第四話「囚われのものたち」(6/6)
6.
途中に休憩を挟んだり、一人が休憩をすると将棋やオセロなどの二人でできる遊びをした。
晩御飯の時間になると、指田は近くのスーパーに買い物へ行ってくると言って、二人はアパートで留守番をすることになった。
「お願いします、指田さん」
「いってらっしゃい、サシダ」
「いってきま〜す」
そうして指田は玄関のドアを開けて外へ出て行くと、二人はクローゼットから出された新たなカードゲーム、トランプを使ってポーカーを始めた。
「久しぶりに一日中遊んでた気がするよ」
唯斗がそう言うと、ヒメはそうなのかと首を傾げた。これもまた、ヒメにとっては経験のないことなのだろう。しかし、バイトのことを思い出したヒメはすぐに理解した。海の中では、遊ぶか、食事をするか、話をするか、歌うか、踊るか、眠るかのどれかである。
地上のように遊びがあるわけでもなく、できるのは追いかけっこか隠れんぼくらいである。ヒメにとってそれは退屈なものであり、長きにわたる海での生活はマンネリ化していた。
「地上には沢山のものがあるな。それも、こんなにも楽しいものばかりだ」
「気に入った?」
「気に入った」
ヒメの上機嫌っぷりを見ると、唯斗も満足げな表情になる。あんなことはあったけれど、結果的にヒメに新たな経験をさせてあげることができた。それは唯斗のおかげでもなかったが、ヒメにとって良いものであればそれは唯斗にとっても良かったのだ。
そうしてしばらく遊んでいると、指田も帰ってきたあたりでトランプを片付けて晩御飯の準備を始める。といっても、唯斗にできるのはトランプを片付けてテーブルを拭くくらいで、あとは二人に任せることになった。この頃には、痛みの方も少しだけ治まり始めていた。
シップで冷やしていたこともあり、唯斗の頬の腫れなども少しだけマシになっている。
そうして晩御飯が出来上がると、三人で手を合わせて頂いた。今回はスーパーで買ってきた食材のため、統一感もあってより一層美味しくなっていた。
ヒメのために魚は含まれておらず、なんでも食べてヒメは美味い美味いと舌鼓を打つ。
前と違う点は酒で、指田は酒を飲まずに晩御飯を食べていた。唯斗がそのことについて聞いたが、指田は気分じゃないと答えた。
指田にとって今は二人の面倒を見なくてはならず、唯斗の姉に関しても安心できる状態ではない。下手に酔っていられる時間などはないのだ。
しかし、それでも機嫌が悪いわけではない。こうして人が集まるのは、指田にとっては嬉しいことであった。
指田のアパートに人が来ることはあまりなく、よく来るのは唯斗くらいなものであった。
一人暮らしのアパート生活では、孤独な部分がそれなりにある。気が付けば酒の量も増えており、寂しさを埋めるのは酒か唯斗だけであった。
友人が居ないわけでもなかったが、その友人は大体町の外で生活していたり、高校が別になっていたりした。その結果、スマホでのやり取りはあってもあまりアパートまで呼ぶことはなかった。
唯一呼ぶことのできる友人と言えば、コンビニバイトの後輩である早川くらいであった。しかし早川も酒の飲める年齢ではないので、酒を飲んで話し合うなんてことはできない。
結局、遠慮なく話したり酒を飲んでいたりできる相手は限られる。
気が付けば晩御飯は食べ終わっており、風呂の準備に入る。お湯が張られるまでは、ヒメと二人で皿洗いをして過ごす。唯斗はテレビを見ながら、時々二人の会話にツッコミを入れたりしていた。
そうして迎えた就寝時間。三人は今度こそ、仲良く布団を分け合いながら眠っていた。しかしヒメは癖付いたのか、昨日の悪夢が怖かったのか、唯斗の左腕にしがみついて離れなかった。
唯斗も仕方なく諦め、天井を見上げながら眠りにつく。指田は唯斗たちの方を向きながら、ある程度のタイミングで自分も瞼を閉じて眠った――。
◇◆
