エピローグ 意図

✱✱✱✱✱✱


急ぎで読んだ物語は、完結した。僕は赤ん坊を抱えながら、学校に戻った。

この物語の場所は、ここだ。そして、糸のある教室は、僕のクラスだ。


「はぁっ…はぁっ…!!」


「……?紬…さん…!?」


下校時間を過ぎても教室に残っていた生徒が僕を呼ぶ。いつもは僕になんて、話しかけもしないくせに。

僕はいつもいつも、クラスでひと言も発言しないような生徒だった。いじめられているわけじゃない。ただ、友達ができないだけ。

いつも1人だから、こんな手帳が落ちていることに気づいたし、今だって赤ん坊を抱きかかえながら走っている。


「いいから…!僕のこと気にしないで…!」


教壇の隅にひっそりと張られていた糸を切る。先生の机の中に糸切りばさみが入っていて良かった。

糸は熱く、夏を凝縮したみたいに赤かった。


片腕で赤ん坊を抱え、もう片手で糸を持って走る。僕には友達がいない。学校だって楽しくない。でも、生きてきたことに後悔はなかった。

まだ生きていたい。亀裂に挟まれて死ぬなんて嫌だ。

だから僕は亀裂を塞ぐ。手帳を拾ってしまった責任があるから。そして、僕自身を守らなくてはいけないから。


「うあああああ!!!」


持っていた糸を、力いっぱい投げる。

糸は亀裂に吸い込まれるように亀裂を縫い合わせ、鉄が溶けるように亀裂は硬く塞がれた。

腕の中の赤ん坊は僕の方を向いて微笑み、そして消えていった。


「ちゃんと、ここまで歩いてくるんだよ…」


亀裂のあった場所に向かって、そう呟いた。

あの赤ん坊なら大丈夫だ。だって僕なのだから。僕がここに生きていることが、何よりの証拠だ。


「…あれ?」


ポケットに入れていた手帳がどこにもない。赤ん坊と一緒に消えてしまったんだろう。

僕も1つ、書き加えておくべきだった。亀裂が現れるときは、手帳から現れ、異変が起き、亀裂が開く…という順番だということを。

そして、亀裂は季節関係なく塞げるということ。


「…明日は、誰かに声かけてみようかな…」


2年生になってから、まだ少ししか経っていない。これからの未来のために、人と関わりを持ちたいと思えた。いや、関わりを持てると思ったのだ。


だって僕は、未来を紡げたのだから。

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とある冬の黙示録 ハルシ @harusi444

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