33 不都合な作戦

 状況開始からちょうど十二時間、夜が明け始めた。

 ビューレン、コルノー、マレット、そしてルジェーナは、接収した車で、ドームの中を移動していた。四人だけ、というのが理想だったが、そうもいかない。十人の警護スタッフも同行している。

 道路上に動くものは見当たらない。

 そこまで四回、スタッフに呼び止められたが、指揮官だと知らせると、何も問わずに通してくれた。何度も本部を移動していたから、今回もそのようなことに違いない、と勝手に推測したのだろう。

 前方に、また監視スタッフの姿が見えた。大きく腕を広げている。

「停まってください」

「私は、アロイス・マレット。同行者はビューレン指揮官以下十三名だ。」

「これは失礼しました」

「では」

 マレットは、これまでと同じように、それで通してもらえるものと思った。

 しかしそのスタッフ、マティアス・トルベックは、退屈していた。もう何時間も、ただうろうろと歩いているだけだ。予定よりも計画が長引いていたこともあり、より時間が流れるのを遅く感じていた。

「ところで、状況終了はまだですかね?」

「ああ、間もなくだ」とマレットは、わざと高圧的な言い方をした。

「そうですか。そう言えば、どうしてこちらに向かっているんですか?」

 トルベックは、車の進行方向を銃で指し示した。

「本部の移動だ」

「いや、そう思ったんですが、こちらは周辺方向ですよ。車は蓋壁に向かっている」

「ああ、分かっている」

 マレットは、堂々とそう答えるしかなかった。

「中心に向かっているなら分かりますが、どうして周辺部に向かうんです?」

 トルベックの表情は、先ほどと違い、真剣みを帯びていた。

「君、名前は?」

 まずいと思ったのか、後部座席からビューレンが尋ねた。

「マティアス・トルベックと言います」

「ではトルベック、そこを退きたまえ。我々は急いでいるんだ」

「そうは参りません、指揮官。私は不審な者を捕捉せよ、との命令を受けておりますので」

 トルベックは姿勢を正して、そう言った。

「その命令を出したのは私だ」

「存じております」

「では、不審者ではないのは分かるだろう?」

「どなたであるかは問題ではありません。目的不明の車両を発見しましたので、調べております」

「分からんことを言うな!いいからそこを退け!」

 ビューレンが怒鳴った。

 その態度を見た時、トルベックは気づいてしまった。

「もしや、お逃げになるのではないでしょうね?」

 その時、車内の空気が変わった。

「何を言っているの?」

 コルノーの声は上擦ってしまった。

「そうか、逃げるのか。どうもおかしいと思ったんだ、何時間も待たされるだけで。よくは分からんが、失敗したんだな」

 そう罵りながら、無線機に手をかけた。

「やめろ」とマレットは言ったが、やはり明らかな動揺が見えた。

「おい、みんな聞いているか?指揮官が逃げるぞ。作戦は失敗したんだ。みんなも逃げろ」

「轢け」

 ビューレンが、マレットの耳元でそう囁いた。

「えっ?」

「放置するわけにはいかん。轢け」

 マレットは無言でアクセルを踏んだ。マティアス・トルベックは叫び声を上げたようだが、マレットの耳には入らなかった。コルノーとルジェーナもほぼ同時に叫んだのだが、それらも聞こえはしなかった。


 ドームの住民は、もうほとんどが死んでいた。何とか助かる、と小さな希望を抱きながら、ヘルタ・ホガースも自宅で倒れたところだった。


 トルベックの命懸けの叫びは、直接、あるいは間接的に、ほぼスタッフ全員に届いた。

 ビューレンは、即刻、言い訳をした。無線機を手に取り、トルベックが言ったことはただの勘違いで、彼はその勘違いによって取り乱してしまった、と。しかし、それを信じた者がどれほどいたのかは、ビューレン本人にも自信がなかった。

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