第18話:予言の成すままに

 砂埃に混じる小石が、ぱらぱら、と小さな音を立てて地面に落ちていく。そして同時に、血漿の鉄臭さが絡まった硝煙が風に乗って吹いていった。


「くくく…」


 堂山は、相変わらず千切れた左腕を見つめながら、不敵な笑みを溢していた。左半身は焼き爛れ、脈に合わせて流れる鮮血も止める術はない。また堂山の周りには、はな擬きの黒い異形たちもすべて横たえていて、身を守ることも出来ない。


 唯一無傷な黒い右腕も、本体の負傷が多ければ、意味も成さないだろう…。


 誰が見ても勝敗は、明らかである。しかし彼の口角は、全く下がる様子を見せなかった。寧ろ、湧き上がる笑いは、さらなる加速をみせていた。


「くくっ……がーはっはっはっ!面白おもしれぇ!ここまで筋書き通りに事が進むってことは、以降も言われた通りになるってことかぁ!?これが占いって奴?それとも予言!?とにかく最後の最後に、俺の退屈を吹き飛ばしてくれたな。えぇ?不死身の辰風!」


 そう言って、堂山は笑う。笑う。笑う。

 足跡を立てて近付いてくる死に、怯えて狂った様には見えない。正気を保った上での饒舌さのようだった。


 辰風は、冷めた眼光をそのままに、再度鉄製の弓を解体して、外套の裏に締まった。そして地面に突き刺した大剣を抜いて、肩に背負うと、堂山へと闊歩していった。


「…望月堂山。そんな頓珍漢な台詞が、最期に言いたい言葉か?」


「くくく。別に聞き流しても良いぜ。ただここまで筋書き通りだと、つい笑っちまってよ」


 辰風は、斟酌しんしゃくのない冷めた口調で返す。


「これまで両手で数え切れねぇほどのはな共を狩ってきたが、さすがに死に間際に笑う奴は居なかったな」


「へぇそうかい。じゃあこの望月堂山様が、初めてを貰ったってか?かっかっかっ」


「気色悪い言い方してんじゃねぇ」


「かっかっかっ。これから予言通りに死ぬんだ。死に間際ぐらい、好き勝手言わせてくれや」


「予言…か」


 そんな会話の応酬を繰り返す内に、辰風は尻餅を着いたままの堂山の眼前まで歩み寄っていた。

 堂山が、視線を上げる。銀色の鈍い輝きを放つ大剣も相まって、太陽を背に佇む辰風の風格は人一倍巨大なものに思えた。


 辰風は、堂山を見下ろしながら、


「さっきこの三ツ上村は、最初から滅びる運命とも言っていたな。それもてめぇの言う予言って奴に通ずるのか?けど生憎、胡散臭い運命や予言の類は、全く信じてなくてね。この俺が信じてるのは…己の腕だけだ」


 付け加えるように「あとは瑠璃猫ぐらいかな」と言葉を足すと、大剣の岩のような切先を、堂山の喉元へ向ける。そして、重々しい刃を、がちゃりと鳴らしながら、


「鉄鋼黒蟻はどこに居る。さっさと言いな」


「血の気が盛んだねぇ。こっちは、お前さんが、やっと来てくれたことで退屈な日々から開放されたっていうのに。もう少し余韻に浸させてくれても良いんじゃねぇの」


「悠長なこと言っていると失血死するぞ」


「構わねぇよ。俺様が死ぬというのは、すでに決められた事柄だ」


「…解せねぇな望月堂山」


「あ?何がだ」


「解せねぇ。何がてめぇをそこまで、達観させている?」


 そう言うと、辰風は喉元に掲げていた大剣を退けた。

 堂山は「見逃すってか?」と小馬鹿さを孕んだ口振りで投げ掛けると「ちげぇよ」と返す。切先は喉元には向けないが、変わらず柄は、いつでも振り翳せるように握ったまま、


「勘違いするな。少しだけてめぇの言う余韻に付き合ってやるって意味だ」


「…ふぅん。俺様の言うことが気になるのか」


「最期の言葉を聞いてやるってことだよ。てめぇの戯言も、多少は聞く価値はありそうだからな」


「くくく。本当に多少か?」


「多少だ」


 堂山は冷笑を浮かべた。そして左腕の激痛を一瞥すると、間断なく流れる鮮血を眺める。すでに視界から色が薄れて、霞んでいた。


「けっ。血液が白黒に見えらぁ。そろそろ近いな」


 堂山の唇は紫色に変色を始め、瞼も半分ほど落ちかけていた。辰風の眼から見ても、死期が肩寄せているように思えた。


「望月堂山。死ぬ前に率直に聞く。そこまで心酔するほどの予言って何だ」


「かっかっかっ…やっぱり気になってんじゃねぇか」


「下らないいたちごっこに付き合っている暇はぇんだよ。さっさと話しな」


「くくく…」


 冷笑ですら、死相が伺えるほどの、力の無いものである。


「…初対面で決め付けて悪いが、あんた占いや予言のような類に縋る性格には見えねぇよ。死を受け入れるほどの予言って何だ?まさかそれが、鉄鋼黒蟻の能力とでも言うんじゃねぇだろうな」


