社畜戦闘員の俺が巨大宇宙ニワトリ(仮)を拾ってしまった件について

@yawatako

社畜戦闘員の俺が巨大宇宙ニワトリ(仮)を拾ってしまった件について

 自分は何をやっているんだろう。


 目の前のガラクタの山を崩している。手に当たった物を適当に引っ張り出してはスキャナーに通して成分を分析。これはただの金属っぽい。多分金目のものではないから、遠くへ投げ捨てる。次、レアメタルの含有反応あり。価値があるかもしれない。回収袋へ入れる。これは……どこをどうスキャンすればいいんだ? よくわからないから捨ててしまおう。貴重なものなら誰かが回収するはずだ。きっと。

 自分はどうしてこんなことをしているのだろう。命綱でもあるフルフェイスのヘルメットが暑苦しい。簡易宇宙服はごわごわとしていて動きにくい。ずっとしゃがんでいるせいで足が痺れてきた。そろそろ伸びの一つでもしたい。

 物を検品し続けるというのは実に単純で、つまらないものだ。時々、好奇心をくすぐられる物が出てきたりもするけれど、自分のものになるわけじゃないからすぐに興味がなくなる。するとすぐに飽きて眠くなってくる。今だってそうだ。こっそりとあくびをしたら、どこからかすっ飛んできた見張りにぶん殴られた。その勢いで頭からガラクタの山に突っ込む。どんがらがっしゃーんと雪崩が起きた。

 ……ちぇ。いいよな。お前ら中級戦闘員は偉そうに突っ立ってたらいいんだからさ。俺たちみたいな下っ端は地道な肉体労働だ。ぶつけてずきずきと痛む頭をヘルメットの上からさする。本当に、何もかも嫌だ。

 今日襲撃した小惑星は随分と繁盛していたらしい。大きな屋敷に大きな倉庫。派遣されてきた戦闘員総出で地道に戦利品の回収作業だ。

 俺も戦闘員の一人として戦ったのだが、真っ先に返り討ちにあった。目覚めたときには戦闘が終わっていた。よくもまあ今回も死ななかったものだと思う。

 いくぶんかなだらかになった山に両腕を突っ込んで適当に引っ張り出す。スキャン。生き物の皮。天然だと価値があるんだよな。念のため回収。スキャン。炭素の塊。なんか妙にキラキラしているけどただの炭素だろ? 投げ捨てておくことにする。

 またため息が出てきた。そもそも指示が雑なんだよな。価値のあるものを回収しろって、曖昧過ぎるんだよ。安定して価値のあるものなんてこの宇宙に存在するのか? ある星で貴重なものが別の星ではありふれているなんてよくある話。この作業に意味があるとは思えなかった。やる気が出ないのはそのせいもあるかもしれない。

 不意にガラクタの山をまさぐっていた指先が奇妙なものに触れた。ふにゃりとしていて柔らかく、表面は冷たいのにほのかに温かな何か。うわー、なんだこれ。嫌だなぁ。怖いと思いつつも好奇心が勝った。潰さないように掌にそっと乗せて、両手で包むようにして引っ張り出してみる。俺は言葉を失った。

 それは小鳥だった。黄色い小さな塊。ふわふわというよりはしっとりとした質感の物体。なんとなくスキャンしてみる。生体反応あり。どうやら作り物などではなくて生きているらしい。山の中から出てきたのは、何らかのケースに収められていたこれが雪崩れた衝撃で飛び出してきた、とかだろうか? それにしても生き物を閉じ込めるなんて、なんてひどいことをするのだろう。俺はとっさに小鳥を簡易宇宙服のポケットに詰め込んだ。戦利品として回収するのも、投げ捨てるのも、見なかったことにして山に戻すのも、なんだか違う気がしたから。


「おい、休むな! 手を動かせ!」


 近くにいた見張りが叫んでいる。俺はわざとらしく元気な声で返事をしながら作業に戻った。


 ●


 宇宙に飛び出したのは、故郷が嫌いだったからだ。

 誇れるものは歴史くらいしかない星だった。伝統を重んじ、血を重視し、古くを大切にする。だというのに、何がそんなに大切なのか、誰も詳しくは教えてくれなかった。

 小さいころから宇宙に出るのが夢だった。昔からのものを守るためか、この星には新しいものがほとんど入ってこない。だから自然とこう思うようになっていった。文化の中心である首都惑星に行って、何か新しいことがしたい。新しいものを知りたい、と。

 両親と喧嘩したのは、成人する一歩手前くらいの時だった。星を出たいと告白したら、そりゃもう猛烈に反対された。

 ここにいる限り、自分には未来がないと思った。新しいものを得ることがどうしてそんなにいけないことなのか。古いものから脱却することがどうしてそんなにいけないことなのか。両親は激昂するばかりで何も答えてはくれなかった。そんな彼らに嫌気がさして、何度目かの喧嘩の果てにふらりと街に逃げ出した。寒い夜だった。

 銀河政府の広告を見たのは、そんな時だった。


 時はニューネクスト・コスモフロンティア時代! 宇宙はもはや遠くの異世界ではなくなり、誰もが気軽に飛びまわれる素晴らしい冒険の舞台になった。さあ君も未知の旅へ出ないか?


