第30話

「一度、家に戻るか」

 西竜王せいりゅうおうの屋敷にとどまり十日以上は経った。時々、白夜びゃくやの家にも。

 白雅はくが白絽はくろという純粋な竜になぜか目を付けられ。いや、容姿で、か。連れていれば自慢できる、注目されるとでも思っているのだろう。

 子供達には「師匠のこと見捨てないで」と言われ。

 茶会で白慈はくじとの誤解は完全ではないがけ。かえるにした白雅はくがは夜になるまでそのままにしておいた。それでも翌日来て。

 北竜王ほくりゅうおうの次男からも連絡はない。

 と思っていたら、戻るかと呟いた一時間後、その次男とリディスが訪ねて来た。

 リディスの記憶は戻っておらず。だが一緒に来た、ということは次男と一緒にいるのは嫌ではないのだろう。

「こ、こんにちは」

「こんにちは」

 本日は白響はくきょうも来ており、麒麟きりんの子は白響が見ている。

 部屋は寝泊りしている部屋ではなく、いくつかある客室の一つ。

「お捜しの麒麟にえたので」

「遭った!」

 ラビアは座っている椅子から立ち、テーブルに身を乗り出し。

「は、はい」

 次男は引き。

 黒猫はリディスの傍。リディスは黒猫を見て。

「二日前、です。話しはしましたが、こちらには」

「まだ来ていない。人が多いから、現れにくいのか。明日、麒麟きりんの子を連れて、人の少ない所でも」

「それと、ですが、魔法協会のかたが道を使って、挨拶に来ていました」

「挨拶?」

「はい。北の魔女だという方を連れて」

「は?」

 あの女が魔法協会の者と一緒に行動するなど。

「その、魔法協会の方も、おさが変わったと」

 さらに訳がわからない。魔法協会がごたごたしているのは知っていたが。

「あと、魔法学校で会った幻獣狩げんじゅうがりのかたまで」

「……」

「詳しく話しは聞いていません。父、北竜王ほくりゅおうに挨拶に来たようで。離れた所で見ていたので。でも、四竜王の地を回っていると」

 それなら、近いうちに西竜王せいりゅうおうの地にも。考えていると、

「かまわないか」

 ふすまは閉じられている。白夜びゃくやの声。

「席をはずしても」

「あ、はい」

 断り、部屋の外へ。

「魔法協会長と、西の魔女を継いだ、という者が来ている。幻獣狩りと、黒いよろいの者を連れて」

「なんだ、その組み合わせ」

「同感だ。こうも言っていた。東西南北すべての魔女を変えた。元東の魔女は罪人だから、ここに来れば引き渡してほしい、と」

「渡すのか」

 白夜びゃくやを見上げ。

西竜王せいりゅうおう様が対応している。渡すために来たんじゃない。何をした」

「色々?」

 首を傾げ。

「あいつらにしたら気に食わない、言うこと聞かない魔女を言うことを聞く魔女に総入そういえしたいんだろ。話しは聞けるか。次男から聞いたが、北竜王ほくりゅうおうの所にも北の魔女を連れて挨拶に来たそうだ」

