第4話 小さく切って
『苦瓜はどうにも苦手なんです』
牛乳瓶の底みたいなあつーい眼鏡をかけた学生さんでした。
『残念だけど、出さないようにはできないわね』
大学の食堂で働いていた頃、毎日日替わり定食を頼む貴方が、お皿を返す時に呟きました。
『でも小さく切ってあげましょうね』
慌てて学生帽を取って、頭を下げていましたね。貴方にとって苦瓜を食べることはそこまで重要な問題なのかと、私は笑ってしまいました。
それが始まりですね。
大学に行くお坊ちゃまと、高校にもいっていない貧乏娘の恋。
ご近所でちょっとした噂になりましたね。
夜中に、お父さんに𠮟られた時の傷を隠しながら、二人で落ち合って、笑い合って。
本当に、駆け落ちでも心中でもなんだってしてやろうって心づもりだったんですよ。
今になれば私も意固地ではありました。
でもね、あんな言い方はないと思うのです。
結局私たちの関係はひと夏の気の迷いとして葉とともに散りました。
それぞれ相応の人との縁談で、事は円滑に進みました。
旦那は貴方より頭も器量もよくないけれど、とってもいい人ですよ。
十年前に亡くなったけど、確かに愛していましたわ。
そういえば貴方はそれよりもっと前に死んでいたんでしたね。
はやり病にぽっくりとやられてしまって。
毎年五月五日、貴方の命日には細かく刻んだ苦瓜のチャンプルーを作ります。
四歳の曾孫は『ゴーヤの日』だと言って、喜んで食べますよ。
貴方の方が子どもみたいですね。
私とっても幸せですよ。
子どもの日に何やってんの? 家猫のノラ @ienekononora0116
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