わたしの世界が、ちょっぴり変わった

 月曜日は、とても天気がよい日になった。


 一時間目の国語の授業で、わたしはこっそり、周りの友だちの手もとをのぞきこむ。

 隣の早智は、右手で消しゴムを使っている。

 流星も右手で、ノートがしわくちゃになるくらいに消しゴムでこすっている。


 これまで意識して、気にしたことがなかったけれど。

 みんな、消しゴムを使うときは、鉛筆を置いたり持ったりしたままで、右手で消しゴムを使うんだ!


 授業中、感心しながら眺めていたら。

 ついに、右手で鉛筆を持ったまま左手で消しゴムを使っている男子をひとり、見つけた。


「あの子、あんまりしゃべったことのない男子だけれど。うん、わたしと同じだ」


 発見したうれしさで、思わずつぶやく。


「ん? 日咲、なにか言った?」

「え? ううん」


 気がついた早智が、声をかけてくる。

 わたしは慌てて、首を横に振った。


 次の授業までの休み時間に、わたしは思い切って、その男子のそばに近寄った。

 これは、発見からくる喜びで、高揚した気分のなせるわざだ。


高本たかもとくん」

「え? ああ」


 高本くんは、突然話しかけたわたしを、意外そうに見る。

 普段のわたしと同じで、目立たない、おとなしめの男子だ。

 もじもじとしていたら、ほかのクラスメイトの興味をひいちゃう。

 そう考えたわたしは、すぐに思い切って確認してみる。


「ねえ、高本くんって、もしかして、左利きなの……?」

「え?」


 高本くんは、怪訝な表情から驚いた顔へと変わる。


「――うん。よくわかったな。なんで気づいたの?」

「うん。わたしも――左利きなの。だから、見ていて、そうかなって」


 思い切って言うと、高本くんは、表情をほころばせた。


「そうなんだ。気づかなかったな。黙っていたけれど、周りにいないから、言いだしにくくてね。ぼくは親から矯正されて。いまではすっかり、右手に慣れちゃっているけれど」

「うん。わたしも同じ」


 ちょっとうれしくなって、わたしたちの声が大きくなってしまったのだろうか。


「おまえら、ぎゃーぎゃーと、うるせえな!」


 ふいに、近くまで寄ってきた流星が、わたしと高本くんを睨んできた。

 虫の居所が悪かったのだろうか。


「あ、ごめん」

「ごめんなさい……」


 わたしと高本くんは、すぐに謝る。

 ガキ大将の流星の機嫌をそこねたら大変だ。


 そこで、わたしはハッと気がつく。

 土曜日の日、あのあとすぐにバタバタと鏡の中に向かったから、流星にお礼が言えていなかったっけ。


「あ、あの。流星、土曜日はありがとうね。いろいろと助かったし、うれしかった……」


 わたしは、素直に思ったままを口にする。

 とたんに、流星が驚いたように目を見開くと、すぐにニッと笑った。


「そうか。仲直りができたのか。よかったじゃねーか」


 そして、たちまち流星は上機嫌になって離れていく。

 わたしはホッとしたあと、なにやらわかっていない様子の高本くんに笑顔を向けた。


 給食のあとの昼休み。

 長めの休み時間は、もちろんクラスのみんなでドッジボールだ。

 かなり前から、わたしと早智は、外側ばかり。

 コントロールが悪くて、それて遠くに飛んでいったボールを、拾いに走る。


 今日もわたしは、飛びだしたボールを追いかけた。

 コートのところまでボールを持って戻ってくると、コートの中で中央の線ぎりぎりのところに立った流星が、両手をあげて叫ぶ。


「日咲! オレのほうに投げろ! 絶対、敵の陣地へ落とすなよ!」


 流星、プレッシャーをかけないでよ。

 そんな心の声は、当然口にだせない。


 わたしは右手でボールを持ち、フラフラとした体勢で振りかぶる。

 ――けれど。

 わたしは、投げるモーションをやめて、両手でボールを持ち直す。


「日咲! なにやってんだ。はやく、こっちに投げろって!」


 そう叫んだ流星を、真面目な顔でじっと見据える。

 そして、左手に持ち直して、振りかぶった。


 両手を広げ、まっすぐ見つめる流星めがけて、左手を振りおろす。

 自然と右足が前に出て、考える間もなく地面をしっかり踏みしめている。


 わたしのボールは、一直線に、流星の手のひらにおさまった。

 ぱぁん! と、いい音が響く。


「あ」


 わたしの口から、思わず声がこぼれた瞬間。


「なんだよ、日咲! おまえ、左利きかよ? サウスポーか? かっけーじゃねーか!」


 流星が、目を輝かせて叫んだ。

 早智も、驚いたように寄ってくる。


「すごい。日咲、コントロールばっちりじゃない」

「えへへ……」


 否定をされない、ほめ言葉をもらえて、わたしは思わず笑みをこぼす。


 なんだ。

 気にしていたのは、自分だけだったんだ。


 頭をかきながら、わたしが照れたような表情を浮かべていると、流星がコートの中から怒鳴った。


「よし! 新生日咲! おまえにオレの『命』をひとつ、分けてやる。中に入ってこい。ガンガン当ててやれ!」

「え……」

「ほら! 早くこい!」


 流星の言葉は絶対だ。

 意気揚々とは程遠く、わたしは、オドオドとコートの中へ移っていく。


「ほら。さっきみたいに狙っていけよ!」


 わたしは、流星にボールを手渡された。

 流星が指さす先は相手チームのボスで、普段は流星の側近男子だ。

 気が荒くて力持ち。

 いまも、ニヤニヤとした笑みを浮かべて、わたしを見る。


「ほら、日咲!」


 でも大丈夫。

 もう、いままでとは違うわたしだもの!


 わたしは、覚悟を決める。

 狙いを定めて大きく振りかぶった。


「えい!」


 わたしの投げたボールは、側近男子のど真ん中のお腹に命中する。

 けれど、当然ながら、そのままがっしりとボールを抱えこまれた。


「――あ」


 ニタリと邪悪に笑った側近男子は、すぐさま、わたしを狙ってボールを放つ。


「きゃあ!」


 逃げ切れず、悲鳴をあげて後ろに転んだわたしの足に、ボールが当たって大きく跳ねあがった。

 そのボールを、流星が飛びついて受けとめる。


「ひーなーたー? おまえ、なにやってんだよ!」


 怒りの表情で目を細め、流星が転がるわたしへ詰め寄った。


 そんなことを言っても……。

 だって、利き手で投げてコントロールがよくなっても、もともと運動神経は鈍いから、逃げ切れないんだもの!


 なんてことは、ガキ大将には怖くて口にだして言えなくて。

 頭をかきながら、わたしは流星に、情けない表情を浮かべてみせたのだった。



                                   おわり

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おとなたちにはナイショだよ? ~鏡の中のメルヒェン~ くにざゎゆぅ @ohrknd

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