「北の魔女を」

「あの女ではなく別の魔法使いだろう」

 白夜びゃくやが足を動かす。ラビアもついて歩いた。


 白夜の言う通り、若い男女、幻獣狩りが三人、黒い鎧の者が。

 男は魔法協会の者で、女は新しい西の魔女、か。

「どこかで見た顔だな」

「男は魔法協会の新しいおさ。お前に言い寄っていた」

「ああ、陰で悪態吐いていた自意識過剰の」

「女性は西の魔女候補だった」

「願いが叶ったのか、よかったな。色仕掛けでもして、魔女の称号を手に入れたか。実力ではないだろう」

「幻獣狩りの一人は魔法協会の新しいおさと同じ、言い寄っていた」

「悪趣味なペンダントくれた奴か。生きていたか」

「……」

 新しい魔法協会長、という男が前に立ち、幻獣狩り、黒い鎧の者、新しい西の魔女を従えているようにも見える。

 こっそりのぞいていたが、黒い鎧の者と目が合い。白夜びゃくやが背に隠すも遅く、黒い鎧の者が新しい魔法協会長に耳打ち。

「早速連れて来ていただけましたか」

 魔法協会長、二十代半ばの男が勝ち誇ったように。

 ラビアを見た西竜王せいりゅうおうはなんとも言えない顔。西竜王の傍にいる白慈はくじ白斗はくとは、なぜ連れて来た、といわんばかりに睨み。白慈にしては珍しい表情。

 ばれたのでこそこそするのも。堂々と六人の前に。

「お久しぶりです。元東の魔女殿。大人しく我々と来てもらいましょうか」

「断る、と言ったら」

 右手を腰に当て、顎を上げ、見下ろすように。

 ラビアがいるのは西竜王せいりゅうおうのいる高さと同じ、屋敷の中。六人がいるのは庭。高さが違う。

 余裕の笑みを浮かべていた魔法協会長は引きつり。

「あなた、いや、お前は罪人。いくつもの町や村を」

「魔法協会の命令で。証拠の手紙は残している。それとも、それも偽物だと。それならほっておけばよかったな。そうすれば」

 被害はさらに広がった。

 鼻で笑い。

「魔女はすべて入れ替えた」

「それがどうした」

 平然と。

 魔法協会長は顔を歪ませ、歯ぎしり。

「西の魔女の孫、リディスをさらったのもお前だろう。その罪も」

「お前のそばが余程嫌だったのだろう。人のせいにするな。今頃好きな奴といるのかも、な。お前にとってはそれがいいのだろうが」

 魔法協会長を睨んでいた新しい西の魔女を見た。あちらも口説くどいていたのか。

「とにかく、来てもらおう」

「何度も言わせるな。断る」

「そう言うと思ったよ」

 ラビアから五歩ほど離れた場所から突然、そんな声。誰も、何もなかった場所から白髪、左右瞳の色が違う男が。

「その女をとららえろ!」

 魔法協会長は余裕の笑みを戻し。突然現れた男も。

 距離が詰まる。右手に持っている剣がラビアに迫る。

 白夜びゃくやも動くが、男の剣がラビアに届く前に、男が床に落ちた。

「え?」

 男は何が起こったのかわかっていない、不思議そうな顔。

 首は胴から離れ、ラビアの足下に。

「ウンディーネ!」

 鋭く呼ぶと、間もなく、

「なんです。いきなり」

 青い鳥がラビアの目の前に現れる。

「早く自分の体とサラマンダーの体を取り戻せ」

 床に転がっているものを指した。床は汚れていない。一滴の血も流れていない。魔法で、手、肩、胴、足のあちこちを床にい止め、動きを封じている。

「ひどいなぁ、こんなことするなんて」

 男は呑気のんきに。

「すぐ動けるようになるけどさ」

 緊張感、危機感のない声。

 このような姿になっても生きている。話している。体の動きを封じていても指は動いている。

 ラビアは男の長い白髪を掴み、持ち上げる。

「痛いって」

「早くしろ。これはくれてやる約束をしている。あれが来れば、お前らの体ごと持っていかれる」

「わたしの体は。でもサラマンダーは」

 青い鳥のぬいぐるみは床に。ウンディーネは元の姿。

 男は魔法で床に縫い止めていても、起き上がろうと動き続けている。

 黒い鎧の者が動く。近づいてくる。手に持っている男もやかましく話し。

 黒い鎧の者が屋敷まで一歩、という所で、これまた突然、黒い鎧の者をはばむように氷の壁が。

「ちっ、鼻がいい。ウンディーネ、早くしろ。持っていかれる」

「あれ、お前がやったんじゃ」

 白夜びゃくやはラビアをかばうように前に。

「いや、私じゃない。これをくれてやると言った奴の仕業しわざだ」

「どういうことじゃ。それはわらわにくれると。さらにウンディーネまでおるとは」

 氷の壁の上から女の声。全員がそちらを向く。

 肩で切り揃えられた水色の髪。なんの感情もうつしていない水色の瞳。

 手に持っている男が何か呟いて、と思えば、目の前は赤く。

「あはは。油断した。してた?」

「ほう、そのような姿になっても魔法を使えるとは。だが、よく見てみろ」

「炎の魔法、か」

 煙が晴れる。

「油断はしていなかったが。まったく」

 息を吐く。

「っ」

 男は息を呑み。

 顔はもちろん、髪の一本も焼けていない。

「仕返ししていいか。防いでいるとはいえ、続けられては鬱陶うっとうしい」

 北の魔女を見上げる。

「頭が核だったら。燃やされては、妾が実験できないではないか」

「だから確認をとった。これをくれてやると約束したからな。魔女同士の約束。とと、聞いたか、北の。私達は魔女ではなくなったそうだ。そこにいるのが新しい西の魔女だと」

 いている手でした。

 北の魔女は興味なさそうに、ちらりと。

「そうか。わらわは自ら魔女と名乗った覚えはないが。あれが。ほほ、魔法協会とやらも随分ずいぶん人手不足らしいのう。あんな、どこにでもいる魔法使いを魔女にするなど」

 馬鹿にした冷たい目。

 驚いていた魔法協会長、新しい西の魔女、幻獣狩り達は気を取り直し、北の魔女を睨む。

 ラビアは手に持っている男に魔力封じを素早くおこなう。

 黒い鎧の者が再び動く。氷の壁を壊し、ラビアへと。

 だが、その前に、氷の壁が大蛇へと姿を変え、黒い鎧の者を襲う。

「剣か魔法を使ったところ、こいつを盾にしてやろうと思ったのに」

 黒い鎧の者は氷の大蛇に追われ。

「妾に何をやらす。おぬしでもできたであろう」

 離れているが、同じ位置。屋敷に立つ、北の魔女。

「そうだな。私も加わるか」

 詠唱。庭、地面から氷の大蛇と同じ、土の大蛇を作り出し、黒い鎧の者に。

「こんな経験なかなかできない。よかったな」

 ラビアは黒い鎧の者を見て。黒い鎧の者は二体の大蛇を相手に。

「見つけました」

 ウンディーネの声が響く。

「用は済んだ。持って行け。魔力は封じている。一時間ほどで解ける」

 手に持っている男を北の魔女へと投げる。北の魔女は両手で受け取り、不気味な笑みを浮かべ、じっと男を。

「ほう、これが」

 両手で男の頬を包み。

「ウンディーネとサラマンダーを取り込み、その力を使っていた。本人の意思に関係なく」

 そのウンディーネはサラマンダーの体を持ち、ラビアの傍へ。

 北の魔女はますます不気味な笑みを浮かべ。

 初めて見る表情。以前会った時は無表情だった。現れた時同様、ラビアを見ても、攻撃されても、自分が危うくなっても表情一つ動かさなかった。それが、今は。

「失敗から成功が生まれた感想はどうだ」

「気づいておったか」

 目は男から離さない。男は今頃恐怖が込み上げてきたのか「離せ! 」と魔法を叫んでいるが何も起こらない。

「お前は失敗の情報を流した。そこから誰かが手を加え、成功するかも、自分の考えとは別方向から考えるかもしれないと」

「馬鹿にもしておった。誰も失敗、間違った情報だとは考えず。冷めた目で見ておったが。やはり、おぬしは気づいておったか」

 時々、外に出てこっそり見ていたか、使い魔、自分が作った人形、クローンを、色を変え、あちこちにもぐり込ませていたのだろう。

 北の魔女は不老不死を求めている。しかし、南の魔女のように首から上だけにはなりたくない。スケルトンのような化け物にも。そこで、若い女や幼い子供の墓まであばき、自分の新しい体を捜していた。魂を移せないかと。それができないとわかると、自らの細胞から、自分と同じ体を作ろうとした。だが、それも失敗。その失敗した情報を流した。流し、誰かが成功するのでは、と期待半分。その前に、人形を作り、限界だった体を変えたのだが。

「慎重なお前が情報を漏らすはずない。現に、その体に移し変えた方法はまったく」

 北の魔女を指す。二十代の若い女性の姿。

「まさか、あんなでたらめだらけの情報から、このような者を作り出すとは。流した甲斐があった」

「あれが何か知っている」

 二体の大蛇から逃げている黒い鎧の者を指す。逃げるだけでなく、剣や魔法で攻撃もしている。攻撃され、欠けた場所は時間が経つと戻り。

「お主に喧嘩けんかを売るとは」

「お前が言うか」

 ラビアは眉をぴくりと動かし。

「なんのことだ」

 北の魔女は、しれっと。

「昔、のことはいい。数日前、これに面倒な魔法をかけただろう」

 ラビアは黙っている白夜びゃくやを指し。ちらりと見た北の魔女は、

「解いておるではないか」

「変な魔法をかけるな!」

「お前の男なのだろう」

「はあぁ?」

「お前の匂いがその男に染み付いておる。だから」

「違うわ! それに匂いって」

 香水などつけていない。

「実際の匂いではない。魔力の移り香、とでも言うのか」

「……そんなもの、あるのか」

「わからんのか。未熟者が」

 冷たい横目でラビアを見る。

「ババアに言われたくない」

いた、焼いたか。その男に近づく女を次々に」

「しとらんし、燃やしとらんわ! 変な魔法かけるな!」

「襲われたか」

「は?」

「無理に壊せば襲うよう仕掛けていた。襲わ」

「れとらんわ! やっぱり変な仕掛けを」

 無理に壊していれば、白夜びゃくやはどうなっていたか。

「なんじゃ、つまらん。それとも本命は別か」

「何を言って」

「好意、恋、愛ともいうのか、そういう感情があれば押し倒す魔法を」

「なんだ、その魔法は! そんな魔法」

「たまには別のことも考えんとなぁ。気分転換に」

「自分のことだけ考えろ!」

 猫のように毛を逆立て、フーっと威嚇いかく

 目のはしに黒いものが。

「「ん」」

 北の魔女とそろい、その場所を見た。

 男の体を縫い止めている場所、男の傍に、いつの間にか、言い合いしている隙をつかれ、黒い鎧の者が膝をついて。

「それはわらわのもの」

 北の魔女が右手を振ると、黒い鎧の者の頭上に数十本の氷柱つららが。

「ぼくの体だ! 」と男は叫んで。

 氷柱がふりそそぐ。黒い鎧の者は男の体に触れると、男の体は消え、氷柱から逃れようと動く。

 庭に出た黒い鎧の者は再び大蛇に。かわしきれなかったのか、氷柱が肩や背に刺さっている。

 頭はあきらめ、体だけでも回収しようと、どこかに送ったか。

「ちっ、これ以上ここにおって、手に入ったものまで奪われては」

「まとめて燃やしてやろうか」

 魔法協会の新しい長、新しい西の魔女、幻獣狩りと一緒に。変な魔法の礼として。

「断る。今、お主に喧嘩を売るのは。これだけでも」

 北の魔女は男の頭をしっかり持ち。

「ああ、話さんでも、お主が心で呟いていることはすべて聞こえておる。残念だが、あれは助けに来れない。いや、近づけない」

 北の魔女の怒りを体現したように氷の大蛇の動きは激しく。

 不気味な笑みを向けられた男は「ひっ」と情けない悲鳴。

「お主に喧嘩を売るものは馬鹿、怖いもの知らず、愚か者。そこなただの魔法使いでは勝てぬ。一生、な」

 ちらりと見たのは新しい西の魔女。

 新しい西の魔女は何か唱えようとしたのだろう。しかし、氷の大蛇の尾が目の前に振り下ろされ。悲鳴をあげ、地面に腰をつく。

「お主の底は見えぬ。まるで無限に、尽きることのない魔力があるように。そんな者を敵に回すとは。魔法協会も馬鹿なことを」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 北の魔女を敵に回すなど。いや、それは他の魔女も。

「お主は思ったことをそのまま口にする。そこの大嘘つきどもとは違う。妾としては、そこだけは好ましいと思っている」

 ラビアは顔を歪め。

 北の魔女は男の頭をしっかり持ち、その姿を消す。

「あれも片付けていけよ」

 氷の大蛇は溶け、跡形もない。ラビアが作り出した土の大蛇のみ。

「ま、これで面倒が一つ片付いた」

 軽く笑う。

「北の魔女と何か約束を」

「ああ、あの男をくれてやると約束していた。お前が魔法をかけられたあの日に。そのかわり、お前の魔法を解けと詰め寄ったが、ちっ、姿消して」

 捜しても見つからないだろうと、戻った。

 あの男に興味を持てば北の魔女自身が動く。思った通り、向こうから来てくれた。タイミングがよすぎる。何か見張りでもつけていたか。

「それにしても、魔力の移り香なんてあるのか」

 白夜びゃくやに近づき、鼻を動かす。

「やめろ」

 白夜は離れ。

「それより、あれをどうにかしろ」

 指したのは庭で暴れている大蛇。

「固めるか」

 尾で魔法協会長、新しい西の魔女、幻獣狩りをひとまとめにして、める。頭は鎧の者を攻撃。

 そんな騒がしい場に。

「なぜ、こんな時に」

 次に現れた珍客に半分呆れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女と竜のお話 @3bsvc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