由紀

 次の日。40人ほどのクラスメイトは今日までで15人にまで減ってしまっていた。だがクラスが合併することはない。クラスのどこに亀裂ができても逃げられるように、人と人との間隔を開けるためだ。


「…おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。ここのカムパネルラの言葉の意味、誰かわかるやつ…じゃあ、町谷。」


「えぇ…えーと…」


 国語の授業では、先生が教壇に立ち授業をする。教壇は血で汚れているが、気にするものはいない。それだけ先生が授業中に死ぬことが普通になっていたからだ。

 そして今は授業中。僕は当てられてしまったので仕方なく答えを考えた。


「紬、適当に答えちゃえよ。どうせ答えないぜ、これ。」


「カムパネルラが亡くなったこと表してるんだよ、紬くん…」


 和也がへらへら笑っている中、由紀が答えを教えてくれた。由紀は頭がいい。ここの所ずっと亀裂に怯えているが、学校には来ている。


「えーと、カムパネルラが…あ。」


 僕が視線を由紀から先生に移す頃には、先生の身体は真っ二つになっていた。

 亀裂じゃない。先生の身体はどこも失われていない。まるで、ゆで卵を糸で切った時のように断面は綺麗だった。


「ふっ、良かったじゃん紬。答える必要が無くなった。」


 和也は相変わらず楽しそうだ。いずれ自分も死ぬことが分かっていて、余生を楽しもうとしているみたいだった。

 亀裂が原因ではない変死に、クラスはざわついた。だが誰も先生の心配はしないし、笑っている人だっている。

 もう、僕を含めてみんなの感性は壊れてしまったようだ。


「つ…紬くんっ……はぁっ、はぁっ…せ、先生がっ…またっ…!へ、変だよみんなぁっ…!」


「由紀、大丈夫。ちょっと外行こっか。」


 ひょっとしたら、由紀だけがまともな感性を残していたのかもしれない。狂人にとって常人は狂人になるし、常人にとって狂人は狂人なのだ。由紀はおかしくなっていたわけではないのかもしれない。

 怯えて呼吸を荒らげる由紀を連れて、僕は学校の前の公園まで歩いた。


「みんなおかしいよ…どうして人が突然死ぬ事に慣れちゃうの…?」


「…諦めじゃないかな。和也も前は大人しいやつだったし…亀裂ができるようになってからだよ、異様に明るくなったのは。」


「そっか…、紬くん…私はきっともうすぐ死ぬからさ…もし紬くんに亀裂が被さったら…開く前に私が突き飛ばしてでも身代わりになるからね。」


 僕の後ろを歩いていた由紀は、突然そんなことを言い出した。和也に続いて由紀まで人生を諦めてしまったのか。それでも由紀の瞳に宿っていたのは、紛れもない決意と恨みだった。


「紬くんは、この亀裂をなんとかできる気がするから。」


「あはは…なんだよそれぇ…」


 僕と由紀は、下手くそに笑った。ついさっき人が死んだのに、もう笑い合えるなんて。

 なんだか全部がおかしい。この亀裂はどんな規模で出現しているのか分からないし、向こう側も分からない。面白くないが、もう笑うことしか僕達にはできなかった。


 ガコンッ!!


 せっかく、笑っていたのに。現実に引き戻された。


 ✱✱✱✱✱✱


 ガコンッ!!


 下校していて、なんとなく公園で続きを読んでいると、ゴミ箱に何かが入った音がした。最近、物語と同じことが現実に起こる。

 亀裂はないが、何故かクラスメイトは半分まで減ったし、先生はたまに折れて腐る。

 僕は恐る恐るゴミ箱に近づき、中を見た。


「ひっ…」


 ゴミ箱の中で何かがうごめいている。人間の手。小さい体。赤ん坊だった。

 ゴミ箱の上では、真っ黒な穴……亀裂が口を開けていた。

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