第11話 お囃子は電波に乗って

・ 特集番組

 坂井野は関東テレビ内においてドキュメンタリー番組やニュース番組のいわゆるスタジオの外に出て取材したVTRを放送する番組をいくつか担当しており、得意としていた。今回のドキュメンタリーもそのうちの一つである「全力熱中さん」というあまり知られていないジャンルの頑張っている人を紹介する番組であった。金曜日の夜10:00~の30分の番組で関東テレビの番組でも珍しい8年続いているに人気番組だ。吉本から学校からの承諾の連絡を受けた坂井野は早速、奥武蔵高校に打合せに向かった。


 校長室に通され挨拶を交わすと、坂井野は自身もお囃子をやっていること、先日の大祭でもメンバーたち興味があり話を聞かせてもらっていること、夏の野老フェスでの活躍の話題についてなど熱っぽく語り今回の撮影にも学校に協力してもらえるようにお願いした。

その話を受け校長も快く協力を約束してくれたのだった。

 

・ 作戦会議始まる

 校長室での挨拶を終えた坂井野は、吉本の案内で用意された教室に案内された。

「さあどうぞ、みんな揃ってますんで」教室の前の方には5人が座って坂井野の到着を待っていた。教壇に促されて坂井野は全員を見まわし口を開いた「みんな今回はよろしくお願いします。君たちの制服姿を見て改めて凄い高校生たちだなって感心してます。普通の高校生が僕も大好きなお囃子で頑張っているところを精一杯テレビで伝えたいと思います」

「よろしくおねがいします!」切れのあるお囃子と同様の揃った声が教壇に両手着いた坂井野に返ってきた。

「とまぁ堅い挨拶はこのくらいにして」坂井野の口調を急に柔和に切り替えると番組の内容について説明が始まった。

 普段の学校生活や何気ない会話、放課後の練習風景、学校帰りの寄り道など普通の高校生の部分とお囃子に対する情熱の両方を見せたいというものだった。最後は体育館で全校生徒の前で演奏しているところを撮影したいというのが全体像であった。

 撮影は来週。朝から1日密着で撮影という予定で翌日に体育館での演奏シーンだけ撮ることが説明された。


・ 撮影順調なり

 撮影日の朝、響はいつものバスに乗って奥武蔵駅の北口に降りた。

「おはよう、石川さん」

声を掛けられ振り返ると坂井野とカメラマンが待っていた。

「あっ、お・おはようございます」慌てて挨拶をすると、「通学風景も撮っておこうと思って待ち構えてたんだ。驚かせてごめんね。早速撮影スタートさせてもらうよ」

「え!そうなんですか。何すればいいんですか?」

「ハハハ。普通に学校に向かって歩いてもらえばいいから。そんなに構えないで」

そういうとカメラマンに合図を送ると、カメラのレンズの上にある赤いランプが点灯した。

ぎこちなく歩き始めた響に坂井野はたわいもない質問をしてきた。次第に会話が弾むようになると響の緊張もほぐれカメラを意識することもなくなりいつもの自分を取り戻していた。

 学校近くの交差点を過ぎるとメイと茜音が歩いているのが目に入ると響は

「メイちゃん、茜音ちゃんおはよー」と駆け出し二人を追いかけた。

「ちょっと石川さん」あわてて坂井野とカメラマンも走り出した。

 校門のところで響に追いつき「いやぁ、いつも通りって言ったけどいきなり走り出されると困るよ」両手を膝に付き、肩で息をしながら話す坂井野の姿に響は撮影していたことを思い出し、「ごめんなさい」と90度に体を折り曲げ何度も謝った。メイと茜音は声を出して笑っていた。

 

 学校側の協力もあり順調に撮影は進んでいた。日中はメンバーのいる教室の授業風景を順番に撮り、休み時間や昼食ではメンバー以外の奥武蔵高校の生徒たちにも気さくに話しかけ多くの高校生の素顔を撮影することができた。


