或ル泥鬼殺シノ話
羽黒缶太
魔導猟兵、土煙にくゆる
秋も近づいたブロイラント東部。
雫を作っている杉の、黒々とした葉。
ひげっつらを掠める、少しばかりの冷たさを帯びた風。
湿った土と枯れ枝。
侘しい気分になる景色の中を、1台の馬車と数名の帯剣した兵士達が杖をつきながら黙々と歩いていた。
その隊列の中で、1人馬車のそばで周囲を警戒する男。
白髪の混じった短髪と細かい傷の入った仏頂面は、往年の一兵らしい年季を感じさせるが、疲労が出ているせいか覇気は見た目の割には薄い。
壮年の兵士、ヨゼフ・メイヤー。
帝国陸軍にて兵站を届ける部隊に属しているベテランだ。
「ヨゼフ!そろそろ交代だ!今日の糧秣はベーコンが入ってるぞ!」
「アイアイサー。ベーコン入りは3日ぶりか?」
「3日と半日ちょいぶりだ!ベレナに会えなくてボケたか?それか嫁さんに飯送ってもらうか?」
「馬鹿言え!まだあいつの孫も拝めちゃいねえよ。さっさと来い
焦げた臭いとカビの臭いと汗の蒸れた臭いが混ざった軍服と外套、焦げのある軍帽、シンプルな黒色の短剣、小物の入った馬革のポーチ、泥で汚れた豚革の軍靴。
────右手に持った傷だらけの兵杖。
どれもこれも軍の配給品で、無くせば上官に殴られる癖に少し壊れた程度では交換も受け付けない。
資材こそ馬を使って牽いてはいるが、護衛を行うものに支給されてはいない。
ヨゼフもレパードも軍帽を被ってから今年で25年目になるが、如何に生き残った老年でも待遇は若い兵と大して差はないのだ。
そんな訳で長い距離をひたすらに、それも隣の牽引馬のトムが息を荒くする程度には歩いている。資材を護衛するのは疲労を伴うが、それでも前線に出て死ぬよりは断然マシというものだろう。
(……この補給任務が終われば
娘のベレナは15の娘盛りだ。
自分に似ず、聡く器量の良い子だったため、地元の貴族も通うような名門の学園に今年入学する。
今こうしてボロの軍服を纏っているのも、その学費や生活費を稼ぐためでもあった。
名門だけあって金がかかるが、娘の将来を考えれば軽いもの。
自分を親ばかだと思ったことはないが、それでも娘の幸せを願うのが親というものだ。
(……それにしても妙な”積荷”だ。新型の”武器と人員”を運んでくれなんて。)
一週間ほど前に上官のマルクス大佐から伝えられた任務は、随分奇妙なものだった。
※
『メイヤー伍長。君に頼みたい任務がある。』
白髪の混じった短髪、垂れ気味で小皺の目立つ目元。
──────それに見合わないぎらついた鳶色の眼。
毎年新兵にマルクス大佐についてどう思うかと聞いてみると、出来の悪い者は“優しそうな中年”、優秀な成績を修めた者に限り”恐ろしい人”と評する。
それがこのマルクス・イェッケルン大佐という軍人なのだ。
『はい。帝国陸軍大佐殿の命であれば何なりと。』
赤い
無機質な雰囲気を漂わせる空間の中、マルクス大佐が口を開いた。
『ときにメイヤー伍長、わが帝国陸軍の直近の課題は何だと思うかね。』
『はい。王国の
『あぁ、その通り──────あのイギタリアスの土人形だよ。』
───正確には
エルフたちが作り出した
何人もの帝国陸軍の軍人を殺戮せしめた悪鬼。
───いくつものブロイラントの村々を壊滅に追い込んだ、鉄鎧の土塊だ。
『現場で実物を見ている人間に言うのも妙な話だがね。
──────”アレ”は相当手強い。
要するに大砲やら
実に面倒だよ。
実際、手に余っているのではないかね?』
『……はい。マルクス大佐殿のおっしゃる通りであります。
例え一機を破壊する事であっても、
『ふむ、まあそうだろう。
特に君の隊は兵站補給が専門だ。倒すのはかなり難しいだろうね。
──────今から私は、そんな君たちに一つ”無茶ぶり”をさせてもらうよ。』
『……無茶ぶり……で、ありますか。』
『そう。その無茶ぶりが君の隊に与える任務だ。
───端的に言おう。
武器、いや”武器と人員”を運んで欲しい。ブロイラント東部、ピッヘン近くのピレーヒル前線基地にね。
到着時刻は八日後の午前十時。
レビン上等兵の事があった君たちに頼むのは気が引けるが……
──────”どうにかして届けてくれ”。』
『……!
