ。ありがとーね、ヒロインちゃん。
お礼に、あなたは除外しよう。さすがに、王太子殿下と同じ目に合わせるのはかわいそうだと思うし。
そう思いつつ、わたしは敢えてヒロインを見下した。
「真実の愛? あら、おかしいわねえ」
「何がおかしいのよっ!」
「だって、わたくしとの婚約を、破棄したいともなんとも王太子殿下はおっしゃられたことはないもの。一度たりともよ。大人しく、ずーっと、わたくしとの婚約を結んだまま。それなのに、真実の愛? あなた、だまされているんじゃないのかしら? ねえ、王太子殿下。あなた様は、どうしてわたくしとの婚約を破棄しないのかしら? 本当は、わたくしのことが好きで、そんな女を侍らせてまでもわたくしの気を引きたくて、ずっと婚約を継続のままでいたいのではなくて?」
くすくすと笑って、王太子殿下を見下す。
性格悪いーって感じだけど。
……ま、さすがに、お兄様を前にして、こんなセリフを言うのは、ちょっと……淑女的ではないから、嫌なのだけどね。
婚約破棄の言葉を引き出すためには仕方がない。
今だけは、お兄様には後ろに下がっていてもらわないと……わたし、悪役、できなくなっちゃう。
後ろでも、気になってしまうけど。
だけど、ここは真面目に、本気で悪役令嬢をやらないとね。
もう、今すぐにでも、王太子殿下となんかお別れしたいんだから。
がんばれわたし。
「どうなのローラン・デル・ラモルリエール殿下っ! わたくしとの婚約を継続したいの? それとも……」
敢えて、促すように、あとの言葉を続けなかった。
すると……。
「継続など、したいものかっ! 婚約破棄だっ! きさまとの婚約など、この俺様のほうから破棄してやるっ! もちろん貴様の有責でなっ!」
よっし、かかったっ!
この言葉を引き出すために、わざと煽る言い方をしてきたのよ。
「あははははははっ! ようやく言ったわね! 『婚約破棄』というその言葉をっ!」
「ああ、言ったが、それがどうしたっ!」
「条件は満たしたわっ!」
「は? 条件……?」
「ええっ! ローラン・デル・ラモルリエール王太子殿下っ! 殿下がわたしに向かって『婚約破棄』を叫ぶ、このときを、わたしはずっと待っていたのよっ!」
わたしはすかさず空に向かって手を伸ばした。
「転生の女神よっ! 時は来たっ! 我が願い、叶えたまえっ!」
どんな願いでも叶えてみせるからと、転生の女神はあの時、力強く、ご自分の胸を拳で叩いたのよ。
だったら、叶えてくれるよね。
わたしの願いを。
伸ばした先の青い空が、ぐにゃりと歪んだ。
そうして、光と共に現れたのは、あの懐かしい女神様。
「はあ~い、レベッカ、お久しぶりねぇ」
「女神様っ!」
突然現れた、この世界ではありえない、女神降臨。
周囲の生徒たちや、王太子殿下、ヒロイン・エーヴ嬢までが、女神の登場に、あんぐりと口を開けている。
「ローラン・デル・ラモルリエール王太子が婚約破棄の単語を発したため条件が満たされましたぁ。転生前の約束に従い、この女神が、レベッカの願いを一つだけ、なーんでも叶えてあげちゃいますぅ」
「原作破壊になるけどいいですか?」
「んー、そもそもあたくしがこの世界に現れること自体、もう原作破壊だもの~。でもぉ、なんでも叶えるって言ったしねぇ。女神パワーであとで整合性つけるしぃ、物語の強制力ってやつだって、何事もなかったかのように、始末着けるから、まあ、何とでもなるわよぉ」
「では、女神様。お願いしますっ!」
わたしは女神様にそっとその願いをつぶやいた。
女神様は、一瞬きょとんと眼を丸くさせた。そのあと、大笑いをした。
「いっそ、そこまでしちゃった方がぁ、原作破壊、というよりはぁ、集団幻覚とかでぇ、始末が付けらえそうね。いいわ、やっちゃいましょうねぇ」
わたしは期待に満ちた目で女神様を見て言った。
「ありがとう女神様っ!」
わたしがそう言うと同時に、王太子殿下の体がむくむくと大きくなっていった。顔の包帯も、着ている服も、びりびりと裂ける。
「う、うわああああ、な、なんだ、これは……っ!」
わたしの身長の二倍、三倍、四倍……いや、まだまだ王太子殿下の体は大きくなる。
貴族学園の建物の高さを超え、王城の高さも超え、山のように巨大化した王太子殿下。
まるで、光の国からやってきて怪獣なんかと戦う正義の巨人みたい!
いやいやいやいや、やっぱり、戦隊ヒーロー番組のクライマックス、巨大ロボサイズというべきでしょうかっ!
いやー、なんだっていいわ。巨大化は正義っ!
これよ、これっ!
テレビの画面ではわからない、リアルな巨大ロボサイズっ!
うわーっ! 実物大はすごいわっ!
戦隊ロボも、正義の巨人ヒーローも、実際に見たら、こんな感じなのね! こんなに大きいのねっ!
うっはーっ!
おっと、喜んでいる場合じゃない。まだ言うことが残っていた。
そう、くらえ必殺技っ!
とどめを刺してやるっ!
そんな感じのキメ台詞をっ!
「裁きを受けよっ! ローラン・デル・ラモルリエールっ! 」
わたしは演技掛かった口調で叫んだ。
「お前にふさわしい罰だっ! 一生涯恥を抱えて生きるがいいっ!」
「は、恥だと……」
ようやく王太子殿下は自分のむき出しの裸体に気が付いたらしい。
「うわあああああああああああああああああああああっ!」
巨大化した時よりも、大きな叫び声をあげながら、王太子殿下は両ひざを抑えてしゃがみ込んだ。
うわあ、耳が痛い。
わたしは思わず両手で自分の耳をふさいだ。
この声の大きさじゃ、もしかしたら、王都中に響き渡ったかもしれない。
それに、巨大化した王太子殿下の姿を、王都中の人が見上げたかもしれない。
学園の生徒たちは、あんぐりと口を開けて固まっている人もいるし。
巨大化したとはいえ、王太子殿下という男性の裸を見てしまって、真っ赤になっているご令嬢もいた。
ヒロイン・エーヴ嬢はと言えば……、あら、地面にへたり込んでしまっているわ。腰でも抜かしたのかしら?
最初はエーヴ嬢も、王太子殿下と同じく巨大化してもらおうと思ったんだけど、さすがに女の子の裸体は可哀想かなーって、王太子殿下一人だけ、巨人化することにした。
殿下はしばらくの間うずくまっていた。
けれど、目から大粒の涙を流し始めたかと思えば、足の付け根を両手で隠し、「うわああああああああああああああああああっ!」と、また、叫んで。
そうして脱兎のごとく、というか、ずしんずしんと地鳴りを上げて、どこか遠くへと逃げて行った。王都郊外にある山のほうにでも行って、姿を隠すつもりかしら……じゃないわ……なんてのんびりしている場合じゃないわね。
わたしは逃げていく王太子殿下に向かって、右手の中指を立てた。
「おーほほほほほほほっ! ざまぁ見やがれっ!」
淑女としてはアウトだけどねっ!
あー、すっきり楽しかった。
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巨人化+真っ裸……というのはざまぁに入るのでしょうか……?
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