青春時代編余禄

 珍妙なコスチュームに、悪人や自警ヴィジランテが身を包むには理由がある。

 正体が公に知られてしまうと日常生活に戻れなくなるからだ。非日常である犯罪行為や自警行為から日常を切り離すために珍妙なコスチュームの人間が路地裏で日々殺し合っている。

 それは余も同じだ。肉体の美(見よ!この無駄のない肉体を!)をバイカーが着るような白いレーシングスーツに押し込む。余を慕う自営業者(違法改造に手を染め、廃車毎死体処理を専業としている)に描いてもらった髑髏のイラストが目立つヘルメットを被る。刀は数打で十分だ。刀の振り方と斬る対象を理解しているならば十分に斬れる。

 今日はナクアを斬れるかどうかについて少し検証作業をしようと思う。

 軽く当たって観察の精度を確かめるとしよう。

 使い捨ての中古バイクを自営業者より快くタダで貰ったのでそれにまたがり、ナクアが悪人カスどもを殺戮している現場に向かう。

 夜の繫華街の路地裏は噎せ返る血の匂いに満ちている。カタギを殴り殺した悪ガキがナクアに襲われているな。

 ナクアは普段と同じ服装だが、赤いマフラーを包帯のように顔に巻いている。適当な仮装だな。


「弱い者いじめは楽しいかね?」


 ボイスチェンジャー越しであるため声で余とは気づかれまい。


「正当な理由もなく面白半分や自分の利益のためにヒトを殺す者は殺されても仕方がないでしょう?」


 ナクアの言い分はもっともだが、余は父上のための剣だ。父上の邪魔をするなら死んでくれ。


「逃げろ悪ガキ。ここはが抑える」


 一人称は変える。日常に戻れなくなるからな。まだ日常を続けたい気持ちがある。ナクアとあとわずかとはいえ、馬鹿をやっていたい。余分な望みだ。


「助かったぜ貧乳の姐さん!!」


 ナクアに斬られて隻腕になった特攻服の悪ガキがカタギの死体を踏みつけて逃げていく。まあいいだろう。死体はモノだからな。

 見ただけで死体には家族が居たことが理解できる。残された家族は悲しみ、経済的にも苦しむだろうよ。

 見ただけで理解できる。悪ガキは家庭にも学校にも居場所が無く、転がる石のように底に落ちたこともな。強盗殺人で生活費を稼いでいることも。

 ヒトにはヒトの理由がある。余がそれに寄り添う必要も、理解を示す必要もない。


「あんなの生かしておいてもより良くなることも自分を省みることもないと思うけど」


 ナクアは悪ガキのことを良くなることのないカスと評する。余も概ね同意だ。


「それは関係ないな」


 ナクアの張った罠が悪ガキに襲いかかるが、それを斬り捨てる。

 ふむ。この程度の振りでも見えず鋭き糸の罠は斬れるな。

 刀を鞘に戻す。居合も試してみよう。


「凄いじゃない。貴方って剣が上手いのね」


 ナクアは路地裏という環境を利用し、上から飛び掛かってくる。リーチを糸で伸ばしている。見えざる糸の間合いを把握することは容易くない。余の見立てでは現代の戦車くらいなら易々と切断できるだろうよ。だがな。


「それほどでもない」


 その程度の糸では余の身体は切れぬよ。ナクアの攻撃を受けながらも居合を返してやる。ナクアの首を落としてやった。


「久しぶりに痛かった」


 飛んだ首が喋る。身体は切断面から糸を出し、ナクアの首を結合させようと引き寄せている。それも切断する。やはり手間がかかる。

 更にいくつも斬撃を浴びせてやる。血しぶきや胃の中で未消化のものやはらわたの中身が路地裏に広げられる。

 もちろんナクアも斬られるだけでなく、反撃はある。だがしかし余の身体は完全物資。父上以外誰にも斬れぬのだ。


「今日はここまでにする」


 友達を斬るのも段々疲れてきた。

 しかしいつの日か死ぬまで斬らねばならぬ。


 余はこの世の全てにして時間と空間の神ヨグ=ソトースの一部を素材とした無敵の身体を持つ。

 余は観察により凡そ全てを理解し斬り裂く剣技を持つ。

 

 余は最も新しい外なる神 無銘名付けられることもなかった失敗作あるいは乾木霊イヌイ・コダマ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣り合わせの剣戟と青春 上面 @zx3dxxx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説