付加

「知恵比べ? なんだ、将棋でも指せばいいんですか?」

 そう聞くとぽぽじろちゃんは首を振った。

「それは時間がかかりすぎます。もっと単純なゲームが何かあればいいのですが」

「用意していないんですか?」

「用意しようかとも思ったんですが、得体のしれないサメが持ってきたゲームで負けて、あなたは納得できますか?」

 できなかった。

 ぽぽじろちゃんはどうやら思った以上に気遣いができるらしい。

「なので、この場で何か即興でできるものがあるといいのですが」

 それを聞いて俺は考える。

 ぽぽじろちゃんにゲームで負けたら、俺はいったいどうなるのだろうか。


 ――食われるのか?


 いや、このサメはある程度の知性はありそうだ。

 こんな街中で人間を食い殺したら、自分の命が保証されないことくらい理解しているだろう。

 それに、ある程度知性があるとはいえこいつはサメだ。

 知恵比べで負けるはずがない。


 そう思った瞬間、俺の脳に閃きが走った。


「ありますよ。簡単なゲームが」


 それは、公平性があるように見えるものの、俺が必ず勝てるゲーム。

 

「次に入ってきたゲームはどうでしょう?」

「性別を当てる?」

「ええ。お互いに紙やスマホに性別を書いて、次、扉を開けて店内に入ってきた客の性別が当たっていたほうの勝ち。引き分けの場合は再戦」

「……それは、知恵比べというよりも運ゲーではないでしょうか?」

 俺は首を横に振った。


「フェルミ推定をご存じか?」


 フェルミ推定とは、実際に調査することが難しいような捉えどころのない量を、いくつかの手掛かりを元に論理的に推論し、短時間で概算することである。


 例えば

Q.日本に電柱は何本あるか?

 という突拍子もない問題に対して、

・日本の国土は40万平方キロメートル

・日本の平地は20%ほど

・経験則的に、50メートル四方に1本は電柱がある

 という仮定を重ねて計算し、

A.3200万本

 と算出するのがフェルミ推定だ。


 今この場においては、

Q.次に喫茶店へ入ってくる人間は女性か? 男性か?

 という問題に対して、

・時間帯

・そもそも屋外にいる人間の性比率

・喫茶店のブランディング

 などを加味することで、次に入ってくる人間の性別がわかる。


「だからこれは立派な知恵比べであり、学問なんです」

「なるほどです」


 そして俺は、経験則からの付加情報として、


 俺は紙に「男性」と書いて伏せた。


 ぽぽじろちゃんもスマホにメモを書いて伏せる。


 緊張の一瞬。


 カランコロンと音が鳴り、次に入ってきた客は――



 ――ホホジロザメだった。

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