俺とボクと私はトライアングルな幼馴染

橘塞人

第1話

 俺、中井川大輝(ナカイガワ ダイキ)と左門悠(サモン ユウ)・右近由佳(ウコン ユカ)は同い年の幼馴染である。十字路の交差点の3点にあるそれぞれの一軒家で生まれた俺達は、赤ん坊の頃から多くの時間を一緒に過ごしていた。

 俺達は大人になっても、爺さん婆さんになっても一緒だよ。幼稚園の頃までそう誓っていた俺達が、絶望にぶち当たったのは小学校入学直前、幼稚園時代の末期だった。


「お、俺だけ小学校が別?」

「そうなのよ。残念ねぇ、2人と離れちゃって」


 母は笑いながらそう言った。そう、小学校の学区の境目が十字路の交差点の真ん中に引かれていたのだ。

 いやだぁ。おでだけべつのがっごうなんで、いぎだくなぃぃぃぃ……

 おもちゃ屋で手足をジタバタさせながらギャン泣きする子供と同じように、ガチで泣き喚いたというのは俺の最も恥ずべき黒歴史だ。


「一緒に遊んでやるから、寂しがるなよ」


 黒いランドセルを背負った悠は、泣き喚いた俺の頬をつつきながらそう言った。その顔は面白そうに笑っていた。

 俺のことをしょうがない弟とでも思っていたのだろう。ああ、確かに俺は悠よりも誕生日が遅い。だが、その差は一週間だけだ。お前は自分で言う程兄じゃねぇ。


「そうよぉ、お家帰ればまた一緒だからねぇ」


 ピンクのランドセルを背負った由佳も、泣き喚いた俺の頭を撫でながらそう言った。その顔も面白そうに笑っていた。

 やはり俺のことをしょうがない弟とでも思っていたのだろう。ああ、確かに俺は由佳よりも誕生日が遅い。だが、その差は3日だけだ。お前も自分で言う程姉じゃねぇ。


「…………」


 小学校に入ったばかりの俺は、しばらくは憂鬱な気持ちを抱えて青いランドセルを背負って登校していた。親しい友達は誰もいない。俺は学校では独りだ。子供心ながら、そんなことを思っていた。

 小学校に通うようになってしばらくすると、俺もまた小学校内で友達ができるようにはなった。それによって憂鬱な気持ちは次第に楽しい気持ちになりはしたのだが……

 小学校に通う時、2人並んで登校していく悠と由佳に背を向け、1人になる俺。それはこれからの俺達の有り様を示しているのではないか? その予感は心の何処か片隅に突き刺さっていた。






 小学校も中学年くらいになると、俺と悠・由佳との差はさらに大きくなっていた。悠は美少年になっていたし、由佳は美少女になっていた。俺は……まあ、普通だな。

 クラスの肝育のように女子から嫌われている訳ではないが、好かれる要素もない。そんな感じ。

 それだけならばどうということはなかったのだろうが、悠・由佳は美少年&美少女である。そのことが、俺に普通であることに対するコンプレックスを植え付けた。

 俺は2人と一緒にいるのに相応しくないと。


「今放送している放送戦隊テレビマンはすっごい面白いよなぁ。あの変身ポーズも熱いぜ」


 小学校中学年になっても休みの日に俺の所へ遊びに来る悠よ、俺は知っているのだよ。


「このクッキー、私とお母さんで作ったの。ダイちゃんにもあげる♪」


 小学校中学年になっても何かと俺の所へ来る由佳よ、俺は知っているのだよ。

 君達が登下校時や色々な時に手を繋いでいることを。俺は自分の手を見て、そして手を繋ぐ2人を見て、2人はいずれ結婚して夫婦になって、俺はただの時々会うかもしれない友達でしかなくなるのか。俺はそう確信していた。

 俺は他所に行かなければならない。その思いもあり、何かしなければという焦りもあり、俺はサッカーを始めた。父と一緒にサッカー中継を観るのは結構好きだったし、走るのも結構好きだったし、サッカーは自分に合っているような気もしていた。

 俺は両親に頼んでサッカー教室へ入れてもらった。練習を頑張ってみると意外と才能もあったようで、そのサッカー教室ですぐに活躍出来るようになった。そして、そのサッカー教室の先生が勧めるままに地元のプロチームのジュニアのセレクションを受け、合格まで出来てしまった。


「活躍しているじゃないかぁ」


 小学校高学年になってジュニアチームの試合に出れるようになってくると、俺の両親だけでなく悠・由佳もまた練習試合を見に来るようになった。悠には一応、サッカーやってみないかと誘ってみはしたが、あまり興味はなさそうでサッカーを始めるということはなさそうだった。まあ、そうかなという予感はしていたが。