了解しました。』
少しだけ口元が歪んだような気がした。
失礼します、と敬礼をした後に目にしばらく残りそうな強い色彩の司令室を出ると、フッと口から息が漏れた。
死ねと言われている。
そうヨゼフは悟った。
ピッヘンは元来、ブロイラント屈指の避暑地であり、多くの貴族や富豪が別荘を建ててこの土地で英気を養うのだ。
夏になれば鮮やかな杉の緑が苔と共に大地を覆い、晴れた日など空の青と森の緑が合わさって都市の喧騒を忘れさせてくれるのだという。
無論そんな場所に城のような大きな建物など無く、あるのは別荘と小さな集落程度だった。
そんな土地だからだろう。
戦争の開幕後、隣国イギタリアスからの侵攻を真っ先に食らい、
今、ピッヘンには元の村の住人よりもイギタリアスの軍人達の方が多く住んでいる。
周囲の森には
そんなところの近くに戦闘力など大してない隊が補給をしに行くというのは、相手にとっていわば鴨が葱を背負って来るような物。
文字通りの"無茶振り"なのだ。
しかし、ヨゼフはそんな中で一つの疑問が浮かんだ。
(そこまでして大佐が送り届けたい"武器と人員"ってなんだ?)
わざわざ自分たちの隊の戦力に言及した事。
無茶振りだと前置きしてから任務を伝えた事。
だと言うのに"武器と人員"の詳細を説明しない事。
そして、"どうにかして届けてくれ"の一言。
何故、と聞きたかったが、兵役25年の直感がそれに関する質問は適切ではないと判断していた。
※
チチッ……チチチッ……。
ものおもいにふけっていると、赤雀の軽やかな声が聞こえた。
人が来たことを警戒する鳴き声だろうか。
鳥達がとまっているであろう
針葉樹の黒の混じった葉が故郷の聖夜飾りのように揺れた。
昨日から降っていた雨の名残が僅かに、揺れのはずみで顔にかかった。
既に何万歩も行軍してきた肉体にはその冷たい雫が心地よい。
───考えすぎても仕方ない。
スッキリとした頭にそんな考えがよぎった。
ベーコン入りの温かいスープを食ったおかげで少しばかり兵士らしいエネルギッシュさを取り戻したような気がした。
「レパード!後ろはどうだ?」
「後方異常無しだ!
───気味が悪いくらいにな。」
「───了解。ベレットとギャランに飯は食わせたか?」
「おうよ!若造らしくがっついてた。
俺の若い頃に似てたぜ!」
「それならお前もまだ若造だな、レパード。」
軽口を叩きながら歩いてはいるが周囲への警戒は怠らない。
祖国に身も心も捧げる程の愛国者のつもりは無いが
いつどこからか敵の兵杖による魔法が飛んでくるかもしれない状況における、自己防衛のつもりでやっている。
気を抜けば、一瞬で魔法が肉を抉る。
───それが戦場というものだ。
(……レビンの一周忌はまだだったな。)
ヨゼフの隊には若手の兵士が6人"いた"。
先程まで飯を食っていたベレットとギャラン。
他に北方出身のスターレットとハッチバック。
左脇で警戒に当たっているコルディ。
───そして、彼らの中心にいた孤児院出身のレビン。
短く刈り込んだ金髪。
ガッチリとした比較的長身な上背。
酒場の暖簾をくぐるとバーの女から黄色い声が上がるような役者顔。
─────意志の強い鳶色の瞳。
出生といい見た目といい色々と目立つ男、というのがレビンを評する時の一番的確な言葉だろうか。
兄貴気質で、訛のせいで周囲に馴染めなかったスターレットと仲良くなって周りに馴染めるようにした事もあった。
力持ちのベレットと親が猟師のギャランを連れて野営地近くの森でイノシシを獲ってきて、隊の全員にスープにして配った事もあった。
盗みの冤罪をかけられたハッチバックを庇い、憲兵に食ってかかった事もあった。
そんな気風だった事もあって、大勢の隊員から好かれる男だった。
そんな優しい快男児も、自分の死の運命には抗えなかった。
2年前の雪がちらつく頃、レビンはイギタリアスの兵士が駆る
───いや、正確に言うとその場では死ななかった。
肌がボロ炭のように崩れ、髪の殆どが焼け落ちても、レビンは辛うじて息があった。
だが、それも長くは続かなかった。
数時間後───送られた野戦病院で、軍医からレビンが息を引き取った事を告げられたのだ。
(──死に顔を見る事も出来ないなんてな。)
死を告げられてせめて死に顔くらい拝ませて欲しいと頼み込んだが、レビンの顔を見ることは出来なかった。
軍医からは、有毒の炎で焼かれたから危ないだとかで見せることは出来ないと突っぱねられたからだ。
何年、何十年経ったとしても。
隊の人間が死ぬ様を見るのは辛かった。
(それに引き換え────積荷の
件の奴は2つに仕切られた馬車の奥に居た。
例の"積荷"は、一切物音を発さない。
先程から何度か声をかけてはいるが反応もないし、飯も上の人間から必要ないと言われた。
本当に"人"員なのかすら疑わしい程だ。
幌に耳を当てると、かろうじて呼気が聞こえる分まだ運んでいるのが人なのだと信じられた。
ヨゼフ達は、この幌の仕切りの中を見ることを軍令で禁じられている。
積荷を運び入れる作業も、ヨゼフ達の隊を他の駐屯地に一時的に移し、軍の本部の人間が中身を運び入れる徹底振りだった。
(軍部の重要人物?───いや、そんな人間の護送を戦力の低い自分達の隊が担うはずはない。
あまりにも危険すぎる。)
今にして考えても妙なところだらけの作戦だ。
作戦内容をマルクス大佐から直接伝えられた事。
徹底された"武器と人員"の正体。
それらを戦力の低い隊に任せる事。
(……所詮お上の考える事だ。
なにかしらあるんだろうよ。)
ぼんやりと頭の中で思ったときだった。
バサバサバサッ!!!