ヒメが海に帰るまで、この日を含めて残り二日――。唯斗が目を覚ましたのは朝の八時で、指田は先に目を覚ましており、顔を洗いに脱衣所へ向かっていた。
ヒメは左腕にしがみついたままで、唯斗も痛みが引いてきたので立ち上がりたくなる。
なんとかしてヒメを引き剥がそうとするが、眠っているはずなのにヒメの力はとても強い。どれだけ引き剥がそうとしても、どれだけ手を振り回してもヒメが起きることはない。
睡眠に関しては異常なまでに深い彼女に、唯斗は溜め息を吐く。仕方がないので、ヒメが起きるまでしばらく待つことにした。
そうしてしばらくすると、ヒメが瞼を擦りながら目を覚ます。今回は悪夢を見なかったようで、なんともなく起き上がることができた。
ヒメからの拘束を解かれたことで、唯斗はなんとか立ち上がることができ、ずっと我慢していたトイレにも行けた。
洗面所で手を洗い、顔に貼ってあったシップを剥がしてみる。腫れはほとんど治っており、一日あれば落ち着くであろうと見た目でわかった。
部屋に戻るとヒメが立ち上がっており、唯斗に朝の挨拶をしてくる。
「おはよ……ユイト……」
「おはよう」
まだまだ眠たいのか、夢うつつといった表情で洗面台に向かう。
指田の方はキッチンで朝食を作っており、こちらも朝の挨拶をしてくる。作っているのは味噌汁、ごはん、ベーコンエッグというザ・朝食といった内容であった。
唯斗自身はお米派なため、この朝食は嬉しいものでもあった。
体が動かせるほどにはなったので、朝食の手伝いを志願して、指田も仕方なしといった表情で手伝いを頼んだ。
その頃――洗面所の方では、洗面台に辿り着いたところで、洗面台に顔をへばりつかせて眠っているヒメが居た。
◇◆
朝食を食べ終わると、その日も予定は空いているので、本日は何をしようかというスケジュール会議タイムが始まった。
指田は唯斗の体を案じて、何かアパート内でできることをしようという考えを発表した。しかし、ボードゲームだけでは流石に飽きるということで考えは棄却される。
次に提案したのは唯斗で、ある程度動けるようにはなったので、隣町にあるショッピングモールまで行ってみないか? というものであった。しかし、こちらはまた距離もあり、自転車は家にあるので棄却された。
最後に提案を出したのはヒメで、一度海へ行きたいというものであった。
理由は単純で、イワシと長らく話せていないということであった。そのついでに、近場で遊べるところを探さないか? ということだ。
このままアパートに居ても仕方ないといったことと、唯斗も外の空気を吸いたいといった理由でその提案は通ることになった。
早速準備を始めると、三人は一日ぶりの外出を始めた。空は晴れており、暑さは真夏を貫いていた。
坂を下りながら、海の方へ向かって歩き出す。この三人でアパートに向かったことはあったが、どこかへ出かけるといったことはなかった。
ヒメを釣り上げた後の三日目は、スーパーを見て回ったりと、唯斗と二人きりで町を散策していた。
「お友だちと話すのは良いんだけど、流石に堤防は一目につかないかな?」
指田が突然、ヒメの身を案じてそういったリスクを話した。
「確かに、話しているところ見られると……最低でも変人くらいには思われるかもな」
唯斗はそう言うと、あることを提案した。
「堤防の近くにある山、あそこって苗島が住んでる方の山と違って崖にはなってなかったよな」
唯斗の話している山とは、海側から見て右側にある山のことである。左側は崖になっているのに対し、こちら側は緩やかな坂になっている。場所によっては海に近いところもある。
「それいいね、そこにしよう」
指田がその提案に頷くと、ヒメも同じように頷いた。結果、坂道を途中で左に曲がり、山の方へ歩き始める。
雑木林に入り込むと、海の方へと向かって足を進める。一日横になっていたとはいえ、少しだけ唯斗の進むスピードは遅めになっていた。
「大丈夫?」
「なんとか……ゆっくり行けば」
