第4話 お姉ちゃんの為に

 放課後、八瀬の姿は無かった。外は雨で持ってきた折り畳み傘を出した。



「アリス。今日、田中くんが野球部の男子連れて来るってカラオケ合コンしようよ」


「ごめん。弟、傘置いて行って」


「アリス、弟いたの?」

 弟を言い訳にしたけど、ノープランなのが災難だった。


「うん、一人」


「そうなんだ」

 幸いなことに話が流れた。田中くんの合コンが気になるみたいだ。


「次誘う時は来てよ」

 そういって教室を出て行った。私はカバンの中に入っている二本の折り畳み傘を見てため息をついた。

 弟が中学校に行って、雨が降って迎えに行く想像も幾度もした。



「いつか本当になればいいのに」

 家に帰ると静かだった。両親は仕事、弟は部屋。私の予定は無かった。

 除湿モードにして、色んな男と寝たベッドに倒れこんだ。


 私の人生、こんなところに居続ける人生。段階を踏まないのは短絡的で、軽く見られるということになる。実際、他の学校で「簡単にさせてくれる」と、豪語している男もいるだろう。


 八瀬って何者なのだろ。変なこと言ってきて、泰斗の事は知り合いから聞いただろうけど、家庭の事情までは知らないだろう。

 心で、ほんの少し実際にそういう事件が起きてくれたらいいのにと期待している自分がいた。

 そう思って自己嫌悪に陥った。お父さんと弟を想って、そんなことが起こらないのが平和なのだ。



 下で物音がしたお母さんだろうか。


「せいや。今日はあなたの好きなステーキよ。明日は私もついていくから中学校に行ってみない?」

 無言の弟にお母さんはどんどん攻撃を繰り返す。


「学年代表の子が折り鶴。百羽もあるの。みんなせいやのことを待っているの。もうそろそろ行かないと共通の話題も無くなるわよ」

 お母さんもう弟を追い詰めないで、お願い。もう止めて。


「お父さん帰って来たら焼き始めるから、ちょっと待っていてね」

 お父さんは二時間後に帰ってきた。


「アリス、ご飯にするわよ」

 ステーキは焼けたらしい。


 食卓にはステーキとポテトサラダが並んでいた。

 お父さんはやたら饒舌で、弟にフリースクールなら学校に行けなくても通うことが出来ると上司に聞いたと言っている。

 実は上司の娘さんも登校拒否で、仲間がいれば心強いだろ。

 また今度会ってみないか? 会ったら案外仲良くなれるかもしれない。

 そう言った。弟はステーキに手をつけず、小さな声でいらないと言った。

 お父さんは血が頭に上ってステーキ用のナイフを突きつけてこう言った。



「いつまでも甘えるな。理由も無く学校に行かず、引きこもって恥ずかしい。早く学校に行けば、私たちも悩まずに済むのにとんだ親不孝ものだな」


「お父さん、それは言い過ぎよ。でもね、せいや。あなたの事を考えたら学校には行った方がいいと思うの」

 それは突然だった。弟はお父さんのナイフを握った。うろたえたお父さんに弟は「殺す気が無いのに、刃物向けちゃだめだよ」と小さく言って、洗面所に入って手を洗い、部屋へ戻ろうとした。


 お父さんは勢いをなくし、うろたえた。


「せいや。手を消毒しないと」

 そういうお母さんの言葉を背に弟は部屋へ戻った。

 お母さんは「なんで、なんで」と、泣き崩れた。

 私たちは家族という檻で弟をいじめすぎている。

 両親は学校に行けと言って、私は弟の部屋の真上でエッチしている。

 そのまんま八瀬の言う通りになった。



「僕は未来から来たんだ」


「疑心暗鬼だけど、只者ではないことは分かった」


「俺、せいや。アンタの弟」

 この男は何を狂ったことを言っているのか


「証拠、見る」

 見せられた左手には傷跡があった。


「明日の夜。昔、お姉ちゃんが関係を持った男が凶器を持って乱入してくる。僕の見た未来ではお父さんは死に、お母さんは大けがをする。僕は部屋にこもっていたから助かるけど、お姉ちゃんはレイプされた末殺される。だからお願い今日だけは僕の部屋で大人しくしていて、この手紙を渡したら分かると思う」


「アンタは本当にせいやなの?」


「知っている? 弟はお姉ちゃんを嫌だと思ったけど、本当は好きなんだ。あなたを救う為に未来から来たんだ」


「タイムパラドックス」


「未来の僕はお姉ちゃんを殺されたからタイムマシンの作成を行い、今のところは順調だ。もし八瀬が消えてもお姉ちゃんが助かるならいいよ。変な名前でごめんね」

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