 ただ、それでも練習試合を見には来る。それは正直、嬉しかった。


「怪我はしないように気を付けてよね?」


 由佳もまた、母親と一緒に作ったという弁当を持って、ほぼピクニック気分で練習試合を見には来る。ルールが分かっているかも怪しそうだが、つまらなそうにはしてないようだった。

 その由佳が来るのもまた、俺には何処か嬉しいものではあった。他所に行かなければならないという気持ちは消えていないけれど。


「で、今日の試合でハットトリックをキメた大輝君、正直に言いたまえ。学校で女子にモテるだろ?」

「んあ?」


 ある日の練習試合後、悠が俺の肩にのしかかってそう絡んできた。絡んで訊いてきたのは、全然見当違いのことだった。

 俺は正直に答えた。


「全然?」

「ホントにぃ? 運動出来る子は女子受けいいでしょ?」


 さらに由佳もまた絡んできた。悠に同意見らしい。

 俺は学校の教室内でのことを思い浮かべてはみたが、残念ながら俺の周囲の状況は小学校中学年の頃と何も変わらない。男しかいない。

 というのも……


「俺がサッカーやっているのを知りもしないんじゃないか?」


 まあ、良く言えば嫌われてはいない。ただ、悪く言えば興味を持たれてすらいない。知ろうと思われてすらいない。そんな俺なので、ジュニアチームでサッカーやっているって情報が行くこともないのだろう。

 そんな俺の回答を聞いて、2人は安心したような顔をした。


「それは良かった」

「そうね」


 2人は酷いことを平然と言ってのけた。俺はお2人さんとは違って特定の相手がいないのですよ? ずっと独身で、独りぼっちでいろとでも?

 と、そんな酷いことを考えてはいないんだろうけど、それでも俺はちょっとモヤモヤした。

 そんな俺達は小学校最終学年、6年生となった。






「やったな!」

「やったわね!」


 ジュニアチームからジュニアユースへの昇進を決めた俺は、地元の中学校に通いながらその練習に参加を続けることとなった。その進路を聞き、悠・由佳は嬉しそうに笑った。

 そうなったのは、中学校の学区は俺達3人で分かれなかったからだ。公立ならば一緒の学校へ通えるのだ。

 まあ、俺も再び2人と同じというのは嬉しくもある。ただ、その頃の俺はもう小学校入る直前の時のような思いまではなかった。

 いやだぁ。おでだけべつのがっごうなんで、いぎだくなぃぃぃぃ……

 うん、黒歴史だ。お2人さんは相変わらず仲睦まじくありそうだしね。


「大輝、中学入る準備は進んでるの?」


 母に急かされつつ中学校に向けて準備をしていた俺は、小学校時代の最後の方をとても忙しくしていた。主にサッカーとか、サッカーとか、サッカーだったが。

 と、そうしている内に中学校入学は翌日のこととなっていた。


「入学式には一緒に行こう!」

「一緒に行くわよ!」


 お2人さんからLINEでそう言われた俺は、「りょ」とだけ返して眠りについた。

 そうして中学校入学式の当日、初めて着た制服を身に纏って家を出た俺は、悠と由佳の姿を見て目を丸くした。


「おう、来たか。じゃあ、行こうか」

「そうね。行きましょう」


 2人も制服を着てはいた。ただ、2人共同じ女子の制服を着ていた。え? ええ?

 悠は自分のスカートの裾を抓みながら困ったような顔で笑った。


「スカートなんか殆どはいた記憶ないしさ、スースーして違和感がハンパないわ」

「悠ちゃんも女の子なんだから、もっと可愛い恰好すればいいって昔から言っているじゃないの。それを聞かないからそうなるのよ」

「ええ、でもそれってボクのキャラじゃないしなぁ。大輝もそう思うだろ?」

「ウ、ウン。ソウダネ。ユウノスキニスレバイインジャナイカナ」


 悠、お前は女子だったのか!?

 その言葉はどうにか飲み込んだ。さすがに言ってはならない、言ったら何言われるか分かったもんじゃないというのは分かったからだ。


「そんな訳で、これからもよろしく頼むよ。大輝」


 件の悠は俺の右手を絡み取りながらそう言って、微笑んだ。

 男にしてはちょっと長めの髪だと思っていたその姿は、女子と思って見ればボーイッシュな美少女のそれだった。


「私のことも頼むわね、ダイちゃん」


 由佳もまた、俺の左手を絡み取りながらそう言って、微笑んだ。何か相変わらず気が合っているのね、お2人さん。

 その俺の右側で、悠が左側の由佳へ告げた。


「由佳、ボクは負けないよ」

「あら、何のことかしら?」


 ハハハハ。フフフフ。2人は向かい合って笑った。

 俺には何のことなのか分からなかった。ただ俺達の中学校生活は、俺が昨日まで思い浮かべていたものとは全く違うものになるだろう。

 そんな予感だけはしていた。

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