#004 自立の炎は
天成自立という言葉がある。ラムヴィンネス地方にかつて独自の王譜をもったミズティアの民は、隣接するオースヴォート国に併合され、じつに五世代を超える年月が過ぎた。帝政国として拡大を志向するオースヴォートが呼び起こした戦争は、大国リセレンディア連合国によって制圧された。いまだ老人たちの記憶に残る帝国戦争では、辺境ラムヴィンネスの地は勇敢な戦士たちの広大な墓地となった。
敗戦を喫し、戦いの最前線であったこの辺境の地は、一時は大国リセレンディア連合政府の施政下におかれた。数十年にわたる軍政統治ののち、ラムヴィンネス行政区はオースヴォートの国法のもとに帰属したが、連合政府の統括監督官は、任期中その演説に預言めいた言葉を残している。「この地の自立の炎は、風に揺らめく幻である」――異なる歴史をもつミズティアの民を、オースヴォートの人々は政治的に同等に見ることはない。それは歴史圏を遠くしたリセレンディア連合国の高官から見た現実であった。
しかし、それもいまや一部の知識人しか知らない言葉だ。だが歴史を知れば知るほど、オースヴォートの施政下にある以上、異民族の地ラムヴィンネスは発展を許されないのだとイヴォルナには感じられる。中央から遠く離れた辺境の地は、法のもとでは平等であっても、行政システムの細かなところでは裁量が抑えられ、自治は隠れた制約を受けている。
しかし独立が安易なものでないことも理解している。国家分離となれば多くの民衆の血が流れるだろう。彼女たちを傷つけるのはオースヴォート人ではない。同じミズティアの人々が分断された果てに、互いを傷つけるのだ。独立は選ぶべきではない選択なのである。そのことでイヴォルナは両親ともよく喧嘩をした。だが今は、両親の目に映ってきた辺境地ラムヴィンネスの哀しみも理解できる。
国家として自立を目指すのではない。オースヴォート国の法のもとにありながら、高い自治権を得てラムヴィンネス独自の自立を目指すべきである――このことを天成自立という。対等でさえない現状を起点にして、机上の空論かもしれなかった。中道を欺瞞となじる人もいるかもしれない。しかしそれは彼女がひそかに故郷に見る希望なのだった。
辺境地ラムヴィンネスにある小さな都市、アルモンダヴセレ。北風吹きすさぶ海原に向かい国境に接するこの街の人々は、いにしえの王の系譜に誇りを持つミズティアの人々と心理はいくらか異なる。さらにへき地となる国境都市は、歴史的にはミズティア王に従属を求められてきた周辺の民である。さほど王譜の誇りを素地とする自立の熱は強くないのである。
3人にひとりが対等な自治権を求めるべきだと考えていたとすれば、残るふたりは、国家にあらがうことを良しとは考えていない。こうした背景から、アルモンダヴセレで都市総監の座に就くには、親オースヴォート派を主軸としないと難しいと言われてきた。
アルモンダヴセレ都市総監ケーレヴェルは、親オースヴォート派でありながら既存政権に反旗を翻した。自立派の支持が合わさって新たな政治のうねりを生み出したが、それも間もなく任期の終わりを迎えようとしている。
民衆の熱気で勝ち取った新たな政権であったが、逆を言えば浮ついた支持が集まっただけとも言える。転覆をねらう前勢力は、この間、力をため込んできた。次は必ず各種組織の支持を固めてくるだろう。
ラムヴィンネス議官の選出は、アルモンダヴセレ都市総監選出のゆくえを占うとも言われる。まさに今、次期総監の選出は混迷の兆しを見せていた。
潮騒に綴る ― アルモンダヴセレの祈り @shiro-ao
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