赤子

✱✱✱✱✱✱


「あれが…亀裂…!!?」


空気が割れるように…というより、ビニールに穴を開けるようにぐにゃりと亀裂が開いている。それより、落ちてきた赤ん坊だ。


──これは、僕じゃないか?


親にアルバムで見せてもらった、昔の僕。赤ん坊の頃の僕が、ゴミ箱の中でうごめいている。


この亀裂の向こう側は、過去……


そう考えれば…あの猫が亀裂から出たものとして、腐っていたことに理由がつく。物語のなかでも、事故にあった子の骨が出てきたことにも、ある程度雪が溶けているにも関わらず雪が大量に落とされた事にも理由がつく。


そうだ、物語の方も何かが落ちてきた所で読むのを止めたんだ。この中に、何かヒントがあるかもしれない。


『ゴミ箱の中に落ちてきたのは、赤ん坊だ。昔の僕に見えるが、これは僕じゃない。赤ん坊の服には名前が書いてあった。


「僕のお父さんの名前だ…」


つまり、亀裂の向こう側は過去…

この赤ん坊は、何をしてでも亀裂の中に返さないといけない。直感的にそう思った。お父さんが過去いなければ、僕の存在は今に無いのだから。


「紬くん…この亀裂…ぐにゃってしてる。ほかのとは違うんじゃないかな…?」


由紀が妙に冷静になりながらそう言った。そうだ、生きているものが通ってきたのはここだけ。他の割れたような亀裂は、死んだものや無機物を吐き出している。

亀裂はなびくようにぐにゅぐにゅとうごめく。この亀裂はやっぱり、特殊なようだ。』


「あ!!だめ!!!」


開いた亀裂から、ガラス片が落ちてきた。僕は咄嗟にゴミ箱の中の赤ん坊を抱き上げ、ガラス片を避ける。しかし、完全には避けきれず、赤ん坊の頬に傷がついた。

それと同時に、僕の頬にも傷の跡ができる。

やっぱりこの子は僕なんだ。この子を守らないと、僕は確実に死ぬだろう。


『「紬くん、私思ったんだけど…教室のあれって、糸じゃない?…ピンって張られた糸は頑丈なものなら肉も切れるって。」


だから、先生は切れた。頑丈な糸は、ゆで卵を切るように、何でも切ってしまう。

…僕達の都合のいいように考えれば、あれを使えば亀裂を塞げるかもしれない。


「由紀っ…!糸切りばさみだ…!糸ならきっと切れる筈だ!」


「教室の、私の机の中に即席の裁縫道具がある…!紬くん…!私はここで亀裂と赤ちゃんを見てるから…!」


由紀の言葉に頷き、僕は走った。由紀はもう早く走ることができない。だから、由紀は待っていることを選んだんだろう。

教室に戻った僕は、由紀の糸切りばさみを手に取り、教壇に向かった。

うまく行くかなんて関係ない。賭けるしかないんだ。


和也たちは帰ってしまったのか、誰もいない教室で、糸切りばさみを握りこむ。軽く触れただけでは指は切れなかった。

糸は、恐ろしく冷たい。これは雪だ。冬が凝縮された、冷たい糸だ。

パチン、と軽い音を立てて糸は切れた。先は鋭く、針は要らなそうだ。


「由紀…!」


由紀の待っている公園まで走り、亀裂に目を向ける。徐々に開いていく亀裂は、巨大な何かを吐き出しそうで。


「紬くん…その糸で、私達の未来を…紡いで…!!」


亀裂めがけて、糸を投げる。糸は吸い込まれるように亀裂を縫い合わせ、縫い口を凍らせ、そして結んだ。

由紀の腕に抱かれていた赤ん坊は消え、至るところで開きかけていた亀裂も消えた。

どうやらあの亀裂は、リーダー格である亀裂を塞げば消えるらしい。


「お父さん…僕のこと…待っててね…」


あれ以来、亀裂は見ていない。

由紀は病院に通い続け、体調が前より良くなったみたいだ。和也は明るいまま、高校ではクラスの中心になっているらしい。僕は家庭家系の高校に進み、裁縫の技術を学んでいる。


きっとまた亀裂は開くだろう。だが、リーダー格である亀裂が開くのは✕✕公園で、糸が出現するのはその前にある学校の、2年✕組だ。


どうか、悲劇を防げますように。


✕✕中学校 2年✕組 町谷 紬』

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