 俺は走り出していた。行くしかないと思った。時代が俺を呼んでいる。ならばこんなところにいる理由はない。着の身着のままで宇宙港から適当な船に乗った。行先なんて確認してなかった。もっと遠くに行きたくて、逃げ出したくてたまらなかった。離れゆく緑の星を見たとき、ようやく自由になれたと思った。

 だが宇宙はそんなに甘くはなかった。あてもなく飛び出した田舎者のクソガキは見事にカモにされた。

 それはどうにかして太陽系まで来た矢先の出来事だった。「アステロイドベルトでの簡単な肉体労働です。※学歴問わず」という文言に飛びついて応募したのが運の尽き。そのまま貨物船に押し込まれて売り飛ばされてしまったのだ。

 どうにかして逃げようとした。幸か不幸か、たどり着いたのはロー・ジーの小惑星で、大掛かりなロケットがなくても宇宙に飛び出せる。だが支給される簡易宇宙服では酸素が持たない。やるなら宇宙港から船を奪取して……とやる気があったのは最初だけ。ここは宇宙海賊崩れの犯罪組織であり、仕事内容も襲撃やら強奪やらで穏便なものは何一つない。スペースポリスとの戦闘はいつものことだし、上官の憂さ晴らしに殴られることもよくあった。いつ死んでもおかしくない状況に逃げる意思なんて早々に消えた。生き残るのに必死だった。来るはずのない助けを、そんないつかを夢見て浅い眠りを繰り返す日々。けれどそんな地獄みたいな状況でも、人は慣れてしまう。ビーム銃を持って宇宙船を強襲するやり方も、配給物資を使った戦闘員同士の取引のやり方も、何もかも身についてしまった。そうすると、ここも案外悪くない居場所になってしまう。狭い寮の一室が、帰るべき場所へとなり果ててしまう。

 これは、いいことなのだろうか。なんとかできた友人はアルコールとドラッグにやられた頭で笑うばかりで、何も言ってはくれない。

 小鳥を拾ったのは、そんなくそったれな日常に諦めと共に慣れてしまった頃だった。


 ●


 飼育開始一日目。ポケットの中で潰れてないか不安だったけど、一応大丈夫だったみたい。でも動かないし、冷たいし、死んでるんじゃないだろうか、これ。とにかく布をかけて温める。湯たんぽも近くに置いてやる。明日になってもだめそうなら、近くの公園に埋めてやろう。

 ……久しぶりに同じタイミングで基地に帰ってきた友人に飲みに誘われたけど無視してしまった。何企んでんだって言われて少しドキッとした。


 二日目。寝落ちから目覚めると、布の中でもごもごと動く鳥と目が合った。よかった! 生きてた! そっと触ってみる。ふわふわとしていて、温かかった。何を食べるのか分からなくて、パンの欠片を水でふやかしてあげてみた。少しだけど食べてくれた。ただそれだけなのに、涙が出そうなくらい嬉しかった。


 五日目。小鳥は少しずつだけど食べる量が増えている。……いつまでも名前がないのは不便だな。かといっていいアイディアがあるわけでもなく。というか、なんていう鳥なんだろう。調べてみようと思い、仕事の合間にライブラリーへ行ってみた。特徴からするに、ニワトリの子供、ヒヨコが近いか? なら、トリちゃん、ニワちゃん、ピヨちゃん……そもそも、メスなんだろうか?


