34 不本意な終着

 状況開始から十三時間、ビューレンたちは開閉口の近くに到着する。

 ビューレンは、マレットに、開閉口の様子を見に行くよう命じた。

 無言で車から出ていったマレットは、およそ十五分後に戻ってきて、

「酷い有り様ですよ」と吐き捨てた。

「そうだろうな」

「どういうこと?」とコルノーが震えながら聞いた。

「みんなが先を争って、開閉口から出て行こうとしています」

「私たちも行きましょうよ」

「恐らく、まだ開閉口は開いていません」

「えっ?」

「開閉口の手前で殺し合いを始めているんです」

「どうしてそんな?」

「どうしてって、パニックですよ。自分たちが殺した大勢の人たちと自分自身を重ねているんでしょう。誰だって、そうはなりたくない。自分だけは助かりたいって、人を押し退けているんです。ほとんどのスタッフが武器を持っていますからね。混乱に拍車がかかっています」

「私、見て来ます」

 ルジェーナが突然そう言った。

「キュテリアさん、あなたは目立ち過ぎる。すぐに見つかってしまいますよ」

「そんなには近寄らない。見えるところまで行くだけ」

 マレットが、ビューレンに視線を向けると、彼は小さく頷いた。好きにさせろ、という意味だろう。

「では、一緒に行きましょう。十分に気をつけてください」

「ありがとう」

「お礼を言われるようなものは見られないと思いますよ」

 マレットは、少しだけ笑った。


 ルジェーナが見たのは地獄だった。

 仲間同士で、殺し合っていたのだ。

 ある者は、開閉口の一番近くにいる人々を次々に狙い撃ちしていた。またある者は、手当たり次第に銃を撃ちまくっていた。死体になった仲間をかき分けて進む者や踏みつけて乗り越えて行く者も見えた。

「みんなで開閉口を開けて出て行けば済むことなのに」

「最初にそういうことを言ってくれる指導者がいればよかったのでしょうけど、最初の一人が、自分のことしか考えない人間だと、こんなことになってしまう」

 スペア・ラングのゲージがゼロになったのだろう、ATSを脱いでしまっている者もいた。

「このままじゃ、誰も外に出られない」

 ルジェーナは、自分が残酷なことを口にしたと自覚していなかった。

「そうですね。我々も、もう諦めるべきかも知れない」

「えっ?」

「そうでしょう?こんな混乱を招いた張本人が、あそこに行って、ちょっと通してくださいと言っても……」

 マレットは、開閉口の方を顎で指した。



 状況開始から十四時間が過ぎた頃、開閉口へ向かう建物が崩れた。銃撃戦が始まってからずっと、流れ弾が信じられないほど当たっていたのだ。

 その瞬間、多くの者が銃を撃つ手を止めた。そして、口々に意味のないことを叫びながら、崩れた建物の瓦礫を退かし出した。

 しかし、また、すぐに銃撃戦は再開された。

「いい加減にしたらいいのにな」

 いつしかビューレンがすぐ後ろに立っていた。すでにATSは着ていない。

「まったくです。どうしたら助かるかを考えたらいいのに、目の前の邪魔者を排除することしか頭にないようですね」

 マレットは、まだATSを着ている。未練がましく、という言葉が相応しいのかどうか、そもそもそれを必要としないルジェーナには分からなかった。

 ただし、実際には撃ち合いは、下火になっていた。

 絶対数が減っていたのだ。ATSを着ていない者の中には、早くもVGによって命を絶たれた者も少なくない。

 背後で何かしら音がするので、ルジェーナが振り返ると、ホアン・ビューレンが倒れていた。

「この人には似合わないような、安らかな顔をして死んでいますよ」

 それは、マレットの精一杯の皮肉だったのだろうか。

「それほど苦しまなかったようですね」

 ルジェーナは、そんなことしか言えなかった。ビューレンのためではなく、マレットのために、もっと気の利いたことを言うべきかも知れないのに。

「ビューレンさんは、落ち着いているように見せかけていましたけど、意外に興奮し通しでしたから、スペア・ラングの空気を早く使ってしまったんでしょう」

「そうですね」

「見てください、あの人たち。もうATSを着ている人はほとんどいない。あんなに激しく動き回っているんだから、空気が早くなくなるのは当たり前と言えば当たり前です。VGにしても呼吸が激しければ吸収も速まりますしね」

 ルジェーナは、何と返事をすればよいか分からなかった。

 マレットは待っているのだ。開閉口の近くにいる者が全員、銃かVGによって死ぬのを。生き残れば、開閉口前の瓦礫を退かし、外へ出ていけるかも知れない。

 確かに、まだマレットはATSを着ている。彼らよりは長く生きていられるだろう。しかし、それほどの差が生じるのだろうか。それはマレット自身も分かっているのではないか、と彼女は思っていた。

「私、車に戻ります」

 彼に、みんなが死ぬのを待っているんです、と実際に言われるのを聞きたくはなかったのだ。

「そうですか」と、マレットは、開閉口から視線を外さずに言った。


 ルジェーナが車に戻ると、ユリア・コルノーが助手席で死んでいた。

 彼女の呼吸数も多かったに違いない。

 ルジェーナは、彼女の死体をそこから外へ引き摺り出すと、ドアを閉め、自分は後部座席に腰を下ろした。

 目を瞑って体を休めていると、次第に撃ち合いの音が少なくなっていった。

 ルジェーナは、その時が来るのを、ただ、じっと待っていた。

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スノードーム・リテラシー 棚引日向 @tanahikihinata

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