雪間丸殺人事件
このめづき
雪間丸殺人事件
では、「
例によって、私も、独自で調べは致しましたが、巷で言われる都市伝説以上の説明はできませんので、悪しからず……。
*
今から数十年も前、東北地方のとある漁村に、「
しかし、海に出てから二時間ほど経過すると雨が降り始めてしまい、さらに一時間もすると、本格的な嵐となってしまいました。天気予報等を見れば、というより船長からは、その後嵐となるとは火を見るより明らかだったそうですから、そんな日くらい、乗客も船長も、どちらかが予約を取り消せばいいのに、何ともまあ難儀なものです。その漁村は漁か観光しか食い扶持を稼ぐ手段がなかったらしく、その日のように、普段の漁の他に、釣りが趣味の人を乗せることが多々あったそうです。もしかしたら、船長が予約を取り消させなかったのかもしれませんね。
さて、嵐の影響で、船に搭載されていた位置情報システムと通信機器が見事にやられてしまい、早い話が、雪間丸は遭難してしまいました。
不安がる乗客と船員達。先に言ってしまうと、乗客及び船長らは、海に出てから三週間後に、死んだ状態で発見されました。
そして、その三週間の間に何があったのかを知る手がかりは、船長の遺した日誌にありました。
遭難してから一日もせず嵐は止みましたが、システムの復旧は叶わず、依然として雪間丸は遭難したままでした。二日もすれば、当然一行の間には疲労感も漂い、そんな緊張した状況を八歳児が耐え忍べるはずもなく、船長の息子は喚き始めました。ただでさえ狭い船上で生活を余儀なくされているというのに、船内にはただただ憤懣と苛立ちとが募っていきました。
そんな中で、乗客の一人の男性は、支え合えるような船員の仲間も恋人も無く、また彼のやや朴念仁じみた雰囲気も相まって、船上で孤立してしまいました。乗客の中でも特に、その彼が子供を嫌忌していたそうです。
それから……そうそう、三日ほど経ってから、遭難してからは六日目といった頃でした。彼が、恋人二人を殺害するという凶行に及んだのは。
ふふ、あなたにそんな表情をしていただけるとは、この話をしている甲斐があったというものです。ええ、世間一般の感覚であれば、まず最初に殺害するのは恋人の方ではなく子供の方でしょう。あなたも、そう思いませんか? ……ところで、あなたはどうやってこの場所へ……いえ、失礼致しました。気にしないでください、話に戻りますね。
さて、何故彼は子供ではなく恋人を殺害したのか。その動機を知るすべは、もうありません。もちろん、航海日誌にもそれが窺えるようなことは書いてありませんでした。船長もだいぶ動揺されていましたし、そもそも動機だなんて知る由もありませんから、当然ですが。おそらく、その男はどこか、常軌を逸していた、俗な言い方をすれば、頭のネジが外れていたと、そういうことでしょうし、それだけのことでしょう。
殺害の方法についてですが……一応、原則ですので聞いておきましょう、具体的な説明をしてもよろしいですか? それとも、婉曲な表現を……ええ、ははっ、そうですよね。ああ、すみません、当然ですよね、ここまで来るような方が……ふふっ、聞かないはずありませんよね。……いえ、笑ってしまったのは……いや。何故、でしょう……分かりません。……どうされました? 急にそんな、そう、不快にさせてしまったのであれば謝罪しますが……そうですか。では、続けますね。
ええと、殺害の方法について、でしたね。
凶器は、魚を捌くために船に積んでいた出刃包丁です。一応、備え付けの包丁の棚には鍵をつけて管理できるようになってはいましたが、包丁なんて船上ではしょっちゅう、というほどではないものの、よく使いますから、鍵だなんて面倒で使っていませんでした。結果、簡単に凶器として供されてしまったのです。
その簡単に凶器として供されてしまった包丁で、男は船内にいた恋人二人を、白昼堂々殺害したのです。一方は首を、他方は腹を一突きです。外に出ていた船長達は悲鳴を聞いて、その場に子供を置いて船内に入りました。
雪間丸には、元々船長が長期の漁に出るために、また観光客を乗せて漁に出られるように、三つの寝室、と言っても小さな寝具が置いてあるだけの狭い部屋が、廊下の右側にまとめて置いてありました。その日の部屋の割り当ては、奥から、船長とその子供と船長の友人の部屋、男の部屋、恋人二人の部屋です。
二人が中に入ると、廊下の奥には二つの死体が乱雑に置いてありました。まだ二人に息はあって、動いてもいましたし、呻いてもいましたから、正確に言うと死体ではありませんでしたが、まあ同じことです。
普通であれば殺人現場に居合わせてしまえば竦んで動けなくなってしまいそうなものですが、二人は勇敢にも男を取り押さえ、凶器を取り上げました。大の大人二人に押さえられ、男も身動きが取れなくなりました。
どれくらいの時間が経ったでしょう、暴れていた男が観念するよりも先に、不幸にも子供が中に入ってきてしまいました。当然、子供がそんな惨たらしい殺害現場を見て尋常でいられるはずもなく、パニックになってしまいました。それに気を取られて拘束が緩み、その隙に男が抜け出して、船長が奪っていた包丁を奪い返して、そのまま船長の背中を刺しました。先程まで男を取り押さえていたもう一人は突き飛ばされ、壁に後頭部をぶつけました。
男はパニックになっている子供を、まだ意識があった船長に見せつけるように、殺害しました。すると船長は絶望の顔で、ゆっくりと閉眼しました。船長の友人は壁にぶつけた頭を押さえながら、力を振り絞り、男に襲い掛かり、取っ組み合いの末に包丁を奪取し、何度も何度も、刺しても刺しても出血がなくなっても、何度も何度も、刺しました。何度も、何度も。何度も何度も何度も!
……ふう。失礼、少し熱が入ってしまいました。冷静なまま臨場感を演出するというのは、やはり、難しいものですね。
さて、男が死んでから、かなりの時間が経ったのか、あるいは刹那だったか、さも死んだかのように呆然としていた唯一の船上の生存者は、我を取り戻しました。そして他の全員が死んでいることを確認すると、自分に向けて包丁を向けたのです。
……そして、二週間後に通りすがりの漁船に発見されるまで、雪間丸は実に穏やかに、腐臭を乗せながら、海上を漂いました。
*
……と、以上が「雪間丸殺人事件」です。いかがでした? 質問ですか? ええ、受けますよ。……ああいえ、雪間丸を発見した漁船は、例の漁村とは別の所から来たものですよ。もう一つ? いいですよ。……ええ、そうですよ。航海日誌は、ここで途切れています。
雪間丸殺人事件 このめづき @k-n-meduki
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