唯斗を心配する指田をよそに、ヒメは先へ先へと進んでいく。段々と波の音が聞こえ始め、ある程度まで進むと海へ出る。
そこは予想通り海との距離が近く、その横を見てみると人が降りれそうな場所があった。
三人はそこから降りて行くと、海に足が浸かれる小さな砂浜まで辿り着くことができた。ヒメが声を上げて名前を呼ぶ。漁船は幸い近くを通っておらず、これくらいの声量であれば見られたり聞かれる心配もなかった。
「イワシちゃ〜ん!」
名前を呼んでいると、海の向こうから一匹の小魚が呼び声に応えるように跳ねて近付いてくる。
「姫〜!」
今回はイワシの声を聞くことができ、唯斗にも会話の内容を理解することができた。
指田の方は会話の内容を理解することはできなかったが、本当にイワシが現れたことにしばらくは驚いていた。信じていなかったわけではなく、ただ呼びかけただけでイワシが本当に現れたことに驚いたのだ。
今回も前と同じように両手で海水を掬い、その中にイワシが飛び跳ねて入ってくる。
「姫、しばらく顔を見せてこなかったけど大丈夫⁉︎ 何もなかった?」
「大丈夫、ユイトが守ってくれた」
ヒメはありのままを伝えると、イワシは安心したような様子を見せた。
「そうか、それならよかった。こっちはイルカさんの機嫌が悪くて大変だよ。必ず一週間後には帰ってくるんだな? って、執拗に聞いてくるんだ」
イワシはどうやらヒメとの約束を守っているようで、イルカの機嫌取りを続けているようであった。
「そっか、ありがとな、イワシちゃん」
「本当に頼むよ! 明日か明後日には海に帰るんだから、今のうちにしっかりと別れをしておいてね。イルカさんも警告してたよ。長らく海へ戻らないと、取り返しのつかないことになるって。だから必ず、一週間後には戻ってこいって」
イワシの言葉に、ヒメは苦笑いを浮かべる。
「なぁ、イワシ。イワシは俺の言葉もわかるのか?」
唯斗はイワシに話しかけてみるが、何故か応答はない。
「ユイト、魚と話せるのは私だけだ。ユイトにも声が聞こえるみたいだが、イルカさんが前に言ってた。本当の意味で意思疎通ができるのは、人魚姫だけだって」
イルカは色々なことを知っているらしく、ここでまた一つヒメの謎が解き明かされることになった。
「姫、僕はもう少しだけ機嫌取りをがんばってみるよ。明日か明後日、帰ってくるのを待ってるからね!」
イワシはそう言うと、海へと戻ろうと姫に背を向けた。その時、ヒメがそれを止めるようにしてこう言った。
「イワシちゃん――」
「ん、何?」
「……寂しくは……ないか?」
ヒメがそう聞くと、イワシは振り返って答えを返す。
「寂しいよ、だって僕の姫だもん。僕の命を救ってくれた美しい人魚姫。僕が君のことを忘れたりするなんて絶対あり得ない。でも、姫がやりたいことを見つけたなら、僕はそれを全力で応援するよ! たとえ会うことが少なくなったり、二度と会えなくなってもね!」
イワシの言葉に、ヒメは少しだけ安心することができた。しかし、イワシもまた寂しさは感じていたのでとある提案をしてきた。
「その……できればでいいんだけど、久しぶりに一緒に泳がない? 実は見せたいものがあって……イルカさんは近くに居ないから、見られる心配はないと思う」
イワシがそう言うと、ヒメは唯斗の方を見た。
「……行ってきなよ、指田さんには俺から話す」
唯斗の優しい承諾に、ヒメは感謝を伝えた。イワシを海へ戻し、一度服などを全て脱いで裸になると、泳ぐことに集中して心を整える。
両足が引っ付いて一つになっていき、先端は尾ヒレに、下半身は鱗の生えた魚の姿に変わっていく。
この一週間は人の姿で生活していたため、二人もすっかり忘れていたように後ろから見つめていた。
鱗が太陽の光を反射して、一部分が虹色のように輝いても見えた。
「イワシちゃん、連れて行って」
「任せて!」
