不可

「――はっ?」


 声をあげる。


「おーい、こっちこっち!」

 ぽぽじろちゃんは新規入店してきたホホジロザメを手招きして、俺に紹介をした。「彼女はホホジロザメのメガロちゃん。のホホジロザメです」

「メガロです。はじめまして!」

 メガロと名乗ったホホジロザメが頭を下げた後、ぽぽじろちゃんはスマホを見せた。

 そこには『雌』と書いていた。

 俺は『男性』と書いている。


「私の勝ちですね」


「……なん――で?」

 喉から声を絞り出すと、ぽぽじろちゃんは大口を開けて笑った。

 ずらりと歯が見える。

 捕食者の歯。


「彼女は私が呼びました。あなたのホームグランドで、人間とサメが手軽にできるゲームを問うと、十中八九このゲームになると思っていましたから。頃合いを見て彼女に入店してもらうことで、私が必勝となる」

「おっ……俺がこのゲームを提案することを読んでいたと?」

「ええ」

「ぐっ――だけど、だけど! こんな作戦は一回こっきりの手だろう。俺がもし『女』って書いていたら? 引き分けじゃないか」

「いいえ」

 ぽぽじろちゃんは力強く首を横に振った。


「男、女はを指す言葉です。広辞苑にもそう書いています。だからメガロちゃんの性別は『女』ではない。正しく『雌』と書いた私だけの勝利です」

「――――ッッ」


「思考さん。知恵比べって言うのはこういうことを指すんですよ」


 完敗だった。


 完敗した俺がうなだれていると、頭を包み込むように声が響いてきた。


「私はあなたよりも頭がいいので――あなたを食べても文句は言いませんね」


 それが俺の聞いた最後の言葉だった。


**


 店内に血が飛び散る。

 思考と名乗っていた人間の、首のない死体が机に突っ伏した。


「さて、人間の言質も取ったことだし、行きましょうか、メガロちゃん」


 人間はこれまで、捕食する側の動物だった。

 知性があり、集団があり、彼らはどの生物よりも種として優れていた。


 しかし、今日からは違う。


 この世界で最も強く、賢く、美しい生物は、人間ではない。


 サメだ。サメになったのだ。


 ぽぽじろちゃんの合図を元に、海から大量の鮫が飛んでくる。大気を泳ぐ。まずは東京。首都圏。そして日本を制圧する。

 幸いサメには協力してくれる人間たちもいた。

 海洋動物を守ろうとする団体。

 彼らのバックアップも受けながら、サメたちは地球の勢力図を塗り替えるべく進軍した。


 首が飛ぶ。血が散る。種が飛び散る。


 海に逃げても陸に逃げても意味がない。

 サメは泳ぐ。サメは飛ぶ。サメは潜る。サメは走る。


 扉を閉めても、鍵をかけても、窓を補強しても関係ない。


 サメが、来る。


 サメの時代が、来る。

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フカ 姫路 りしゅう @uselesstimegs

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