 七日目。悩みに悩んだ末、クエちゃんと命名。どうやらピヨピヨ鳴いているのは今だけらしく、ライブラリーで大人の鳴き声を聞いて付けた。うむ。我ながらかわいいんじゃないか? メスかどうかは調べるのが難しいらしいので、大人になって卵を産んだらクエちゃんのまま。卵を産まなかったらクエ太郎とかクエ男とかに呼び方を変える予定。


 十二日目。急に短期任務へ飛ばされてやっと帰ってくることができた。慌てて水と食料をかき集めて置いてきたが(おかげで友人からまた疑いの目を向けられた)、足りているだろうかとずっと不安でたまらなかった。基地に戻ってくるなり寮の自室に直行。クエちゃんのいる押入れの戸を勢いよく開けた。……そこには、ひとまわりもふたまわりも太ましくなったクエちゃんの姿が。ほっとして力が抜けた。にしても、結構用意したつもりだったけど、全部食べたのか、お前。クエちゃんは俺を見るなり小さなくちばしで突いてきた。餌の催促だろうか。結構痛い。吸わない配給のタバコとかをまたしても食料に変え、クエちゃんに食べさせる。見事な食べっぷりに仕事の疲れも吹っ飛ぶ心地がした。


 二十五日目。またしても任務で数日部屋を開けたのだが……こんな羽してたっけ。これまでがふわふわの毛玉だとすると、今の姿は毛玉からリアルな鳥の羽が生えているといったところだ。実にアンバランス。生き物として、フォルムが悪い。怖くなって調べたら、どうやら大人になるために羽が生え変わっている途中らしい。……ほっ。でもあのかわいらしい姿をもう拝むことができなくなるのか……。なんて儚い生き物なのだろう。


 四十二日目。クエちゃんが珍妙奇天烈な生き物になってしまった。体は白っぽい鳥、頭は黄色い毛玉。ぬいぐるみを作る時にパーツを間違えてくっつけてしまったかのような、強烈な違和感がある。大人になるための準備……だと思って納得させているが、にしてもよぉ。体もだいぶ大きくなってきた。両手じゃないと持ち上げられないほどだ。


 五十八日目。生え変わりも落ち着いて、クエちゃんは真っ白でうつくしい立派な鳥になった。図鑑で見た通りの、どこに出しても恥ずかしくないニワトリ。……だと思ったんだけど、なんか違うんだよな。とさかは赤っていうよりオレンジっぽいし、足の指も普通は四本くらいあるみたいなのに六本もあるし。はて、と首をかしげている俺。もしかして宇宙に出て変異した新種……とかだったりして。事実が何であれクエちゃんが可愛いという事実は揺るがないし、まあいっか。


 六十四日目。クエちゃんの食欲は止まるところを知らない。餌をどう工面しようかと悩む。そんな時、友人に無断でペットを飼っていることがばれてしまった。見せろとごねられたが断固拒否。だって結構質量あるし、くちばしも鋭いし。友人が変なことをしてクエちゃんの機嫌を損ねでもしたら俺も無傷じゃいられないだろう。……クエちゃんはいつの間にか俺の腰くらいの高さにまで育った。出会った頃は生きているのかも分からないほどだったのに。嬉しい。すごく嬉しい。さすがにもう大きくはならないだろうけれど。なお友人からは餌を仕入れてやるから写真くらい見せろと交渉されてしまった。……それならいいけどさ。


 七十三日目。どこまで大きくなるの?


 ●


 俺は焦っていた。先日強襲をかけた宇宙船から出てくるはずだった物資が出てこないと騒ぎになっている。組織の上層部は戦闘員による窃盗を疑っていて、寮に捜査が入るとのうわさだ。


 やばい。クエちゃんの飼育がばれる。


 もちろん飼育申請なんて出してない。したところで許されるはずがないからだ。押し入れの中にしまい込んで今日まで大切に育て続けた。

 聞いたところによると、捜査員は今日にでもこの寮に押しかけてくるらしい。どこからか強制捜査話が漏れたため上層部が焦っているとのことだ。

 クソ、誰が盗んだんだよ。そんなもん! おかげでいい迷惑だ。

 今日まで任務に出ていた俺は寝耳に水だった。クエちゃんを隠すアイディアを考えている時間もない。

 このまま、お別れなのだろうか。焦りと悲しみ、絶望を抱えたまま部屋に戻った俺は、いつものように押し入れの戸に手をかけた。

 戸を開けるとそこは一面、もこもこで真っ白だった。硬直。思わず手を伸ばせば、ふわりと受け止められる。すると白がごそごそと動いて、つぶらな瞳が現れた。


「くえ!」


 鳴き声と共にと押し入れから白くうつくしい巨体が抜け出してきた。ふるふると体を震わせ喜びの舞を踊っている。すると羽がふわりと空気を孕み、体積が二倍くらいに増えた。……あれ。またデカくなってないか? 最後に見たときはもうふたまわりくらい小さかったような気がするのに。

 ふとクエちゃんが詰まっていた押し入れの中を見た。ぺちゃんこになった鳥用餌袋(お徳用)の残骸が壁に張り付いている。まさか、数か月分はあるというそれを、俺が不在の間に食べきってしまったというのか? だからそんなにふくよかになってしまったのか?