そう言うとヒメは海へと潜っていき、残りの二人は海辺に取り残されて立ち尽くす。ヒメが戻ってくるまではここで待つしかないため、近くにあった岩に腰を下ろし、二人は他愛のない会話をしながらヒメが戻ってくるのを待ち続けた。
――海の中を泳ぐ姿は、イワシにとっては久しぶりに見るものであった。その姿は海に生きるものたちの中では特段に美しく、人魚姫の泳ぐ姿を見た他の魚たちは泳ぐことを止めて見惚れてしまうほどであった。
「こっちこっち、イルカさんの相手をしながらも合間を縫って集めてたものがあるんだ」
イワシに言われるがまま付いていくと、海藻に隠れた場所に、貝殻がいくつか置かれていた。
「髪飾り?」
「そう! ヒメが戻ってきた時に驚かせようと、ここに集めておいたんだ!」
イワシの体は、同じ種類のイワシたちと比べると明らかに小さく、大きさは人間の小指程度しかない。そんな体で、自分の体よりも大きい貝を器用に見つけては運んでいるのだ。
「こっちは巻貝系、こっちは二枚貝! 本当は明日か明後日にしようと思ったんだけど、待ちきれなくて今見せちゃった!」
「こんなに沢山……」
岩場に置かれているのは様々な貝殻で、数にして五つといった量である。
「……イワシちゃん」
「何?」
ヒメは貝殻を手に取ると、ある提案を行う。
「集めてくれた貝殻を地上に居る人たちに渡したいんだ。その人たちは、私のことを助けてくれた。ユイトにも、貝殻を一つ渡したい」
ヒメが提案すると、イワシは少しだけその場を泳ぎ回って考え、承諾した。
「いいよ! 姫がそうしたいなら、貝殻を渡してもいい。でも、一つくらいはつけてるところも見たいから、いつかは見せてね!」
イワシがそう言うと、ヒメは「必ず」と約束をした。
そうしてイワシの言っていた用事が済み、ヒメはイワシと共に先ほどの場所まで戻っていく。
海面からヒメの顔が現れると、海辺で待っていた二人がヒメに向けて手を振って呼んでいた。
「それじゃ姫! 戻ってくるの楽しみにしてるね!」
「あぁ、ありがとう」
イワシが帰っていくと、ヒメは両手に貝殻を持ったまま陸へと上がっていく。
「ユイト」
「ヒメ」
唯斗は靴と靴下を脱ぎ、足先を濡らしながらヒメに近付く。
「イワシちゃんがこんなものを見つけてきてくれたんだ、一つだけユイトにやる」
そう言ってユイトに渡したのは、小さな巻貝の一つであった。
「綺麗だな、ありがとう」
後ろから同じく靴と靴下を脱いだ指田が現れ、唯斗に手渡された貝殻を見る。
「ツメタガイじゃないかな」
「ツメタガイ?」
「うん、食用としてもよく知られている貝だよ。よく、耳を当てたら海の音が聞こえることでも有名かな」
指田がそう説明すると、指田にもヒメから一つ貝殻が手渡される。
「サシダにも」
「ありがと」
手渡された貝殻はユイトのものと似ているが、こちらはまた別の種類であることがわかる。指田はヒメと同じように、貝殻を上手く髪に引っ掛けて同じ位置で飾ってみる。
「どう?」
「いいな」
「似合ってますね」
二人から褒められたことで、指田も上機嫌になって嬉しがる。三人の会話は弾むが、流石にこの状態を続けるとヒメの姿が人魚のままなので、三人は陸に上がって唯斗がヒメに人の姿へ戻るように言った。
三人はにこやかに、ヒメが姿を変えている間も話を続けていた。しかし、三人は気が付いていなかった――。
「あれは――」
それは、三人の居るところからは二十メートル離れたところで、岩陰からその様子を伺っている男が居たのだ。
男がそこに居たのは何の理由もないただの偶然であったが、位置が悪く誰と話しているかまでは見ることができなかった。
「へへっ――」
男は不気味な笑みを浮かべると、岩陰から離れてどこかへと消えてしまう。このことが――後に大事件を引き起こしてしまう。
人魚姫を釣り上げたおはなし @Yakidaruma
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