赤雀が黒い針葉から蜘蛛の子を散らしたように飛び立った。
(───なにかいる!)
「総員戦闘態勢!!兵杖取れ!!」
ヨゼフが叫んだ瞬間にぬうっと"ソレ"は現れた。
ハッチバックが短い悲鳴を挙げる。
スターレットは兵杖を構え口を真一文字に結んだ。
"ソレ"の同胞がレビンの命を奪ったと知っているベレットとギャランは、悪鬼のように顔を歪め怒りを顕にした。
───ギチ………グググ………。
トゲ付きの腕部から覗く火を吹き出す砲身。
黒鉄で覆われた背丈の倍以上はある総身。
熊を思わせるずんぐりとした体躯。
ギョロリと向いた小さく虚ろな硝子の丸窓。
───
「ベレット!ギャラン!視認用の丸窓だ!!狙え!!」
「ハッチバック!コルディ!スターレット!
至急
副隊長のレパードが防御の命令を、ヨゼフは指示を出しながら自分も魔法を放つ用意をする。
「
相手は反応が僅かに遅れたようだった。
前方に飛び出たベレットとギャランが放った魔法が
────が、丸窓にはもう少しというところで当たらない。
「───チイッ!機体の揺れで躱されたか!」
そして、不運な事にこの
「───!!
相手は丸窓の周りを攻撃されようと前進を止めないような───。
「クッソ!!
やっぱりコイツ──────!?
逃げろベレット!!ギャラン!!」
ゴオオオン!!!!!
防壁を貼られても、すぐさま火炎放射から切り替えてトゲ付きの腕部で殴る事を思いつくような───。
「レパード副隊長!!!」
「大丈夫か!?レパード!!」
「無事だよこんちくしょう!!ベレットとギャランは?」
「なんとか避けたみたいだ!!
───コイツ、間違いなく……!」
「あぁ、おそらくだが───」
所謂、"エース"だった───。
───────
「サ、サジ───。」
「やめれハッチ!!こっちが焼かれんべ!!」
「だけど!!撃たねば隊長達が死ぬぞ!!」
「落ち着け
隊長達が死ぬ気で粘ってくれてんだ。
こっちも死ぬ気で
スターレットとハッチバック、コルディは積荷へと避難していた。
トムの鞍上には馬術に長けたスターレットが跨り、馬車の縁にハッチバックとコルディが両方に分かれて乗り込んでいるような状況。
マルクス大佐からの"どうにかして届けてくれ"という命令を、彼らは全うせねばならなかった。
「スターレット!!出せ!!」
「はい!こンまままっすぐ向かいます!!」
「あぁ!!突っ切れ!!」
老馬であるトムの少し痩せた身体に鞭を入れ、急発進する。
湿って黒っぽくなった落ち葉を巻き上げながら車輪が回りだす。
ベレットとギャラン、レパード、その他兵士。
───そしてヨゼフを置いて。
「ピレーヒル前線基地の護衛、来てくれるでしょうか……コルディ一等兵殿。」
「──来るだろうが微妙だな。
アイツらもせっかくの補給をみすみす逃す訳がねえだろうが──。
それでも戦力を無闇には使えねえだろうな。
来てくれはするだろうがあの"デカブツ"を仕留められるような戦力は寄越せねえよ。
恐らくな。」
ピレーヒル前線基地には、精鋭が揃っていた。
例え小さな観光地でしかない土地であっても、国境は国境──。
それも既に一部の領土を占領されている状況。
そんな人間が集う基地だからこそ、仲間が危機に陥っていても簡単には動かない。
動"け"ないのだ。
「!───待って下さい。
じゃあ隊長や副隊長も───。」
「───言ってやるな。隊長達も覚悟の上だ。」
「……ッ────ヨゼフ隊長、年頃の娘さんが居るんですよ?
飯炊き係のトーリオさん、子供が出来るかもだって……!」
「やめろ、ハッチバック。」
「───何が人員と物資ですか!!馬車一つに積める程度の人と物資の何が役立つってんです!!」
「黙ってろハッチバ─────。」
ゴチャっ!!
