カガー・クッラーと偉人イジりの部屋

加賀倉 創作

第一の部屋『絶句、徒歩三十分最寄りから、トホホ』


 __乾元二年 三月三日__

 

 私の名は、新進気鋭しんしんきえいの唐代詩人、杜甫とほ


 今日は電車で東都洛陽らくようへ。


 目的は何か。


 先輩詩人李白りはくに会うのだ。


 私と李白が初めて会った時は……


 私は三十三歳。


 李白は四十四歳。


 私と李白は、その詩をよく比較される割に、世間にはあまり知られていないが、私の方がかなりの歳下である。


 十以上歳上のメンターを持て、さすればお前の視界は開け、人生は豊かな実りをつけるだろう……


 という父の金言を信じ、口数の少なかった李白に猛アタックすると、想像以上に意気投合したのだ。


 今日は久しぶりに、約五年ぶりに李白に会うのだが……


 なんと、私はかなりの寝坊をかましてしまった。


 待ち合わせは朝七時に洛陽。


 中国唐代の朝は早いのだ。


 で、私が起きたのは……


 六時半。


 普通なら、我が家から洛陽駅までは、ドア・トゥ・ドアで二十九分。


 全力疾走すれば……なんとかなるやも知れぬ。


 というのも、昨晩、李白との再会が楽しみなあまり、彼の作品『静夜思せいやし』を読み返したのだが、彼の綴る言葉のあまりに美しさに、ふと夜空を見上げると、月が綺麗で、見入ってしまった。


 そして、月に魅了される間に、時はあっという間に流れ、夜零時を回ってしまったのだ。


 彼を待たせるわけにはいかない。


 ましてや五年ぶりの再会。


 向こうとしては、仕方なく会ってくれるだけかも知れないのに、こちらが盛大に遅刻などしてしまえば……


 絶句、どころでは済まない、絶交だろう。


 私は床の上であれこれ思案するのに一分を費やしてから、ようやく家を出た。


 *****

 *****

 *****

 *****


 私は、電車を降りた。


 今、時刻は六時五十五分。


 なんとか耐えている。


 ギリギリに着くことを、李白にはLINEでまだ伝えられていない。


 なぜなら、計画通りに、待ち合わせ時刻ぴったりに着きましたよ、感を装いたいからである。


 洛陽の駅の構内を見渡すと、随分と様変わりしていた。


 私は、洛陽駅で待ち合わせをする時はいつも目印にしていた、大きな桃の木を探した。


 だが、近くには、見当たらない。


 野鳥観察の会、の如く、手を額に当て、目を凝らして周囲を見渡すと……


 例の桃の木は、遥か先に、豆粒のように、ちょこん、と立っていたのである。


 まさか、洛陽駅は改修に伴い、その位置も大幅に変わっていたのか。


 驚き桃の木山椒の木である。


 ああ、そういえば、今日は三月三日、桃のセッk……


 絶句。


 しかもである。


 いやいや、そのような戯言ざれごとを言っている場合ではない。


 私は、李白に胸を張って会えるように、何としても猛ダッシュで時刻通りに、あの桃の木の下まで辿り着かなければならない。


 しかし、残り時間はあと五分。


 おそらく、間に合うか間に合わないかの瀬戸際だろう。


 私は、少しでも近道をするべく、スマホでGoogleマップのアプリを開き、大きな桃の木までの、最短ルートを検索した。


 検索結果……


 絶句。


 徒歩。


 三十分。


 トホホ……


 ここで一編。


 

 『絶句Ver.3.3』


 杜甫甫トホホ


 久逾会李白 久しくして いよいよ 李白と会う

 月白我欲起 月 白くして 我起きんと欲す

 春朝看又過 春朝しゅんちょう みすみす またすぐ

 我欲即帰宅 我 すなわち 帰宅せんと 欲す


 久しぶりに李白に会うのだが(李白LOVE)

 あまりの月の白さに起きていたくなった(月が綺麗=告白文句)

 春の朝はみるみるうちに過ぎてしまう(寝坊)

 私は今すぐに家に帰ってしまいたい(恥のあまり即帰宅)


 〈完〉

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