 放課後、吉本に連れられ物理準備室と書かれた部屋に案内されると普通の教室の3分の1にも満たないその部屋に使い込まれたお囃子道具が一式しまってあった。「ここが道具置き場なんですね」吉本に聞くと「いいえ、ここがテンツク同好会の部室兼練習場所です」という答えが返ってきた。考えてみれば当たり前である。高校入りたての生徒が新しい部活動を始めたいと訴え、なんとか学校に認めさせてできた「テンツク同好会」である。活動場所を確保するだけでも大変だっただろうことは想像できた。改めてこの高校生の挑戦に一人のお囃子好きとして感動していた。


 物理準備室には程なくしてメンバーたちが集まり始めた。明日の体育館での緊急ライブがあるため練習にも熱が入っていた。5人ともお囃子を練習している間はカメラを気にすることもなくひたすらに手を動かしていた。ひとしきり練習し休憩していると響が坂井野のところへやってきて話しかけた。

「せっかくなんで中庭も撮影してあげてもらっていいですか?」

「中庭?」不思議な表情を浮かべる坂井野にメイが「そうだよね。彼らも大事なメンバーだもんね。坂井野さん早く早く!“」メイに背中を押され中庭に出るとスマホにつながれたスピーカーからお囃子の音が聞こえてきた。そのスピーカーの先には3人の男子生徒が汗をかきながら制服のまま一糸乱れぬダンスを踊っていた。

「ユーキ君。テレビの人連れてきたよ」

「君たちが、野老フェスの時、演奏に合わせて踊ってたダンサーだったのかい」

「ユーキです。明日の体育館の話を聞いて、一緒にって誘ってくれたんで僕らも出させてもらうことにしました。大丈夫ですか?」

「大歓迎だよ。僕はフェスに行けなかったから後からキレキレのダンスとお囃子が最高だったて聞いて見たかったんだよ。明日は楽しみにしてるよ。それと、ここの練習もバッチリ残しておくからね」

 放課後の練習も終わり、坂井野に学校帰りの寄り道先を案内してほしいと言われたメンバーはお決まりのフードコートに向かった。山盛りのポテトフライに思い思いのドリンクを取りいつもの席に陣取った。カメラが回り始めてたわいもない会話を始めてしばらく

「お待たせ~明日のライブの準備は万端かな?」

「あっ、光。なんでここに居るのわかったの?」声にしたメイだけでなく5人が目をぱちくりさせて驚いた。

「坂井野さんこんちわ。情報ありがとうございまぁす」どうやら光は坂井野に自分もどっかで映り込みたいので放課後の寄り道シーンに呼んで欲しいと頼んでいたのだった。

「まぁ、光はある意味メンバーだから学校違うけど友情出演ってことで良しとしましょう」

「あら茜音さん。おきづかいありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

6人の仲の良い高校生らしい会話は、さっきの練習の時の表情とのギャップもあってほほえましい時間であった。


・ 体育館の熱狂

 奥武蔵高校は学校挙げてのイベントのような雰囲気になっていた。軽音学部と放送部が機材を体育館に運び込み演劇部は2階の通路のカーテンを引き、数か所に照明を用意して文化祭以上のセッティングがされていた。

 準備も限られた時間での中なので演者、スタッフ入り乱れてのバタバタな状態でライブを迎えた。

 ステージには太鼓やマイクがセットされ緞帳が下げられたステージに5人はゆっくりと向かった。

 体育館には全校生徒が集まり、「テンツク同好会」と手書きのタオルを用意している者、色とりどりのサイリウムを振っている者、すでに話し声やメンバーの名前を呼ぶ者もいてザワザワしてる。

 ステージ下で坂井野が放送部のメンバーに合図を送った。

「みなさん。それでは登場してもらいましょう『テンツク同好会』です」

アナウンスと共に緞帳が上がり、一斉にスポットライトがステージにあてられた。大きな歓声が上がり特別ライブが始まった。会場のボルテージは最高潮に達し、3曲のライブはあっという間に終演となった。


 ステージから降りてくるメンバーをとらえようとカメラマンと坂井野はステージ袖で待ち構え一人一人に感想を聞いていく。聞いている坂井野がうらやましく思えるほど半纏姿の高校生たちは輝いていた。「きっといい番組になる」坂井野は心の中でつぶやいた。


2日間にわたる撮影を終え、校長室に挨拶を済ませると坂井野はもう一度、体育館に向かった。さっきまでの熱狂が嘘のように静まり返った体育館を見まわしステージに向かって一礼し帰路についた。


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