 状況が理解できず立ち尽くす俺の周りでくるくると踊っていたクエちゃんが、何事かと俺を見る。見下ろされる。やっぱ目の錯覚じゃねぇなこれ! デカすぎるだろ! 押し入れに詰め込んでごめんね!

 何を言ったらいいのか分からなくて、胸の中で感情がグルグルする。その混乱のまま俺はクエちゃんに抱き着いた。鳥臭いけど、温かくて、ふわふわとしていて、ほっとする。

 クエちゃんが組織に見つかったらどうなってしまうのだろう。綺麗だから売り払われてしまうだろうか。それとも立派な体格だから食べられてしまうだろうか。嫌だ。どっちも嫌だ。クエちゃんと暮らし始めて、生きる喜びを思い出せたのに。大切なペット……いや、相棒だ。こんな形で別れたくない。ずっと一緒に居たい。でも、もうどうにもならないというのなら、せめて逃がしてやろう。しばらくは外でかくまって、時が来たら別の星に放してやろう。俺はそう決心した。にじみ出てきた涙で視界がゆがむ。


「……クエちゃん。おまえと出会ってから、俺はとっても幸せだった。でも、もう、

駄目だ。ここに居たらお前の命が危ない。だから、さよならしよう。お別れだ」

 俺は泣きながら一方的にまくしたてる。クエちゃんの顔は見られなかった。見たら覚悟が揺らいでしまいそうな気がしたから。逃がすのは友人にも手伝ってもらおう。まずは相談しに行って……。


「くーえー!」


 突然頭に走る激痛。クエちゃんの頭突きだと理解するのに数秒かかった。お、俺一応訓練受けた戦闘員なんだけど!?


「くえ。くえくえ。くーえー!」


 ぷりぷり怒ったふうな雰囲気を漂わせ、床を足でどしどしと叩いている。何を言っているのかさっぱり分からないが、さっきの俺の態度にご立腹なのだろう。思わず正座になってしまう。


「くえ」


 クエちゃんがくるりと後ろを向いてしゃがんだ。まるで背中に乗れと言っているかのようだ。俺が呆然とそれを見つめていると、振り向いて不安そうな表情を浮かべた。


「……うん。お別れじゃない。一緒に行こう。クエちゃん!」


 俺はクエちゃんに飛び乗った。柔らかくて温かな広い背中に受け止められる。体を安定させるために申し訳ないけど羽毛をがっしりと摑んで、いまだこちらを見つめ続けるクエちゃんにこくりと頷いた。

 俺たちは行くのだ。自由を目指して。きっともうここへ帰ってくることはないだろう。なんだかんだ馴染んでしまった自室を見渡す。……まあ、居心地は悪かったよ。


「くえー!」


 クエちゃんが雄叫びを上げて廊下に飛び出す。歩いていた連中が物音に驚いて一気にこちらを見た。俺はクエちゃんに進むべき道を指示する。


「あっちだ。行け!」


「くえっ!」


 クエちゃんはまたしても高らかに鳴いた。そのまま姿勢を低くし、狭い廊下を押しつぶすみたいに突進した。反射神経の良い奴は驚いて飛びのく。のろい奴はそのまま下敷きになる。速い。クエちゃん足速いな! 振り落とされそうになるたびに必死に背中にしがみついた。

 住み慣れた寮の施設を駆け抜けるたびに過ごしてきた日々が頭をよぎっていく。クソッたれな環境で、ごみ屑みたいに生きた。非道な仕事に心を壊しかけたこともある。合わない食事で寝込んだこともある。慣れるわけがないと思っていた非日常が日常になり果ててどれくらいが過ぎたか。友人と呼べるやつだってできた。でも今日でそれも終わりだ。俺たちはここを捨てて先へ行く。

 いつの間にか俺は笑い出していた。今ならどこにでも行けて、なんでもできる気がする。


「おいお前、そこで何をやっている!」


 寮の玄関ホールへと差し掛かった時、五、六人の下級戦闘員に道を塞がれた。誰かが通報したのか中級戦闘員までいる。くそ。ここまでか。

 俺の不安に気づいたのだろう。クエちゃんは俺を見上げて、くえ、と小さく鳴いた。俺は頷きを返し、背中からそっと降りる。ここは戦おう。戦って隙を生み出そう。俺だって戦闘員の端くれなんだ!

