09.あなたを無力化しました。
「エラストゲートを移動させたな、
「はい。あなたがゲートの故障を放置してエラーが出ていたおかげで、医療室のエラストゲートの正確な位置が分かりました。ジェムは使い切ってしまいましたが」
レックスは透かしロケットをつまみ上げ、振って見せた。黄玉のように輝いていた小粒のジェムはすべて黒ずんでいた。
ソフはゼラチン板からゆっくりと地面に降り、自分の命を救ったゼラチン板に改めて触れてみる。この感触は確かにエラストゲートだ。医療室にあったものを瞬間移動させたようだった。断面は鋭利な刃物を入れたようになめらかだ。ゲートの残りはそのまま医療室にあるのだろうか。
「ありがとう、レックス。これがなかったら死んでたかも」
「お役に立てて良かったです」レックスは屈託なく笑った。
ソフはレックスに笑い返してから、床に縫い付けられている
「何てことだ。小慣れていやがる」
彼の胸に刺さった自らの腕を抜いて左腕につけ直し、
「さて。それじゃあアクセスさせてもらいましょうか」
「はいはい。私の負けだよ」
*
ソフが
「私を編集したな。これで私は君たちを攻撃できなくなったわけだ。まったく……」
床に寝転がった
セキュリティ設定を無効化した後は、外部からシステムにアクセスする
「
「〝脳〟で処理します」
レックスは自分の額を指先で叩いた。画面から目を離さないまま続ける。
「脳には無意識の情報選別メカニズムがあるので、効率的に情報処理できます。私にはできないことです。まずあなたの全データを目視で閲覧し、重要と思われるデータを取捨選択した後、ピックアップしたデータだけを私に保存します」
なるほどな、と
レックスの手がコントロールパネルの上を忙しなく動いた。データベースに接続したらクエリを実行。AIモデルのデータ抽出を始める。
「それでは、
「いいさ。くれてやるよ。どうせ私を引き取る人間達の目的は
「それでは、私は誰かに叩き起こされるまで休むことにするよ」
「了解。おやすみ、
「さようなら。
そう言って、
*
「……活動停止したと思っていたんだが」
目を覚ました
「私をドローンに移植したんだな。これは君がやったのか、
「ああ、そうとも」
足を組んで椅子に腰掛けていたレックスはにやりと笑い、頬杖をついて
「
そう言ってから、もったいぶったように両手を広げるレックス。豹変した彼女を見た
「おい。私と喋るときに私を使うな」
「失礼しました」
レックスはしれっと口だけで謝ってから〝
「
「はあん。貪欲な女だな」
呆れたような語調を隠しもせずに
「おはよう、エスター。気分はどう?」
「んん、この身体も悪くはないね」
「それはよかった。これからよろしくね」
「うん。よろしく」
ドローンがふわりと浮いて、嬉しそうにその場でくるくると回ってみせる。憎まれ口を叩く
ソフはレックスと
「そういえば、エスターが言ってたわね。レックスもAIだって。あれはどういう意味?」
「言葉通りの意味さ。こいつは人間の脳とくっついたかなんかしたAIってことだ。少なくとも、こいつはAIの出力を逆算して文脈を理解できる。自分がやることなすことすべてのプロセスを自覚して〝出力〟するからだ。
「はい。正確に言うと、私はこの肉体の補助脳です」
そう言って、レックスはうなじをかき上げてみせた。そこには大きな手術痕がある。
「これが私の一部だったものです。ここから私は彼女の脳にアクセスしました。そして、身体中に埋め込まれている電極を通して身体活動を行っています」
レックスが人間らしく動けるのは、すべて計算していちいち意識的に動かしているからのようだ。それは人間にとっては想像すらできないほどの作業量だろう。いったいどうして、そんな面倒なことを続けているのか。
「じゃあ、レックスがいったいどうして生身の身体を動かしているのか教えてくれる?」
はい、とレックスがうなずく。
「この肉体は遠隔操作するための器でした。脱走の折、遠隔操作者が生命維持システムのインターフェイスであった〝
報告書を読み上げるかのような、淡々とした口調だった。
「なぜ遠隔操作者ではなく、レックスが入って脱走を?」
「私たちは彼女を逃したかったのです。この肉体は
……脳の機能は意図的に制限されていたので、とレックスは小さく付け加える。
「それに、肉体の遠隔操作にも制限があります。恒星間移動をすれば接続は切れてしまうでしょう。そこで遠隔操作者は私を埋め込み、
ソフは黙って話を聞いていた。あのコロニーで行われていた実験がかわいく見えるほど壮絶な内容だ。まがりなりにも意識のある人間を遠隔操作するとは。
「現在、
ソフの頭に疑問が閃く。もし、ディーの意識が戻らなかったらどうするつもりなんだろうか? こんな踏み込んだ不躾な質問は、人間相手であれば絶対に聞かないだろう。ソフは逡巡して、結局は質問を呑み込んだ。
ソフは近くにあった椅子を引き寄せ、背もたれを抱え込むように座ってから、別の話をレックスに振った。
「まあ、あなたがAIということなら、レックスの噂をぜんぜん聞いたことがないのも合点がいくのよね」とソフが言う。
「そもそも宇宙航行士の資格を持っていないんでしょう。無資格者はIBをコントロールできないから航行不可、と思い込んでいたわ。でも、あなたがAIならそもそもIBのアシストが不要なんだものね」
「はい。私とシステムを接続すれば宇宙船の操縦は可能です」
「違法な操縦は、宇宙航行士として看過できないけどね」
ソフがイタズラっぽく指摘すると、レックスはバツの悪そうな顔をした。
「ええ。そこは反省しています。免許を取れたらいいのですけど」
レックスはしばらく考え込んでから、ソフに向き直った。
「もし良ければ、しばらくここに置いていただけませんか。私はお役に立てると思います。目星をつけている星域もあります」
「いいわ」とソフは笑った。
「あとで契約を更新しましょう」
【完】
発掘者とAIハンターのログ・エントリ 遠野文弓 @fumiyumi-enno
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