第7話アンビリカルワールド

 この病院に配属されて、もうすぐ一年近くになる。


 研修医として、目が回る様な思いをしながら熟す仕事に、少しずつ慣れてきた。


 幸いなことに、同じ患者さんを担当する先輩は、仕事が出来て、その上性格もいい。


 だから仕事のことで相談した内容に関しては、いつでも適格な助言をくれるのだ。


 しかし今日に限っては、僕も先輩も、初めて対応するこの患者さん達に、やはり戸惑いは隠せない。


 僕と先輩の目の前に居る患者さんたちは、様々だった。


 明らかな未成年も居れば、若い青年、中年や老人。


 それでいて男女関係なく、同じ病室のベットで横になっている。


 その光景を見ながら、僕は横に立つ先輩に向けて、静かに口にする。


「年齢はともかく、男女同じ病室なんて、初めて見ました......」


 その光景を見ながら、先輩も同じように、口にする。


「そうだな、この病院では俺も初めて見たよ」


「えっ、前の所では普通だったんですか?」


 そう俺が先輩に尋ねると、先輩は何かを言い掛けようとする。


 しかしそのタイミングで後ろから、僕等二人に話し掛ける人がいた。


「いや~ほんと、ヘルプ助かるよ。急に申し訳ないねぇ......」


 声がする方向に振り向くと、立って居たのは、中年の医者だった。


「お疲れさまです。あの先生、この患者さん方って......」


 そう僕が言い掛けたところで、先生は僕が、一体何を訊きたいのかを察した様で、先生は言葉を返す。


「あぁ、この人達は皆同じ症状だよ。どこにも異常はない。ただ眠っているだけだ。強いていうなら、ずっと長く夢を見ている」


「えっ、それって......」


 そう僕が言い掛けた所で、看護婦の方が先生を呼んでしまう。


 そして先生は、ゆっくりとした足取りで、その看護婦の方へ行く。


 その姿を見送りながら、僕は訊きたかったことを、飲み込んだ。


 しかし隣の先輩は、そんな僕に向けて言う。


「とりあえず、点滴チェックと体温だな。反対側から任せていいか?」


「えっ、あぁ......はい」


 どうやら先輩は、勝手を知っているようだった。



 体温と点滴のチェックを終えた後、僕と先輩は自販機で飲み物を買って、少しの休憩をとっていた。


 口を飲み物から離した後に、先輩は僕に尋ねる。


「お前、ゲームはする方?」


 唐突に尋ねられたその言葉に、僕は少しだけ考えながら、返答した。


「えぇ......まぁでも、研修医としてこの病院に勤務してからは、忙しすぎてほとんど出来ていないですけれど......」


「......コレ、知っているか?」


 そう言いながら先輩は、僕にスマホの画面を見せる。


 そこに映されていたのは、あるゲームのパッケージ画像が添付された、ネットニュースの記事だった。


「あぁ、コレ......僕も買おうと思ってたんですよね......でも結局めんどくさくなっちゃって......」


 僕がそう言うと、先輩はその画像を伏せながら、視線を逸らし、呟く。


「その方が、正解だったかもな......」


「えっ......そんなに面白くなかったんですか......?」


「いいや......それ以前の問題だよ......」


 そう言いながら先輩は、僕の方を見ながら、淡々と話す。


「ゲームのクオリティー自体は、かなり高いらしい......だがまだ未完成だったんだ。ストーリーの所々が欠けているせいで、本来回収されるはずの伏線がされていなかったり、予定していた登場人物が収録されていなかったり......」


「いや......そんなの、クオリティーが高いって言えないでしょう?」


「あぁ......本来ならな......だが問題はそこじゃないんだ」


 そう言うと先輩は、ため息を挟みながら、また話し出す。


「問題になったのは、ゲーム内の登場人物と会話するシステムの仕様だった。ただコントローラーで操作することも出来るが、ヘッドセットマイクを使えば、自分の言葉で、自由にストーリーを展開できる。コンピューターの中には最新式のAIが導入されていて、どんな会話をしていても、的確な受け答えが返って来るという、そういう仕様だったそうだ......」


「それは、たしかにスゴイですね......」


「あぁ、凄い。だが、凄すぎたんだ......AIの性能は開発者が考えていたよりもはるかに高性能だったそうだ。ヘッドセットマイクを使用してプレイした人間を、引き吊り込むほどに......」


「えっ......それって......」


「集団催眠。ニュースではそう言われているが、本当のところはどうなのか、誰もわからない。なぜなら、システム開発をした人間も、同様に引き吊り込まれてしまったからな......」


 そう言いながら先輩は、飲み終えて空になった容器をゴミ箱に捨てて、病室がある所に向かう。


 先輩の後を追いながら、次第に見える病室に横たわる患者さん達は、先程と同様に皆、同じ状態で寝ていた。


 歩みを止めて、僕は先輩に尋ねる。


「それが、この患者さん達なんですか......」


 尋ねられた先輩は、いぶかしむ様な表情で、口にする。


「あぁ、ヘッドセットマイクを外しても、意識は戻らず。脳波を調べると、常に夢を見ている様な状態らしい」


「コレ......一体いつから......?」


「そのゲームが販売されてすぐだから、もうすぐ一年になるかな......」


「そんなに、長く......」


 そう言い掛けた所で、僕はあるモノに目が停まる。


「ん?どうした......?」


「いや......珍しくはないですけれど......コレ......」


 そう言いながら僕は、患者さんに刺された点滴の針の位置を、視線で促す。


 よく見ると、この患者さん達は皆、同様の状態である。


「あぁ、この前だったか......突然暴れ出した患者さんが大勢いたらしい。しかしそれでも変わらずに眠り続けていたそうだけれどな......危険だから、通常の腕に刺す点滴ではなく、皮下点滴に切り替えたそうだ......」


 その先輩の言葉で、僕は気が付いた。


 この人たちが皆同じように、腹部に針を刺す皮下点滴を、行っていることに......


 異様なその風景に対して、明らかに不謹慎で、失礼極まりないとは思うけれど、それでも、そう思い返す前に僕は、既にそう言っていた。

 

「......なんだか、臍の緒みたいですね......」





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アンビリカルワールド kumotake @kumotake

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