第5話 弟と向き合う
家に帰って、弟の部屋の扉を叩いた。中から物音ひとつ聞こえなかった。
最初からこうすれば良かったかもしれない。
無関心ではなく、最初から私もせいやの事を愛しているよって、現実の欠けた生活をせずに何度エッチに逃げる生活を送らなければ、せいやはすぐに部屋から出てきた。そんな現在があっただろうか。
「私ね、あなたは私の事を嫌いでも。私は、せいやが大切だよ」
どんな音も返って来なかった。私は扉の下の隙間から八瀬からもらったメモを差し入れた。扉が開いた。
「入って」
三年ぶりの弟の部屋だった。食事を持ち込まないおかげか、ゴミは落ちていなかった。
「座って」
ベッドを指した。
しばらくの無言の末、せいやは話を始めた。
「八瀬が三年前にやってきて、今すぐ登校拒否にならないとお姉ちゃんが殺されると聞いた」
三年前、私は死にたかった。絶望ではなく、生きること自体に積極性を持てなかった。
厨二病的な物だった。
自分の死で何かが起こって伝説になる。
それが弟の登校拒否の反動で死が頭から無くなった。
私がしっかりしないとせいやが死んでしまうと思ったのだ。
「あれは他の世界線から来た僕だった。タイムパラドックスで消えてもお姉ちゃんを助けてくれって、でもごめんなさい。お姉ちゃんを助けることは出来ない」
「せいやは怪我しない?」
「メモの通りなら」
「分かった。お姉ちゃん頑張るね。お父さんもいい気味よ。自業自得ってやつだね」
部屋を出て、震えが来た。
明日の夜、私は人の心をもてあそんだ刑罰を死刑という形で償うことになる。
私は無関心でいることが出来るかな。
生きた心地のしないまま、学校に行って女の子をやって「なんか顔色悪いね」って、言われて寝不足だと言ったら、昼食のパンを分けてくれた。
「ちゃんと食べないとダメだよ」
まとめ役はそう言ってくれた。これで今日も終わりだ。
スタバの新作を食べることが出来ない。
塩辛いポテトも、カラオケとかボーリングも出来ない。翌日筋肉痛で学校に行くことも無いし、野球部の応援に行くこともない。
死ぬってなんだろ。何も無くなって、いつか生まれ変わるならもう少しマシな人生になればいいな。
帰宅して、いつもはしない靴をそろえた。自室に帰って、何人もの男と寝たマットレスに私は寝転がった。
外は相変わらずの雨、こんな天気の中、男たちは来るらしい。
ご苦労様です。私を殺す為に徒党を組むわけだ。
陽の入らない窓から見える雲が暗くて、気分が悪い。
下からお母さんの声がした。
なんで警察って事前予約出来ないのかな。
「今日はせいやの好きな、冷しゃぶサラダにしたわよ」
せいやは冷しゃぶをごまだれにつけて食べている。ステーキは惜しいことしたね。本当は食べたかった。そう今日の箸の進み具合だった。違う。これが家族で過ごす最後の夜になると思っているのだ。
「お母さん、玄関のカギは?」
「お父さん締めて来てよ」
「はいはい」
そう言ってお父さんは玄関に向かった。
「私も雨戸閉めないと」
これで終わりなのだ。そう思っていると食卓に二人は帰って来た。
寝る前もみんな歯磨きをして、自室に戻った。零時を回っても明け方になっても男たちは現れなかった。最後の休息を取ろうと少し眠った。
目を覚ますと空は晴れ渡っていた時間は七時だった。学校行かないと。
「木村、中島」
朝の出欠に少し違和感を覚えた。何かが足りない気がする。
「渡辺、渡」
「今度、地区予選があるから応援しに行くでしょ」
すでに決定事項の提案だった。私は女の子なので、その提案に乗った。
暑いだろうな、日焼け止めを塗っても焼けてしまう上に、痛くてたまらない。
遠くの方で雷の音が聞こえた。雨が降るだろう。地区予選も雨で中止にならないかな。そうしたら、一日何も無くなるのに。
「最悪、傘持ってない。誰か相合傘しようよ」
私も傘持っていたっけな。カバンを探ると折り畳み傘が二本あった。
なんで二本持っているのだろ。おかしいな、お母さんの傘を間違えて持って来たかもしれない。
「私、二本あるから貸すよ」
「え、マジ! 助かる」
今の生活は楽しいわけじゃないけど、現状維持も大切だ。
最近、付き合い始めたサッカー部の彼と放課後デートをする。
食べたことのない新作を二人で食べて、ストーリーに載せるようの写真とハートを書いて、みんなが見ているインスタグラムに上げていっぱいいいねをもらう。
「ただいま」
帰宅するとまず弟に報告する。
「今日はサッカー部の彼とデートしたんだよ。でも違和感があって、こんな生き方していたかな。もっとひどいことをしていた気がするの」
「アリス、せいやに構ってないで洗い物手伝って」
「はーい。不思議だけど、生まれ変わったみたい」
初めての男の子はきっとサッカー部の彼、今度家にやってくる。勉強会だから宿題をやって、終わったらキスをするかもしれない。
弟は交通事故で亡くなった。弟が登校しようとした家の前で。
最後の言葉は「お姉ちゃん、これで運命が変わったよ」だった。今でも意味が分からない。三年前の事だった。
この先、色々な初めてを大切にしていく生活が待っている。
女の子しないといけない時があって、上手くいかないこともあるだろう。
八瀬はどうなったのだろ。
八瀬? 誰だろう。頭に浮かんだ。
下からお母さんの声がする。洗い物と叫んでいる。それくらいやればいいのに。
あなかし ハナビシトモエ @sikasann
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