第12話 未来に向かって

・テレビの人?

 毎月の下郷の練習日は部活も休みにしていた。響にとっては下郷のお囃子は「テンツク同好会」が話題になってもかけがえのないものであることにまったく変わりがなかった。それどころかこのおはやしがあったからこそ今の楽しい時間があると思えていた。

いつも通り練習時間より早めに自治会館に着いていた響をからかうように文二が話しかけた。

そんな文二に響は「やめてよ文ジイ。響はいままで通りの下郷のお祭り好きな子のまんまなんだから」

「そうじゃった、そうじゃった」響きの活躍を心から喜んでいた文二はいつもに増して笑顔で響をながめていた。

練習時間までの間、文二と一緒に太鼓の準備をしていると小学生が集まり始めた。驚くべきは先月までは見たことない子供たちが増えていたのだ。

「文ジイ。なんか子供増えたね」響が尋ねると

「わからんかな。響ちゃんアンタだよ。この間のテレビ見た子たちが入会したいと5人も来てな。わしもびっくりしとるんだよ」

こどもの少ない地区である下郷にとって5人も入会するなんてことはここ数年いや10数年なかったことである。響は文ジイに恩返しできたような気分になり自然と笑みがこぼれていた。


同じような出来事は街の各囃子連でも起こっていた。本町でもたくさんの入会希望の子供たちが来ていた。

こっちで茜音が「あぁ~うるさい!静かにして。メイそっちに1人いったから捕まえて!」と言えばあっちで光が「バチは太鼓叩くもんだから振り回さないの。もう子供嫌いになりそう・・・」賑やかな練習風景になっていた。

その姿を奥で座ってみていた辰雄達は笑いながら話していた「元気で結構。でもこれからは気軽に飲みながらの練習ってわけにはいかんかな・・・」


・舞の悩み

 「テンツク同好会」は街のお囃子にも好影響をあたえていることはお囃子をするものならだれもが認め始めていた。メンバー達も他の囃子連の知らない大人に声を掛けられることも多くなっていた。

 しかし、いつものようにフードコートで話している5人は依然と全く変わらないお囃子好きの高校生であった。

「舞。何か元気ないなぁ。なんかあった?」いつも大人しい舞であったが茜音はいつもと違う様子を感じ取っていった。

「実は・・・」舞は重い口を開き始めていた。

他の4人と違い、舞は小学生の時に別の街から引っ越してきた子であった。そのためか、両親のお祭りに対する理解は若干薄いようで「テンツク同好会」の話題が盛り上がれば盛り上がるほど成績のことを気にしている両親の言動が気になっていたのそうだ。

「2学期の成績がたまたま良くなかったのもあって、今度の学年末テストは大丈夫なの?って聞かれて『うん』とは答えたのだけど成績が下がるようなら部活はお休みしなさいって言われてて・・・だから」

「テスト次第でってこと」茜音が気持ちを汲みとった質問に舞はコクリと頷いた。

5人は天を仰いだ。そうはいっても高校生。親に成績のことを突かれると言い返せないのはしょうがないことであった。

 響は吉本に以前この「テンツク同好会」の顧問を何で引き受けてくれたのか聞いたことがあった。その話が今、自分たちにも振りかかってきたのである。しかし、この仲間たちは違っていた。

「そっか、でもがんばるしかないか」教えられるもんなら教えてあげたいがメンバーの中で勉強に自信のあるものは一人もいなかった。

「英語が何とかなれば大丈夫だから。みんな心配させてゴメン」舞は自分に言い聞かせるように首を振りながら答えた。

「じゃ、テストまでの間、練習時間は短くしてここで一緒に勉強しようよ。私もみんなとなら家でやるよりやる気出るし!」メイの提案にみんなが笑顔で頷き勉強会をすることになった。


・特別講師

 勉強会は毎日続けられていた。お互い聞きあいながらする勉強は確かに家で一人でする勉強よりもはかどっている気がしていた。問題は誰もわからない時の解決法だけだった。


「は~い、皆さんお勉強がんばってますか?」金髪の女性が勉強しているところに話しかけてきた。「光!何その髪」メイが驚き声をあげた。

「試験前に気分転換。金髪にしたら英語も上手になりそうな気がしてね」光は中学の時も成績優秀で特に英語は一度も学年1位の座を他の人に譲ることはなかった。

「おぉ、そうだ光も一緒に勉強しようよ。どうせ家じゃやんないんでしょ」茜音が水を向けると「まあね、うちは辰っちゃんが私が帰るころには酔っぱらってうるさいからね。いいよ一緒にやりましょうかね」

その言葉を聞き「舞。わからない事あったら、光に聞けば教えてくれるから」茜音は耳打ちした。舞は茜音にだけ聞こえる声で「うん。ありがと」とささやいた。


 かくして高校生の戦いの場はライブ会場から本分である勉強に向けられた。運命のテストまでは1週間を切っていた。


・友達パワー

 1週間が経ち、5人は(光も入れれば6人だが)机に向かい戦っていた。まさに運命の戦いであった。成績次第では解散の危機もある天王山、桶狭間、川中島、関ヶ原の戦いである。

5時間目を終えすべての試験を終えた後、校門にメンバーの姿が一人また一人と集まりだしていた。約束したわけではないが・・・


「みんなありがとう。珍しく英語バッチリだったの」

「ヤッター!」人目を気にせず5人は万歳しながら叫んでいた。舞だけが恥ずかしそうに胸の前で小さく万歳していた。


 試験の結果はみんな予想以上であった。メイに至っては生まれて初めてお母さんに勉強で褒めらたらしい。もちろん舞も両親にいい報告として成績を見せられたそうである。

 ちなみに成績発表当日の夕方、フードコートでは光先生にポテトとドリンクが5人からサービスされたという。


・新しい春に

 吉本は年度末の仕事に追われていた。来年のクラス編成や授業の計画など慌ただしい時期を過ごしていた。しかし、教師になってこの1年は忘れられない充実した生活だった。

 仕事に追われる中でも帰り際に物理準備室を覗くと力をもらえていた。あの時思い切って声を掛けた自分にそしてここまでワクワクさせてくれた生徒たちに感謝してながら、窓の外を見ていた。校門の桜はもうすぐ花を開かせそうな大きなつぼみになっていた。


「今年ももうすぐ咲きそうじゃな」自治会館のカギを早めにあけ、縁側に腰かけ文二は向かいの眼下の川沿いの桜を見ていた。

「文ジイ、今日は早いのね。さあ、準備しよ!」

「そうじゃな。さぁやろうか」いつもの屈託のない響に連れられ来週に迫った村まつりである下郷神社のお祭りに向けての練習が始まっていた。

次第に集まってきた子供たちの声に文二の顔はいつもの笑顔であった。


 3学期も終業式を迎え、5人も無事に一年生最後の日を迎えていた。校門の前で記念撮影をすると

響が校門の桜を見上げ「咲いたね。初めて会ったときは満開だったのにね」

「ホントだ。ねえ来年もみんなでここで写真撮ろうね」メイが言うと

「うん。」5人は顔を見上げながら答えた。


 こうして始まった「テンツク同好会」は2年目の春を迎えようとしている。

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テンツクEpisode1 @nidaimesaijirou

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