感情が溢れるハッチバックをコルディが厳しく止めようとした瞬間だった。
黒っぽいナニカが進行方向の少し先、左側に飛んでいった。
コルディとハッチバック、鞍上のスターレットの視線が黒いナニカに向けられる。
毛皮のような黒い毛。
徐々に広がる赤黒い滲み。
───豚革の軍靴。
そんな訳は無いというのに、勝手に獣か何かだと思おうとしていた。
少なくともハッチバックはそう思っていた。
言い聞かせるために、死ぬ訳は無いと思いたいがために。
だが、外れた軍帽から覗いた生気のない顔を見た時、それは望みとして考えた幻だと思わされた。
ハッチバックは声をあげなかった。
恐ろしすぎたからだ。
声をあげたのは、鞍上のスターレット。
普段冷静で慄くこともないスターレットだった。
「ベレット上等兵!!!!」
瞬時、背後から爆発のような音が轟いた。
───────────
(よし、馬車は行ったか。これで任務は遂行できる───っ!!)
ボォオン!!
ベレットが吹き飛ばされる少し前。
馬車が
その隙を知ってか知らずか
(ここでコイツは仕留めなければ───。)
こちらの頭数はせいぜい6、7人。
全員が
────しかしそれでも倒さなければならない。
仲間を呼ばれでもしたらこちらの低い勝ち目は限りなくゼロに近いものとなるからだ。
ガコンッ!!
噛み合いが変わった音。
「「
兵の一人であるホルヒとレパードがすぐさま石製の防壁を生み出す─────。
ジュオオオオオ!!!!
────銀で出来た腕輪が溶け出すような温度。
お偉い先生方がこの火炎放射をそのように評していたのを覚えている。
知識や学問としてその火力を知っているのだろう。
だがそのお偉方は知らない。
戦場でいかにその温度を覚えていようと───。
「壁に寄りかかるな!!火傷すんぞ!!」
「
いかに夜襲の心配などない小奇麗な部屋で戦略を考えようと───。
「腕狙え!!燃料に引火させろ!!」
「
いかに国のため民のためと声高に言っても───。
ジュオッ!!
「畜生!!効いちゃいねぇ!!」
「関節は行けますか!?動きを鈍くさせられます!」
「無理だ!!関節周りにガッチリ装甲が着いているんだぞ─────!?」
ゴオオオン!!
───戦っているのは、末端の兵士だ。
「!!──ウォ……───がァっ」
兵士の一人の身体が
吐きでた血と共に、身体が矢じりのように一瞬くの字に曲がって、すぐに力無く弓なりになってドサッと数十メートル先の黒茶の地面に落っこちた。
「ホルヒ!!」
瞬時、目線を上に挙げ叫んだホルヒと同期のオペルにターゲットが絞られた。
ボジュウッ!!
「避けろオペル!!」
ドオゥッ!!!
およそ人に当たってはいけない
オペルは、オペルだったものは燃え盛る肉塊となって弾け飛んだ。
さながら縁日で出てくる網の上で焼く大きな猪肉のようだった。
先程まで人の形を保って戦っていた仲間が、一瞬で物言わぬ燃焼物に変わった。
「─────ッ!!!
ッッソ野郎がァァァァァァ!!!!」
激昂した声が響き、駆け出す音に変わる。
「やめろベレット!!死ぬぞ!!」
怒りの色が混じった雄叫びと共に。
ベレットが軍刀に手をかけながら
当たれば人をボロ炭に変える炎弾。
ベレットが勝てる道理は微塵もない。
が、ベレットはこれを狙っていた。
「
咄嗟に左手に持っていた杖を右手に持ち替えて構えながら大声で詠唱を唱える。
瞬時に
「避けろベレットオオオオオ!!!!」
─────叩き込んだ。
ベレットの身体が、強い加速と鉄で覆われた腕の質量が合わさった運動エネルギーによってひしゃげていく。
死。
それがベレットに直撃した。
「なめんな。」
しかし、ベレットは───────そんなものどうでも良かった。
戦友を、仲間を奪った化物に確実な一撃を与える事だけを意識していたからだ。
故に─────。
ズドォォン!!!!
視認用の丸窓への攻撃を可能にしたのだ。
初めてにして致命的なダメージだった。
だがその姿をベレットが見ることは無かった。
ゴチャっ
と、遠くの地面にベレットの身体が叩きつけられた音が聞こえた。
ベレットは、その命一つで仇を討ったのだ。
「────対象、沈黙!隠れろ!」
(───良くやったぞ、ベレット。
オペルとホルヒと────レビンによろしく言っといてくれ。)
体がでかくて、粗暴だが気のいい奴だった。
故郷の母に楽をさせてやりたいと言っていたのを覚えている。
こんな形で死んでいいやつでは無かった。
「早く隠れろ
だが、感傷に浸っている場合ではない。
今の爆発で敵の援軍が集まってくるだろう。
この状況で
以前ピンチである事に変わりはないのだ。
状況を確認し、すぐさま木の陰から手を招くレパードへと駆け出す。
「すまない、今向か───」
ドオオオオン!!!!
