吾輩は自動販売機である
船越麻央
哀しき自動販売機
吾輩は自動販売機である。名前はない。10桁の管理番号のみである。吾輩は都内某オフィスビルのリフレッシュルームに置かれている。
超高層ビルの一角でのんびりと過ごさせてもらっていて、空調は快適、窓の外の景色も良い。それに吾輩は一人ではない。隣に他社飲料メーカーの自動販売機さんがいる。
「いやあ、今日はお客さん多かったですねえ」
「ホントに、もう次から次へと」
「あなたもですか。まあ急に暑くなったからなあ」
「明日また補充してもらわないと」
「そうですね。売上の回収もあるだろうし」
吾輩は平日は朝から深夜までけっこう多忙だった。たまにオーダーと違う商品を渡すことがあるが、これは吾輩のせいではない。商品補充した係員の入れ間違いである。覚えておいてくれたまえ。
それと、このリフレッシュルームには様々な人がやって来る。彼女もそんな一人だった。
堀越理央さん。このビルのテナントの女性社員さんである。なぜ吾輩が名前まで知っているのかって? それは、その、彼女が首から下げているIDカードを見たからだ。
「ダメですよ、そんなにジロジロ見ちゃ。まったくキレイな人を見るとこれなんだから」
「まあまあそう言わないでくださいよ。役得です役得」
「……美人なら……隣にいるのに……」
「は? アハハ!……」
とにかく理央さんはしっとりとした黒髪の超美人であり、そしてよくこの部屋を利用している。吾輩の缶コーヒーを買って窓際のカウンター席に座る。彼女のお気に入りの指定席なのだ。
彼女がその席で何をしているかと言うと……見たところ仕事ではないようだ。スマホで何か確認したり、小さなノートを広げて考え込んでいたり。何か思いついてはノートに書き込んだりしている。
後で知ったことだが、堀越理央さんはWeb小説サイトで活動している作家さんだそうだ。人気があるかどうかはわからぬ。それでたまに仕事をサボってイロイロとやっているらしい。いつか会社にばれるのではないだろうか。
ついでに言うと、彼女に好意を抱いているのは吾輩だけでないようだ。たまに一緒にやって来る、会社の同期らしい男。名前は小椋悠平だったかな。
ソイツ、どうやら理央さんに惚れているようだ。くやしいが似合いのカップルに見えないこともない。
「うーむ、またアイツと一緒か……」
「フフフ、しょうがないでしょ。でも彼女にその気はないみたい」
「ホントですか! 良かった良かった」
「バカねえ、まだわからないいわよ」
もちろんその二人以外にもこのリフレッシュルームの利用者は多い。吾輩もお隣さんもそれなりに忙しかった。
ただ閉口したのは深夜の客人である。遅くに男女二人でやって来る。明らかにフ〇ンとわかるのだ。残業するフリをして会社に残っていて……。
まあ吾輩にはカンケーないのだが、お隣さんはいつも憤慨していた。
吾輩はそんな日々を送っていた。ところが……。
ある日突然吾輩を悲劇が襲った。吾輩は異動を命じられたのだ。正確にはこのビルから退去させられた。新人自販機がやって来て吾輩の定位置に据え付けられたのだ。吾輩はお払い箱と言うことか。
「先輩、お疲れ様でした。後はボクにお任せください」
な、何をぬかすか、わ、吾輩が何をしたと言うのだ。あんまりではないか。吾輩はどうなるのだ。よくて他の現場、室内ならいいが屋外はキツイ。雨の日も風の日もジット待っていなければならぬのか。
それよりも最悪……どこかの倉庫に運ばれて……その後スクラップ行き。まさか、そんな……。
吾輩もはや、お隣さんにも堀越理央さんにも会うことはかなわぬのか。
しかし……しかし……今回もバッドエンドなのか。たまにはハッピーエンドにするのではなかったか。
もうよい。吾輩は搬出用トラックの上で覚悟を決めた……。
了
吾輩は自動販売機である 船越麻央 @funakoshimao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます