第29話

 稽古けいこ翌日。

「竜の立ち入らない場所に連れて行け」

 朝食が終わって、部屋を出かけた白夜びゃくやの服をつかみ。

「自分で行けるだろう」

 呆れた目で見下ろされ。

「場所を知らない。それにネズミ姿だと時間がかかる」

「ああ」

 北竜王ほくりゅうおうの地に麒麟きりんが現れていたのなら、ここにも現れているかもしれない。部屋にずっといて、麒麟の子の相手をするのは。そう考え、連れて行けと。元の姿で歩けば竜が寄ってくる。目を付けられた。全員埋めていいのなら歩くが、白夜びゃくやにうるさく言われることはわかっている。それなら白夜に運んでもらえば。

 白夜びゃくや渋々しぶしぶ頷き、麒麟きりんの子をふくろに入れ、外へ。

 白夜びゃくやは早足。誰かの目にまるのは。今は大人しくしているが、いつ暴れて袋から出てくるか。

「行くだけでいい。帰りはお前の頭上に」

 定位置になりつつある肩に。

「ネズミでふってこい」

「これもあるが」

 白夜びゃくやかかえている麒麟きりん入りの袋を指す。

「人にふってこられるよりはいい」

 竜になれたのなら、飛んで行け、と言え、いくつか回れたが。一ヶ所ずつ、行ける所から行くしかない。

「尾行されていないと思うが」

「誰の目もないのなら、埋めて」

「埋めるな。眠らせろ。燃やすなよ」

 転移の魔法は使えない。この地は知らない場所が多い。知っていれば、持っている物をそこに埋めれば使えるが。

 空を飛ぶこともできるが竜が飛んでいる。そんな中、人が飛ぶのは。

 飛んでいるのは二、三体。ぶつかるほど飛んでいない。悠々ゆうゆうと。

「ここだ。だがまったく来ないことはない。薬草が生えているらしく、採りに来る者もいる」

 白夜びゃくやの肩から飛び下り、元の姿に。

「わかった。気をつけて捜してみる」

 麒麟きりんの子が入った袋を受け取り。

「家に戻っていいか。それとも御殿ごてん

「家に戻って荒らされていいのなら」

 西竜王せいりゅうおうの屋敷は荒らしていない。見知らぬ場所、借りてきた猫状態。しかし、そろそろ慣れてくる。部屋の中でいつまでもじっとしていない。今日はここでおもいっきり走らせ。走る、だろうか。麒麟きりんは草花を踏まないよう歩くとも。

「御殿にいる」

 そう言うと白夜びゃくやは来た道を戻る。

 ラビアは森の中に足を踏み入れた。

 竜の地で精霊を見かけないと言っていたが、竜が来ないからか、気づいていないのか、森の中には野生動物の他に小さい精霊、妖精が。離れた場所からラビアを見ていた。

「ウンディーネ、頼む」

 麒麟きりんの子を袋から出し、地に足をつける。

 最初はラビアについてくるだろうが、ラビアはラビアでやることが。そちらに集中すれば、はぐれるかもしれない。ウンディーネがついていれば。ついでに黒猫も。

 森の中を歩き回り、時には精霊、妖精をつかまえ、たずねたが、ずっとここに棲んでいるが、きりんなど知らない、見たことないと。竜はたまに来るが、来た時は隠れる、離れていた。なので、竜と話したのはこれが初めてだと、竜に間違われ。

 日が暮れるまで捜していた。

 翌日は別の場所へ。さらに翌日も。捜し続けた。


「はあ、一日中歩き回って、体力というか筋肉がつきそうだ」

 西竜王せいりゅうおうに貸してもらっている部屋でごろごろ。

 麒麟きりんの子も一日中歩いたので、えさを与えると、寝床で丸く。

「お前目当ての者が毎日部屋を訪ねているようだ。なぜか俺に文句を」

 白夜びゃくやはお茶を飲んでいる。

「そろそろ夜、忍び込んで」

「お前も一緒にいることは知っているんだろ」

 ふすま一枚隔    へだてた部屋。

「今日は入れ替わるか。忍び込んで来て、お前が寝ていれば、来た者も驚くだろうな」

「明日も出るのか」

「行く所は行った。明日はここにいる。あれが暴れるようなら外に」

 麒麟きりんの子を見た。この数日は外。

「もし、仲間が見つからなかったら」

「自分の身を護れるようになるまで、うちで保護。もしくはティータニアに預ける。安全といえば安全。妖精達も利用しようとは。人が来ないことはないが、自由に行き来できない」

 ラビアの家にも精霊、妖精はいる。彼らに色々教えてもらい、そこそこ育てば、自分の身を自分で護れるようになれば。

 その夜から部屋に辿り着けないよう魔法をかけた。


 何の予定もない日。昼まで寝て、昼食。半日、何をしようかなと、ぼんやりしていた。

「暇そうだな」

 白夜びゃくやの声。そちらを見もせず、

「色々考えている」

「そうか。何も考えていない顔に見えるが。客だ」

 客? 白夜びゃくやを見ると、白夜しかいない。

「ここじゃない場所で待っている」

「誰が」

白慈はくじの婚約者、白雪しらゆき様。それと白乃はくの殿、お前が助けた子だ」

 助けた?

「魔法によって苦しめられていた」

「ああ」

 すっかり忘れていた。

「天気もいいから、庭でお茶でもどうかと。色々話したいそうだ」

「疑われるようなことは何も」

 白慈はくじの婚約者は白慈のことだろう。

「この部屋に来ようとしていたが、辿り着けないと」

「それはそうだ。辿り着けないようにしている。ゆっくり休みたい。燃やす、埋める、三枚おろしはだめなのだろ。だから、部屋に辿り着けないように」

「来られたが」

「当たり前だ。お前まで迷って、会えなくなったら私が困る」

 白夜びゃくやは小さく顔をしかめ。

「暇なら行け。白雪しらゆき様が高級菓子と茶葉、白乃はくの殿がお礼にと手作りの菓子を持ってきてくれている」

「う~ん。食べてみたいが、尋問じんもんされるのは」

「来い」

 白夜びゃくやに後ろ襟を掴まれ、立たされ、右手首を握られ、強制的に。


 色とりどりの花に囲まれた庭。置かれたテーブルと椅子には女性三人。いや、一人は女の子、といった外見。三つある椅子の一つには誰も座っていない。

「お連れしました」

 白夜びゃくやは丁寧な口調、頭を下げ。

 女の子は椅子から立ち、笑顔で。女性は立たず。女性の背後にはさらに年上の女性が。

 白夜びゃくやに背を押され、テーブル近くに。テーブルには様々な菓子が。

「初めまして?」

 ラビアは小さく首を傾げながら。

 女の子には一度会っている。すっかり忘れていたが。

 白慈はくじの婚約者にも。青みがかった銀髪、小さな顔。唇には紅。派手はですぎない化粧。

「そのせつはお世話になりました。白乃はくのです」

 女の子、白乃は頭を下げ。

「元気になって、なにより」

「はい。おかげさまで」

 満面の笑顔。

「直接お礼を言いたかったのですが、なかなか外に出してくれず」

 それはそうだろう。両親としてはあんな思い、二度と。

 つややかな黒髪、大きな金の瞳。化粧はしていない。

「私も、とてもお会いしたかったです」

 白慈はくじの婚約者の声音はどう聞いても会いたがっていたとは。

「どうぞ、いつまでも立ったままは」

 いている椅子を指し。ラビアは腰を下ろす。

 立っていた女性がカップにお茶をそそぎ。

「私は白雪しらゆき白慈はくじ様の婚約者」

「聞いて知っている」

「白慈様と仲がよろしいと」

「いいか?」

 首を傾げ。

「ええ、そう見えました」

 白雪しらゆきは引きつった笑顔。

 話しかたが気に入らないのか、内容か。

白夜びゃくやといる時間が長いし、白夜といる時もそう言われたが」

 尻軽女と思われている? 白夜を利用し、白慈はくじに近づこうとしている、とも。

「私が白慈の嫁に選ばれることはない」

「なぜ、はっきり言えるのです」

 白雪しらゆきは目を細め、白乃はくのはおろおろ。

「推測だが、力を保つために純粋な竜でなければならないのでは。白慈はくじは人と竜の子。次も人を選べば、力を保つことができない。本人もわかっているんじゃないのか」

 そのため何代か続けて純粋な竜でないと。

 ラビアにも竜の眼があるが、これは血筋ではない。無作為むさくい。いつの時代、誰が持って生まれるか、条件などはまったくわからない。移植もできない。

 白雪しらゆきは小さく息を吐き、

白慈はくじ様に色目は」

「使っていない。というか、誰にも使っていないんだが。見た目で寄ってこられて、いい迷惑している」

 白慈はくじ白夜びゃくやは違うが。

「お嬢さんがたが揃っている場所に出くわすとは、運がいい」

 男の声。

「嘘くさい」

「わざとらしい」

 ラビア、白雪しらゆきが同時に。

「同席しても」

 男、白雅はくが、だったか。笑みを浮かべ。

「私が招いたのはこの二人だけです」

白慈はくじの婚約者なら、護衛を置けるんじゃ」

「まさか邪魔が入るとは思わなかったので。それに私的なお茶会。白慈はくじ様がいたならついたかもしれませんが」

白夜びゃくや、置いておけばよかったな。あなたの命令だと言えば近づけないだろう。聞き耳をたてることも、こうして入って来ることも」

「そうですね。失敗しました」

 白雪しらゆきは小さく息を吐き。

白夜びゃくや殿のこと、信頼していらっしゃるのですね」

 白乃はくのは両手を合わせ笑顔で。

「この男より」

 勝手に入って来た白雅はくがを指す。

「あのような半端はんぱもの。僕は」

家柄笠    かさている奴は何人も。口先だけで、何かあれば、一番に逃げ。口や力で負ければ逆恨み」

 白夜びゃくやなら言いかた、と言うだろうが、希望が少しでもあると勘違いされるより、ばっさり。逆恨みしていた者もそのうち、もしくは落ち込んで弱っている男を、狙っていた女がはげまし。

白夜びゃくや殿は真面目なかたですから。白斗はくと様、白亜はくあ様も。もちろん他の方でも信頼のおける方はいます」

 白雪しらゆきの背後に立っている女性が。

「人気なんだな。本人は誰とも付き合ったことないと」

「は?」

 白雪と女性は目を丸く。

「付き合ったことがない? 本当ですか」

 女性がラビアに首を伸ばそうと。

「そう聞いた。様子からして嘘でも」

「ふっ、女性と付き合ったこともないとは。あのような噂をたてられるわけだ」

 白雅はくがは馬鹿にした口調。

白慈はくじと仲良くて、男好きとでも言われたのか。それともフォディーナ、様のことか」

「白慈様とあらぬ噂が流れているのは」

 白雪しらゆきは小さく顔をしかめ。

「私からすれば遊ばれているように見えるが。さっき言っていたが真面目なんだろ。口も堅い。白慈はくじ愚痴ぐち、内緒話を聞いても周りに話さない。南竜王なんりゅうおうの所もそうだった。次期南竜王が付き添いの言いなり」

 真紅しんくあかね。なんだかんだ言いながら真紅は茜の面倒を。あそこも幼なじみ。

「フォディーナ様とのことは親愛、恩義とでも言うのでしょうか。フォディーナ様が保護しなければ、どうなっていたか」

 女性は頬に手をあて。

「命の恩人。命をもって返す?」

「かもしれませんね」

 喜ばないと思うが。

「僕も白慈はくじ殿とは仲良いですよ。秘密を共有するくらい」

「嘘を吐かないでください。白慈様はあなたなど信じていません」

 白雪しらゆきもはっきり言う。

「とにかく、あなたは招いていません」

「そう言わず」

 白雅はくがも引かない。

かえるに変えるか。終わるまで足下で鳴いていれば」

 以前の訓練でも白絽はくろという男にやった。

「お願いできます」

 判断も早い。

「ご冗談を」

 去りそうにないので蛙に変えた。

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