──────。
キィーン……と、鼓膜の奥で残響が残っている。
一瞬、何が起こったか分からなかった。
身体が宙に浮いている。
手足こそちぎれてはいないが爆発の圧力で身体そのものが震えて軋んでいる。
薄目で自分が元いた場所を見る。
─────いた。
それも2機。
1機は倒した機体の
もう1機は──────こちらに照準を合わせていた。
(あぁ、俺はここまでだ。)
ベレナがいるというのに。
何故かそれをすぐに考えて、腑に落ちてしまった。
この短時間で2機。
あの爆発を聞いた瞬間、全速力で来たとしてもこの早さは妙だ。
近い位置にたまたま居たのか。
おそらく出くわしたのを倒すより前に、どこかで気づいてこちらに向かっていたのだろう。
1機さえ仕留めれられればなんとか生き残れる────。
そう思っていた。
甘かった。
見つかった時点で詰みに入っていたのだ。
身体が1回転してトーリオがそう呟いたように
見えた。
瞬間、ドサッと身体が湿った地面に強かに打ち付けられ思わず呻く。
そして、声を振り絞って伝えた。
「散り散りになって逃げろォォォォ!!!!」
───────────
白い息をブハブハ吐き出す老馬のトムを急かしながら、スターレットは唇を震わせていた。
自分とも話をしていた戦友の骸が転がってきたのだ。
いかに戦場に馴れようと動揺しない訳はなかった。
「ベレットさンが────ベレットさんまで────あ、あぁ………。」
恐ろしさで取り乱したような言い方。
俯いているハッチバックだ。
「─────!ッソが!!もう援軍が来てやがる!!急げスターレット!!」
コルディの発した言葉でスターレットは現実に戻らされる。
目下の任務は積み荷の運輸。
よく分からない積み荷の、だ。
(クソッ!クソッ!クソッたれ!
後ろのモンにどんな価値があるんだべぁ!!!
人数が少ないながらも、その分仲のいい隊だった。
田舎出身の自分達の事も気に入ってくれて、可愛がってくれた。
それのおかげで、自分とハッチバックは馴染めたのだ。
「────あの
集まる早さからして何かしらの連絡手段を持ってる!!
ハッチバック!!周り見てるか!?」
「────ッ──はい!!見えてます!!」
「それでいい!!そのまま怪しいのがないか見てろ!!」
「はい!」
既にピレーヒル前線基地に入る抜け道は見えていた。
抜け道には強度の高い幻惑の魔法が組まれている。
味方には効かず敵にのみ作用するものだ。
もう数マイルも距離は無い。
そこまで行けばこちらのものだ。
────このまま、全力で突っ切る。
馬車は小道を抜け獣道に近くなっていた。
足場は酷いものだが速度を減らすわけにはいかない。
眼を前線基地のある方に合わせた時、ハッチバックが叫んだ。
「居る!!
進行方向左のデっかい杉の奥!!
こっちに照準合わせてる!!
普通の火砲じゃない!!長い!!」
やはり動きが異様に早い。
それも動作ではなく連携する早さが、だ。
馬車と言うのは、基本的に
追いつけないのだ。
馬車を見つけても追いかけないのはそういう事だ。
そして、おそらく敵は
狙撃を行う
それを視認した瞬間だった。
真っ白く輝く一条の閃光が、立ち上がった
「「
ハッチバックとスターレット。
二人で進行方向10、11フィート前の左、着弾するであろう位置に魔法で造った土壁を出現させる。
─────瞬間、二重の土壁は弾けとんだ。
馬車が衝撃で一瞬傾き、車輪がデコボコの地面に着いた衝撃で身体が上下に揺れる。
雑草混じりの硬い土塊の破片が炸裂し、スターレットの顔にかかる。
─────こんなもの、食らったら死体も残らない。
助かったと思うより先にそんな恐ろしさが頭をよぎった。
「後どのぐらいだ!?」
「約1マイルです!!」
「クソッ長いな!!」
トムも既に限界近くまで走らせている。
長くは持たない。
やはりこのまま突っ切るしかない。
距離自体は短い。
行けるはず。
──────だが、そう甘くはなかった。
「───!?もう撃てそうになってる!?」
砲身の奥が、真っ白く光っていた。
あれだけの威力を放ったというのに、既に。
「「
再び前方に防壁を張る。
────が、無意味だった。
シュドァァ!!!
放たれた魔力の光線は馬車ではなく"前方の地面を"抉っていたのだ。
「マズい止ま───」
ビヒィーン!!!
トムの悲鳴がこだまする。
馬車は牽引するトムと共に勢い良く開けられた穴に落下した。
横倒しになった馬車を穴から上げる事は出来はするだろう。
だが、狙われているこの状況でどうにかするのは不可能だ。
「終わった……」
ポツリ、とスターレットがつぶやいた。
「何弱音言ってんだスターレット。
あの
お前はトムを起こして合図を待て。
行くぞハッチバック!!壁張って野郎の視界を塞ぎつつ近づくぞ!!時間勝負だ、急ぐぞ!」
「はい!
