天使の化石

西しまこ

羽毛恐竜のミイラ化石

 ねえ、あそこ。見える? 小さな赤ちゃん恐竜のミイラ化石。……形がはっきり残っているよね。羽毛生えていたんだね。羽毛恐竜だよ。羽毛あるでしょう? ――よく見てみて。ね? 分かるでしょう? 眠っているみたい? そうだね、眠っているみたいだね。


 赤ちゃん恐竜とお母さん恐竜が夜眠っているとき、雨が強く降るんだ。

 お母さん恐竜は心配して、場所を移動しようとする。もしかして川が氾濫したら、この棲み処は水が来るかもしれないと思ったんだよ。お母さん恐竜は赤ちゃん恐竜を口に加えて、暗い夜の中を行くんだ。強い雨の中を。


 二人――二匹を、雨が激しく打ち付ける。雨はいよいよ強くなり、風の勢いも増す。夜の世界はまるで真っ暗で、お母さん恐竜に不安が押し寄せてくる。もしかして、あのまま棲み処にいた方がよかったのかもしれないと。でも、もう出て来てしまったのだから、お母さん恐竜はとにかく高台を目指して歩くんだ。


 気づくと、他にも雨を心配して棲み処から逃げて来た恐竜たちに会う。

 草食恐竜も肉食恐竜も、大型のも小型のも逃げている。


 お母さん恐竜が後ろを振り返ると、川が氾濫していて、その恐ろしい全てを飲み込むような濁流が、恐竜たちに襲いかかろうとしているのが見えた。

 棲み処はとうに濁流に飲み込まれていた。お母さん恐竜は逃げてよかった、と思いながらも、まだ安心は出来なかった。後ろからすごい勢いで真っ黒な水が押し寄せているからね。いつもなら敵対関係にある恐竜たちも、このときばかりは一丸となって逃げたんだ。


 色々な種類の恐竜たちと逃げて、お母さん恐竜は奇妙な安心感を覚えた。何となく、このまま逃げ切れるような、そんな気がしたんだ。

 だけど、自然の驚異は甘くなかった。

 濁流は牙をむき、恐竜たちに襲いかかって来た。


 一番後ろを走っていた恐竜が飲み込まれるのを、お母さん恐竜は見た。大きな強い草食恐竜も、濁流には勝てなかった。大型の肉食恐竜たちも飲み込まれて行った。あの肉食恐竜に出会うと、お母さん恐竜は恐ろしさで震え上がったものだったが、最強かと思われた鋭い牙を持つ肉食恐竜も黒い川の魔の手には勝てなかった。


 お母さん恐竜は必死だった。必死に走った。

 ああ! 空を飛ぶことが出来れば!

 お母さん恐竜は小さな羽毛恐竜だったけれど、まだ空を飛ぶことが出来なかった。


 だけど、空を飛びたい! 飛びたい! 飛びたい‼

 お母さん恐竜は原始的な羽根のような手を羽ばたかせた――浮いた。


 お母さん恐竜は濁流が飲み込むほんの手前で、宙に浮くことが出来たんだ。

 眼下では、恐竜たちが次々に黒い川に飲み込まれていった。

 やった! たすかった!

 お母さん恐竜は歓喜の声を上げた――そうして、大切な赤ちゃん恐竜を落としてしまったんだ。


 赤ちゃん恐竜は黒い濁流に飲み込まれて行って、あっという間に見えなくなってしまった。お母さん恐竜は泣きながら探したけれど、赤ちゃん恐竜は川に流されて海まで行ってしまったんだよ。そうして、ぬるい泥の中で眠りについたんだ。永い永い眠りに。お母さん恐竜を思いながら。もしかして少し泣いていたかもれない。


「それ、本当の話?」

 さあ? でも、赤ちゃんはみんな天使なんだよ。恐竜でも――君のお腹の小さな命も。

 僕は、僕たちの天使に逢えるのを、本当に楽しみにしているんだ。


 あっ。そこ、段差あるよ、気をつけて。――僕と手を繋いで。はぐれないように。ね?




          了

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天使の化石 西しまこ @nishi-shima

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