32 不可能な撤退

 状況開始から十一時間あまり、コントロール・センターの百人近くのスタッフは、一様に暗い表情だった。

「ビューレンさん、ランズウィックです」

「あまりよくない知らせのようだな」

「その通りです。プログラムのエラーのような、システムの問題ではないことが分かりました。どうやら機械的な、あるいは構造的な故障だと思います」

「問題の箇所を突き止められそうか?」

「それは、それほど難しいことではないでしょう」

「勿体ぶった言い方だな」

「突き止めた後の方が難しいからですよ」

「直るのか?」

「同じことを言いますが、時間があれば、です」

「私も同じことを言うが、時間はあまりない」

「ここのピュアリティも、我々のものと構造はほぼ同じです。ですから、機械的な問題は必ず解明できるでしょう。しかし大きさが違う。動かないだけなら、何とかなるでしょうが、壊れていたら、代用品を用意することもできません」

「壊れている、という可能性が大きいということか?」

「そういうことです。……このピュアリティが、ポジティブ・モードで運転するのは、一体いつ以来なのですか?」

「恐らくは、ドーム創設の当時以来だろうな」

「そうだと思いました。あまりに長い期間使わなかったのがいけなかったのでしょう」

「なるほど、そういうことか。……もうしばらくは引き続き原因を究明してくれ」

「分かりました」


「おい」

 ニーデルマイヤーは、ランズウィックが無線を切ったのを確かめてから声をかけた。

「何だ」

「話を聞いていたが、今から一、二時間で直せそうな感じじゃないな?」

「そうだな」

「だったら、修理しても仕方ないだろう?俺のスペア・ラングのゲージは、もう二時間ちょっとだ」

「私のは、三時間と少しだな」

「だったら、逃げた方がよくはないか?」

「逃げてどうする?」

「前線基地に戻って、今後のことを検討する、というのはどうだ」

 ニーデルマイヤーという男は、ビューレンが思っているよりも冷静で、的確な判断力を持っていた。

「我々は殺し過ぎた」

「何だって?」

「この作戦は酷い。自分たちのためなら他人の犠牲など意にも介さない。ここでこのドームを放棄してどうなる?またどこかのドームを襲うのか?私はもう嫌だ。せめてこの作戦に殉じて、ここで死のうと思う。まあ、もしかすると、それまでに直るかも知れん。スペア・ラングの空気がなくなったとしても、即死するわけじゃない。もう少し時間はある」

「この作戦の酷さは誰よりも感じている。VGで死んだだけじゃない。こいつで殺した人間もいるしな」

 ニーデルマイヤーは、自分の銃を軽く叩いた。

「それに、私たちはもう見捨てられている」

「そうだな。この時点で作業の続行を命じられたってことは、ここで死ねっていう意味だろうからな。だが、そんな命令を聞く必要はないだろう?」

 ランズウィックはその言葉に頷くと、全員に向けて、

「逃げたい者は、いや、逃げるわけじゃない、前線基地に戻ろうという者は、私に付き合う必要はない。あまり時間はない。ここは開閉口から遠い。すぐに出発してくれ」と言い放った。

 ニーデルマイヤーは、自分の役目を理解していた。放っておいても、誰も、自分から、それでは失礼します、と、この場所を立ち去れるわけがない。

「では、撤退する。同行する者は俺に続け」

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