言うが早いか、二人は雑草の根が飛び出した段差を飛び越えてあたりを見回しながら藪の中に入っていった。
コルディはまだ諦めていない。
ハッチバックも、震えていた割に生き残るための行動はけしてやめていない。
ベレットの死を無駄にする訳には行かないという意地だ。
任務を遂行するための───。
そういう意地だった。
びひぃん。
トムがかなしげな顔で嘶いた。
戦慄いてばかりはいられなかった。
(────後ろのやつは大丈夫なのか?)
見てはいけない。
そう
だが人が乗っているとも知らされていた。
これだけ派手に横転しているなら、大怪我をしていてもおかしくないだろう。
荷車に結ばれているトムを引き起こす都合上、荷車を先に起こす必要もあった。
(……声だけかけておくか。)
穴の縁にもたれかかった荷車。
近くでコルディ達が魔法を放った音が聞こえた。
土が降り掛かった、軍が用意した新しいそれの後ろ側の垂れ幕を僅かに開いて、声をかける。
「なぁ、大丈夫か?今からちょっと起こすぞ。」
「……。」
無言。
木々が倒れる音がした。
「怪我してんじゃねえのか?答えれるか?」
「…………。」
また、無言。
幌に手をかける。
「────なぁ、答えてくれよ。
命令無視して中入ったらオラ……俺の首が飛ぶんだ。」
やれやれと荷車を持ち上げた───。
瞬間、後ろから光が伸びてきたのを感じ取った。
ハッチバックの声が聞こえた気がした。
考えるより先に、穴の中に飛び込んでいた。
ズドォォォォン!!!!!
────土壁のあった位置には、塵が舞っていた。
荷車は、再び横転して幌の上半分が燃えていた。
トムの嘶きが聞こえなくなった。
閃光は放たれたのだ。
同時に、陽動は失敗した事が分かった。
コルディとハッチバックの二人は、敵の砲身を自らに向けさせる事は出来なかったのだ。
(─────連れてかなきゃ、後ろのやつだけでも。)
震えていた。
そうでもしないと、全員まとめてやられる。
最早ヤケクソに近い発想だった。
尻もちをついた赤ん坊のような体勢から立ち上がる。
頭と身体が繋がっていないような感覚だった。
すぐさま荷車に駆け寄った。
周りには燃えた木片や布が散らばっている。
どこだ?あいつは。
顔すらも分からない人間を必死に探していた。
後ろからは怒号が聞こえた。
悲鳴なのか、檄の声なのかすらもよく分からない。
「────────いた。」
それらしいものはすぐに見つかった。
──────だが、
軍服ではあったが、自分たちにはない背中に黄色い太線が引かれているのだ。
そして、何かを抱えていた。
金属特有の鈍い光を放つ丸棒のようなもの。
兵杖とはまた違った意匠の何かだった。
「おい立てるか!?作戦は聞いてるか!アンタをピレーヒルに送る!」
「………………。」
やはり答えは無い。
無視だとかそういうレベルではなく全く答える気配がない。
こちらの声が届いてないようだ。
なし崩し的に命令を無視して今姿を拝んでいるのだ。
もう見るなのタブーは意味などないと思い、スターレットは近づいた。
黒い軍服はキレイにアイロンがかけられ、ほつれなどもない。
特異な黄色い線は、首元から尻にかけて背中を真っ直ぐに通っている。
背丈は普通か高いくらいだろうか。
それなりにガッチリした体つきをしている。
少なくともただのお偉方とは違うように見えた。
「おい、大丈夫か……?」
すぐそばまで来たときだった。
スターレットは、妙な既視感を覚えていた。
軍帽から覗く金髪。
それなりにある背丈。
クビ筋から延びるケロイド。
閉じられた目。
───────役者のような端正な横顔。
まさか、そう思った。
しかし見覚えがあった。
見覚えしかなかった。
忘れるわけがなかった。
自分にはじめて声をかけてくれた優しい先輩。
その戦闘センスの高さと仲間を決して見捨てない姿勢に憧れを抱いていた先輩。
───あの日、
「──────先輩ッ──レビン上等兵殿ッ!」
積み荷の中身は、レビン上等兵だった。
顔全体を覆う火傷のあとが痛々しいが、間違いなくあのレビン上等兵だった。
「……生きてたんですか!?でも……どうやって…………!?」
スターレットは、レビンが抱える筒状の何かを見て
思わず恐怖を覚えた。
丸棒だと思っていた物は、6フィート程はある長大な砲身だった。
銃口の内径は2~3インチの間くらいだろうか。
一個人が扱うにしては大きすぎる。
だが恐怖を覚えたのはその"砲"の重厚さではない。
────胸に、黒い管のようなものが接続されていたのだ。
管は"砲"の
レビンは明らかにまともな状態ではなかった。
(───帝国はこれを隠したかったのだ。)
スターレットは直感した。
レビン上等兵はたしかにあの日死んだのだ。
だが、腹に管を繋げるようなやり方で復活したのだ。
─────兵器としての運用を目的に。
こんなものを造ったと言われたら、国内から凄まじい批判が挙がるだろう。
軍属や徴兵への忌避の念も強まる。
───だからこそ、秘匿にしておきたかったのだ。
(───
怒り。
敬愛する者を改造された怒り。
自分たち兵士を使い捨てにする身勝手さへの怒り。
───そして、こんな形で再会した事への悲しみ。
スターレットは、レビンを胸に抱いて慟哭した。
─────それが、呼び金となった。
『
「────え?」
抑揚のない言葉。
およそレビン上等兵の声ではなかった。
その声に引かれるようにレビン上等兵の身体に───レビンのような兵器の身体に力みが生じた。
『
────
レビン上等兵は────アスカロンはスターレットを押しのけ、素早く起立した。
『周囲環境確認───成人男性1名あり。
検索中───友軍兵、スターレット・グリックマンと断定。
動作確認に移行します。』
周囲を見つめ、スターレットを見つめるのを終えると、目の前のアスカロンだという兵器は身体の動作を確かめるように身体の至るところの関節を動かしだした。
「あ、あの……レビン上等兵……ですよね……?