 俺はファイティングポーズを取った。武器は帰ってきた段階で全部返却している。個人所有なんて認められていない。対して、相手は全員長物やビーム銃を持っている。怖くないと言ったら嘘だ。でも一人じゃない。だから、戦える。

 クエちゃんが吠えた。それを合図に俺は走り出した。拳を振りかぶって近くの下級戦闘員に殴りかかる。不意を狙った一撃は顎にクリーンヒット。よろめいた隙を狙って持っていた槍を奪い取る。

 急な攻撃に虚を突かれた一人が、はっとしたように銃を俺に向けて構えた。引き金を引く前にクエちゃんが飛びかかる。圧倒的質量から繰り出される飛び蹴りに悲痛な悲鳴が上がった。


「調子に乗るな!」


 中級戦闘員がクエちゃんめがけてぶっとい大剣を構える。くそ。そこまで広いわけじゃないんだぞこの玄関! 落ちた銃を拾ってでたらめに撃つ。当たらない! 下級戦闘員どもが殺到し、殴られ、刺される。それでも撃つのをやめない。相棒の命の危機に自分の身なんか気にしてられるか!

 光弾の一部が中級戦闘員の身体を掠めた。急な痛みに怯んで剣先がぶれる。クエちゃんはそれを見逃さず、跳躍。中級戦闘員の綺麗な禿げ頭にくちばしを突き立てた。鮮血がほとばしる。


「ぐぎゃぁあああ!」


 はっはっは。クエちゃんのくちばしは効くだろう。俺も痛すぎて手から餌をあげるのは早々に諦めたのだ。

 上官から流血があって動揺したのか、俺を袋叩きにする手が緩んだ。必死にしがみついていた槍を振るって、よそ見をしていた連中の足元を力任せに薙ぎ払う。すっ転んだ人垣から抜け出し、いまだなお執拗にくちばしで攻撃を続けるクエちゃんの背中に飛び乗った。


「行くぞ。クエちゃん!」


「くえっ!」


 死屍累々となった玄関ホールを背に、俺たちは寮を飛び出した。


 ●


 そこからはまあ、意外となんとかなった。

 仕事帰りで簡易宇宙服を脱いでいなかったのは不幸中の幸いだった。後は宇宙に出る足をどうにかして確保するだけだ。

 目星はなくはなかった。来たばかりの頃に考えていた計画を思い出す。複数の長期任務が終わった、ちょうど今日みたいなタイミングは人が多くて宇宙港は混乱する。それに誰も彼もが疲れきっていて、変な動きをするやつを咎める元気がある奴もいない。乗り込むなら今だ。強制捜査の影響で、各所で混乱と衝突が発生していたのも助かった。巨体とスピードに物を言わせ、宇宙港を目指して突撃する俺たちを止めようとするやつなんて誰もいない。


「くえ~!」


 突然の怪鳥の出現に宇宙港は大混乱。叩き込まれた強襲のノウハウを生かして、帰って来たばかりの小型宇宙船を奪取。

 その時、逃げ惑う集団の中に友人を見つけた。奴は俺をじっと見上げていた。その視線が「行くのか?」と言っている気がしたから、俺は大きく頷き返した。ごめん。楽しかったよ。でも俺たちは行く。広い宇宙へ。あてもない未知の旅へ。

 思いを振り切るように船の中に滑り込んで、そのまま宇宙に飛び出した。

 不思議なことに、追手はかからなかった。もしかすると船に追跡装置が積まれていて、そんなことをする意味すらないのかもしれない。きっと全部は組織の手の上なんだと思う。

 それでもいい。俺たちは船を飛ばす。広い広い宇宙を、スペースデブリや小惑星の破片をかわしながら駆け抜ける。どこへ向かっているのかも分からない。エネルギーが、酸素がどれだけ持つかも分からない。それでもよかった。クエちゃんと一緒に居られる。それだけで、俺にとっては十分だった。

 そうしていたら、いつの間にかそこにいた。


 真っ黒な空間に浮かぶ青。ぽつんと浮かぶ宝石みたいな星。


 俺は操縦桿から手を離していた。コックピットの正面に広がる光景に目が離せなかった。後ろに押しやられていたクエちゃんが、船の動きが止まったのを見てのそりと這い出してきた。頭の上にのしかかってくる。重い、なんて言えなかった。たぶんクエちゃんも同じものを見ていたから。


 俺は思い出していた。最初に旅立った時に見た、故郷の星の吸い込まれるような緑を。


 そうだ。俺はこんなうつくしいものが見たくて、太陽系まで来たんだ。どうして忘れていたんだろう。最初の憧れ。始まりの煌めき。自分を形作る大切な欠片を、ようやく取り戻せた気がした。


「くえ……」


「うん……綺麗だ」


「くぇえ?」


「そうだな。行ってみるか」


 俺は船を走らせた。白い積乱雲に包まれた青い星を目指して。

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