彼女

 ところが彼女は、そういう環境に価値を感じるひとだったらしく、突然わたしの家に入り込んで、我が物顔で暮らし始めた。

 どうやら我が家の遠縁の娘らしい。一階の板の間を丸々アトリエにして、彼女は昼も夜も絵を描いた。

 こんな土地で生き生きとしている彼女のことが、わたしはたまに憎らしくなった。そんなときは勝手にテレビを点けたり、ライトを消したりして悪戯した。彼女はいちいち驚いた。

 暗く静かな夜が訪れても、わたしは以前のように寂しくならなかった。


 ある日、珍しく出かけた彼女が、日の入りを過ぎても帰ってこなかった。わたしは人類が死に絶えた妄想をしながら、窓の外を眺めていた。

 やがて真っ暗な闇の中、山の方角から歩いてくる彼女が見えた。ぼんやりと光っているようだった。彼女は玄関の戸を開けもせずするりと家に入ると、とた、とた、と幽かな音をたてながらこちらにやってくる。やがてわたしの姿を認めると、はっと目を見開いて、

「もしかして、テレビが勝手に点いたりしたのって、あなたのしわざ?」

 と尋ねてきた。

 わたしはうなずき、いつもするようにテレビを点けてみせた。

 ニュース番組が流れ始めた。真面目な顔をした男性アナウンサーが、今日の昼間に起きた事故と、今わたしの隣に立っている女性の死を、淡々と報じた。

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境目の家 尾八原ジュージ @zi-yon

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