第20話 気絶常習犯

「大……丈夫……?」


 穢らわしい説を提唱してしまった後、ぼーっとする俺を我に返らせたのは、どこか不安げな聖女様の声だった。

 顔色は悪く、怯えた表情も垣間見える。

 まあ、無理もねぇな。誰だって自分の命が狙われりゃ恐れる。俺のように立ち向かえる方が人間として破綻してんだ。


「おう、まあ、何とか傷無く乗り越えたから平気さ。いやー、いかにも毒殺すりゅ!! って感じのナイフ持ってたしな。掠ってたら危なかったわ」

  

 あんなに毒々しいナイフ初めてみたわ。あそこまで毒殺の存在感主張してる武器早々ねぇだろ。

 師匠が昔毒塗ったナイフ舐めだして目の前で死んだ暗殺者いるらしいけど、そんな間抜けもここまで毒々しかったら舐めねぇだろうな。

 もしやナイフ舐め舐め対策ってこと? ワロタ。


 ふぅ、やれやれと無事をアピールする俺。

 しかし、聖女様を俺の腕辺りを指差して言った。


「そこ……斬れてる……」


「エッ────アッ」


 指差した場所を確認する。

 そこには、物の見事に出来た綺麗な一本筋の切り傷があり、ちょうど血が流れ落ちた。


 あの野郎──去り際に斬りやがったな!?!?



 スゥゥーーーーーーー…………。



 あ、意識飛びそ。じゃねばい今世。



「待っ──!」


 倒れ伏す俺が最後に見たのは、顔を歪ませた聖女様の焦り声だった。

 まあ、死んでも気にするなよ。

 

 頼む、俺の息子だけは火葬せずに土葬してくれ。



 そんな遺言は、口から出ることなく意識が暗転した。



☆☆☆


「お頭が悪うございますか?」

『精一杯敬意を評した最悪の罵倒』


 多分夢の中である。

 意識が暗転したと思ったら、目の前に人の形をしたがいた。

 人というのは分かるけど、どうにもその姿形をハッキリ認識することができない。


 んでもって俺の体は存在自体が無かった。

 意識だけはある妙な感じ。少しキメェ。


 そんなよく分からないヤツに、俺は出会い頭で罵倒されていた。


「アナタは些か物事を多角的に見る視点が足りていませんねぇ。発想力もナンセンスです。唯一褒められる点は……うーん、ツッコミの速度くらいでしょうか」

『頑張って捻り出してくれてありがとうな』


 俺も誇りに思ってんだ。ツッコミの速度。

 やっぱりな、会話のテンポってやつはな? あ、チ◯ポじゃないぞ? ……速度が重視だと思うんよ。

 どんなに面白い返しをしたとしても、時間が経てば何かが違う。面白いは面白いのだが『え、今?』みたいな戸惑いが生まれる。

 しかし、早いとどうなるか。

 そう。面白くなくてものだ。後で振り返ってみたら全然面白くないのがミソだな。


 勿論、旅芸人とか笑いを武器に食ってる奴は別だが。アレは会話の組み立てと計算だからな。

 

「まあ、アナタの笑いに関することはどうでもいいのですが。あ、思考が筒抜けなのか、という言葉も時間の無駄ですからいりませんよ」

『思考が筒抜けなのか……なるほどな』


 これを言うのは様式美だろ。分かってないな。

 まあ、良いや。


『そんで、誰お前?』

「薄々アナタも気がついていることでしょう。はじめまして。性欲を完全に使い切った時に出てくる人です」

『雑な自己紹介。それでもちゃんと伝わるのは流石、というべきかな』

「詳しいことは言えませんが、アナタがレベルアップしたことで私達との繋がりが強固になったようですねぇ。お陰で対話が可能になりました」


 俺のボケが軽くスルーされた。

 そんなことはさておき、予想通り俺の記憶が無い時に現れる別人格的なヤツがコイツのようだ。

 繋がりってわざわざ口に出したってことは、俺が二重人格だったって線は無いと考えていいだろう。

 