俺───オラです、スターレット一等兵であります!」
「…………………─────。」
無言─────かと思ったが、違った。
「────────ぁ─────あ───あ。」
「────────あぁ────お……だ……。
かすかに、『俺だ』と聞こえた気がした。
だが、声をかける暇は無かった。
『動作確認終了。
魔力探知開始──────────周囲
────攻撃フェーズ、移行。』
砲身の晶体が紫の光を帯びだした。
────魔力探知の苦手なスターレットでも分かるほどの凄まじい魔力。
それがアスカロンの────レビン上等兵の身体から、
───魔力の吸収や放出は呼吸とほぼ同じだ。
人によって差はあるが、扱える量には限界がある。
あれだけの魔力を常人が扱えば、一瞬で身体が魔力切れを起こしてまともに動けなくなる。
だがレビン上等兵はそれだけの量の魔力を放出しているのにも関わらず、生気を感じない虚ろな目になっているままで平然としている。
その異常な状態が、レビン上等兵は
『
着弾範囲を
壊れた
が、その長い砲身を振り回されて近づけないようだ。
アスカロンはそれを関係ないかのように腰を浅く沈めながら砲口を
『斜度
充填率───
「
キュ────────────ォ!!!!
猛禽。
その鳴き声。
そう例えるような高い音と、薄紫の閃光が走った。
雷と呼ぶにはあまりにも鋭い。
そして、砲と呼ぶには──────
ズド…………ゴォォん…………。
あまりにも鮮烈だった。
『────対象の沈黙を確認。
探知範囲を
「─────バ……」
『──────範囲内に
───各個撃破、開始します。』
「バケモノ……。」
──────────────
なんだ?何が起きた?
助けに来たギャランに肩を貸してもらってようやく起き上がったヨゼフは混乱していた。
先程まで
国の事。
隊員の事。
ベレナの事。
────例の積み荷の事。
死を直感した瞬間にそんな考えが頭をかけ巡っていた。
しかしその死の運命は、突如響き渡った落雷とも砲撃音ともつかない甲高い鳴音によって避けられた。
明らかに動揺していた。
聞いたこともなかったのだろうか。
──────そして、鳴音は再び響いた。
キュ────────────ォ!!!!
──────一撃。
たったの一撃だった。
薄紫の雷撃は、
中にいる搭乗者が力尽きたのか、
────ベレット達3人を犠牲にして辛勝した敵とは思えない程、あっさりと沈黙した。
(
しかしそんな使い手がいるならばここまで押されてもいないだろう。
となるとピレーヒルの面々とは考えづらい。
「なんだ……あれ………。」
閃光を間近で見たトーリオが、声を震わせながらそう漏らした。
分からない。
混乱してふとそう思ったが、目の前の
そんな訳は無かった。
じゃあなんだ?
─────そして考えついた。
「アイツだ────マルクス大佐の言う
────────────
シューと蒸気を吹き出す魔砲を手に、アスカロンはまた明後日の方向を向き出す。
「
キュ────────────ォ!!!!
紫の閃光が、黒肌の森林を突き抜けて行く。
そして───────鉄塊が遠くで倒れる音に変わった。
(見えてンなが────!?
今ので3機目。
凄まじい速さだ。
スターレットは最早恐ろしくなった。
あの全てを穿くような一閃そのものにでもない。
─────淡々と、効率よく、正確に敵を撃つその人間味の無さ。
もっと言えば、自分の知る頃とは一切違う姿を見せるレビンへの激しい違和感。
それらが、ひどく恐ろしく見えた。
『──────
瞬時、森の中程から火の手が上がった。
連続放射の炎で木々に着火させたのだ。
ドシドシと高重量の金属が地を蹴る音が聞こえてくる。
火の揺らめきによって位置を特定されづらくしたのだろうか。
しかし、アスカロンは"魔力探知"と言っていた。
居場所はすぐに分かるだろう。
──────が、相手もまた強者だった。
ボバギャッッッ!!!
突如としてごうごうと燃える木々が爆発したかのように炸裂した。
(細い燃え木を蹴り上げて礫みてぇに!!)
真っ赤に燃える木の破片が、魔術師が使う礫岩を撃つ魔法のようにアスカロンとスターレットめがけて飛んでゆく。
いかに
「|遮れ、土壁の如く《ロッカ・ウォ──────」
スターレットはすぐさま詠唱した。
二人への直撃を防ぐためだ。
しかし、間に合わない。
『───着弾範囲を基準範囲から
────
シュドォゥッ!!!!
───────木片は当たらない。
広くしたからだ。
拡散されたそれは、放たれた燃え木の散弾を消し飛ばした。
すかさず
元々この搦手で仕留める気はなかったのだろう。
相手が対応する時間を稼ぐための一手。
ガコンッ!!
そしてその稼いだ時間を使っての、至近距離からの単発式火炎弾。
左手横薙ぎ。
火炎弾。
火炎弾。
地面を抉る右手横薙ぎ。
火炎放射。
隙のない連続攻撃を、アスカロンは間一髪のところで避ける。
しかし、その一撃を
スターレットも炎の魔術をいつでも放てるよう、魔力を杖先に集中させているが、激しい攻防のせいで丸窓に攻撃を当てる隙がなかった。
下手に撃ったとしても魔力を消費するだけだろう。
ふと、奥の方を見ると隊長達が歩いているのが見えた。
別の方にはコルディ上等兵とハッチバックの姿も見えた。
─────二人は呆然としていた。
隊長やギャラン上等兵の方は、怪我はしているものの生きているようだった。
────しかし、その中にベレット上等兵やオペル上等兵、ホルヒ上等兵の姿は無かった。
────何があったかは、想像したくなかった。
(今いる人らで、どうにか基地に行かねえと───。)
そう考えた瞬間、土が弾け飛ぶ音がした。
アスカロンはこれも躱している────が、今度は様子が違った。
今まで既のところで躱してきたアスカロンが大きく距離を取ったのだ。
そしてすぐさま距離を詰めるために姿勢を低くした────。
(────マズい、アレが来る!)
「
最早ダメージなど二の次だった。
今ここで
撃った火炎球は
────そして案の定、
広範囲に火を広げる事で逃げ場を無くしアスカロンを焼き切る為だ。
炎は地を焦がし、枯れ葉は熱さに身をよじるように舞い上がった──────。
───────しかしスターレットは、レビンの形をしたバケモノの前ではそれがただの杞憂であった事を思い知った。
思い知らされた。
傍から見たスターレットは気づいた。
アスカロンが、既に
(
僅かながらに出来た空間。
身を地に縫いつけるようにしてはじめて躱せるような場所。
そんな所に突っ込んだのだ。
突っ込む時に火が触れたのか、裾が燃えている。
───────そして銃口は、
「──────
キュ────────────ォ!!!!
─────閃光は、空を駆けあがるように閃いた。
光が貫通した頭部は、元から存在してなかったかのように消し飛んでいた。
『対象、全機沈黙──────魔力探知──────
───戦闘フェーズより警戒フェーズに移行します。』
アスカロンは、静かにその堅っ苦しい口を閉じた。
────ヨゼフ達の小隊は、ベレット、オペル、ホルヒら3名の犠牲の元、任務を遂行する。
────レビンの、アスカロンの存在に目を瞑りながら。
───────────────
(─────本当にレビンだったのか?アイツは。)
ブロイラント中央部を走る列車に、ヨゼフは居た。
あの後、部隊全員はアスカロンに接触した事に対する取り調べを受けた。
抗命の軍規違反で処刑もあり得ると思っていたが、緊急回避のためのやむを得ない行動であった点やマルクス大佐の助命嘆願という名の横槍のおかげで
幸い3ヶ月の謹慎と絶対的な守秘義務の契約で済んだ。
謹慎になった身の上で愛娘の入学式に行くのは少々気が引けるが、久しぶりに娘や妻と会える。
会える嬉しさは間違いなくあったが、それでもレビンの──────アスカロンの事が気になっていた。
人の身で扱う事の叶わないであろう巨砲を軽々と扱い、焼けたはずの顔や髪が生前のまま再生していた。
そのみてくれは、胸部に繋がれたチューブ以外、部隊にいた頃のレビンと何一つ変わっていなかった。
(───上は────何をやろうとしてるんだ?)
前線の人間がゴミのように殺されている。
────
(だとするなら、あれは─────。)
──────あれは、
レビンは、孤児院の出身だ。
身寄りのない人間を使えば、改造する理由をつけるのも容易なのではないか。
──────死、という逃げすら封じられて、戦う事を選ばされ続けるのではないか。
ヨゼフは、僅かに開けていた汽車の窓を閉め切った。
さっきまで心地よく感じていた冷気が薄ら寒いものに変わった気がしたからだ。
妻に、ベレナに会いたい。
会って、お前を一人なんてさせないからなと抱きしめてやりたい。
───────そう、ヨゼフは誓った。
或ル泥鬼殺シノ話 羽黒缶太 @juken_ta
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