 なるほどなぁ……。

 よくも俺の体を乗っ取ってくれたな!! っていう考えが無いわけじゃあないけど、実際問題コイツに救われた事実もあるし。


『んで、何か伝えたいことでもあるんか?』

「ええ、まあ、少しレクチャーでもしてあげようかと思いましてねぇ。どうやらアナタは【性騎士】としての力の使い方を十全に把握していないようですので」

『だって、練習に使ってたら一人で慰める分の性欲無くなるじゃん……』

「ふふ、【性騎士】らしくて結構。羨ましいことではありますが……アナタが死ぬと私も困りますので。練習をせずとも必要なのは使い方の知識です」


 コイツの言うことをどこまで信用して良いのかは分からないが、教えてくれるだけなら素直に受け取っても問題ねぇだろ。

 実践するかどうかは俺次第だし。

 

 メイにはまだ勝ててない。聖女様だってこの調子じゃ守り切れないかもしれない。

 力をつけるチャンスがあるなら貪欲に。自己研鑽欠かさない系男子なんだぜ俺は。


「あぁ……眩しい。美しいですねぇ」

『お前自身が発光体だからだろ』

「それもあります」

『あるんかい』


 今一掴みどころがないな……。

 表情自体見えないから何考えてるか分かんねーし。ただ、何かしらの憧憬があるのか、声音から分かった。


「さて、アナタの力の使い方ですが────」





☆☆☆



「生きてた」


 俺です。性です。

 毎回思うんだけど朝勃ちって何の意味があるんだろうな。流石の俺も朝から息子と向き合うことは……いや、たまにするわ。玉玉だけにな。つまんな死ねよ。


「ハッ! アイツから教わった技一個しか憶えてねーんだけど!」


 夢の中のアイツ。

 記憶上では色々と教わったはずなんだけど、どうにも具体的な技を一つだけしか憶えてなかった。

 ……まあ、夢の中でまた会えるかもしれねぇし、そこまで焦る必要もないか。


「……起きて早々うるさいやつだな」

「あ? リースか。いたのか」


 ふと隣を見ると、呆れた表情で俺を見るリースがいた。

 いつもの胸当てなどの装備を脱いでおり、あまり見ることのない私服のようだ。

 可愛いには可愛いし似合ってるには似合ってるのだが、生憎とコイツに萌えを感じる感覚器官は死に絶えてるので何とも思わない。

 

 そして相変わらず俺が適当に言葉を発すると、ギャーギャーとわめき始めた。


「いきなり失礼だな貴様!! 死にかけだった貴様を聖女様が治されたのだ!! それを部屋まで運んだのは私だ!! 少しは感謝をだな──」

「ありがとうな」

「んあっ、な、なんだ感謝を言えるなら初めから──」

「って伝えてといてくれ。聖女様に」

「今度こそ永眠させてやるぞ貴様ァァ!!」


 テンポ感良いな。これこれ。

 リースは何気に漫才できる才能あると思うぞ。


 怒髪天を突く勢いで顔を真っ赤にするリース。

 久しぶりに会った割には普通に話せてるじゃん、と思いつつ、さすがに世話になったからにはと感謝を伝える。


「冗談だ。ありがとな。リースも」

「……ふんっ。最初からそう言えば良いものを、貴様は……」


 ぶつぶつと俺への呪詛を吐き連ねる。

 お前も態度がそんなんだから俺の態度も直らんのだぞ。ま、寧ろ態度が変わった方が引くからそのままでいてほしいけど。


「で、聖女様は大丈夫だったか?」

「あぁ。怪我一つ無い。よく聖女様を守り切ってくれたな。そこだけは感謝してやる」

「謎に上からだなお前」

「ただ犯人を取り逃がしたのは痛い」


 リースは厳しい表情をした。

 それは俺への当てつけというわけではなく、単純な事実確認のためだった。

 取り逃がしたのは俺の責任だ。そこは受け入れる。


「……相手はやけに手慣れていた。そして、恐らく純粋な暗殺者系統の職業だな。口振りと手口から他国の者の可能性が高い」

「自国の組織であれほど派手にやる理由は無いか……。いずれにせよ聖女様が狙われた事実は変わらん。明日からは暫く私と【黒騎士】が交互にお前の補佐につく。良いな?」

「あぁ。分かったヨん」

「ん?」


 リースが俺を訝しげに見るが、俺はその頃かつてないほど真面目でキリッとした表情を形作っていた。

 漏れ出てしまうニヤケを隠すように。



 メイ、来るやん。


 勝ったわ。

 

 



 



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ワイの本当の職業が【性騎士】とか言えない 恋狸 @yaera

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