「……けっ…確か…に。そんなもの…今まで信じたことも……ねぇ…」


 そして「俺が信じているのは」と付け足すと、絞り出すように言葉を続けた。


「この…世で、暁……ただ一人…だけだ…」


 堂山は鉄鋼黒蟻ではなく、氷川暁の名前を口にした。些細なことではあるが、華としてではなく、1人の女性として、信頼を寄せているように思えた。


 だが、氷川暁に信頼寄せれば寄せるほど、辰風の中では疑念が掻き立てられる。


「益々、解せねぇな。鉄鋼黒蟻は…いや氷川暁は」


 辰風は敢えて、言い直しをした。


「氷川暁は、人間であることを捨てて、鉄鋼黒蟻というはなとして現世に転生をした者だ。現世に転生するということは、今まで生きてきた歴史そのものも捨てるということに等しい。つまり、転生前の捨てなければならない。つまり――」


 辰風は、さらに言葉を紡ぐ。


「――転生前の名すら知る由もないんだぞ。分かるか?氷川暁という名前も、所詮仮初めだ。鉄鋼黒蟻として転生して、まだ3年程度だろ。どうしてそこまで心酔する」


「鉄鋼…黒…蟻に……予言の力なん…ざ……無い…。暁は、ただ従ってい…る……だけだ…」


 もはや、会話も嚙み合わない。聞き取れるほどの余力も残っていないのだろう。見上げたままだった辰風は、堂山の眼前に合うように、腰を落とした。そして会話の筋を、彼に合わせるようにした。


「従っているだけ…?それは、5人の使者の指示なのか?」


「…蛇腹じゃばら……みさき……の予…言……」


 以前、瑠璃猫が関わっていた5人の使者の内の1人である蛇腹岬という名前の男――。


 2日前、壱吉の家へ襲撃しに来た暁が、蛇腹岬の名前を口にしていたが、どうやら想像以上に関わっているようである。また5人の使者のそれぞれの能力は、全く知りえなかったが、その片鱗が伺えた。


「ふぅん…蛇腹岬は予言をすることが、能力なのか。そして鉄鋼黒蟻は、その予言の通りに従っていたって訳か」


 瑠璃猫は、肉体の再生が有する能力。そして蛇腹岬は、予言が能力だとすると、5人の使者は、益々人間離れした集団と言える。


「……あ…かつ…きが……言ってい…た。俺は、左……足が…千切れて、死……ぬ…」


 千切れているのは、左腕である。しかし風前の灯火である堂山に、言及することはしなかった。


「ふふ…俺が死ぬ…から……、お前も……死が……くく…」


「それが蛇腹岬の予言って訳か…ふん。てめぇには悪いが、益々信じる価値はぇな。それに惚れた女から、死ぬことを告げられて、従うなんざ哀れな男だ」


 死に間際の虚ろな発言ゆえに、信憑性に欠ける内容だ。況してや、堂山の千切れている箇所も異なっている。


 辰風は、短く息を吐くと、再び立ち上がった。


「望月堂山。もう喋らなくて良いぜ。これ以上、苦しむ必要も無い。介錯をしてやる」


 そう言うと、大剣の柄を握り直して、垂れた首元へと向けた。そして刃を振り上げた瞬間、


「暁……心…酔……。理…由………くは、は…」


 堂山は、まるで思い出したかのように、先程の辰風の質問を口にした。大剣を振り上げたままの状態で止めると、辰風は、再び耳を傾けた。


「理由…なんざ……決ま…っている…だろ…」


 最後の活力を絞るように、堂山は垂れていた頭を持ち上げていく。そして、吐血して鮮血に染まった歯を、にぃと見せると、


「あの日、暁の涙を見たからだよ――」


 言葉とは裏腹に、焦点の合わない眼は、狂気を孕んでいる。

 泥濘でいねいのような底冷えの憎悪が、全身から溢れると、聞き慣れた怪音が、辰風の耳を差した。


 パキパキ――…。


 黒光りの右腕が、内側から沸き立つように、ぼこぼこ、とうごめく。そして先程までの風前の灯を翻すように、


「く、ははははははあははあはあはあは!!お前は、これまではなを狩り過ぎた!狩れば狩るほど、はなたちに情報が行き渡るってことなんだぜ!」


 パキパキパキパキ――…!


「蛇腹岬の予言なんざ、知ったこっちゃねぇよ!あの日、暁が泣いていたから、この村が滅ぶことも、俺自身が、死ぬことを厭わない!躊躇わない!全部、全部全部全部全部全部全部……!」


 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ。


「全部全部全部全部、暁のた、ぐぶぅ!!!!」


 すべての言葉を言い切る前に、脳天に大剣の刃が突き刺さる。脳漿と泉のように噴き出す鮮血が、辰風の外套に付着した。


 岩のような巨剣は、脳天から顎まで、真っ二つに叩き割れていた。その勢いを物語るように、眼窩からは眼球が飛び出し、伸びた舌がだらしなく露呈する。しかし拉げて、欠損した顔面のまま、堂山は確かに笑った。真っ赤な表情で、笑った。


 蠢く右腕の怪音は、さらなる加速をみせて、耳を劈くようなかまびすしさを鳴らしていった。


 パキパキパキパキパキパキパ「望」キパキ「堂山!」キパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ「やが」パキパキパキパキパ「って」キパキ「る!」パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!!!!


 辰風の声も、掻き消されるほどである。そして右腕が、堂山の身体を侵食するように、全身が黒光りに包まれていく。


 パキパキ「ずっ」パキパキパキパ「愛し」キパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ「ぜ」パキパキパキ「あか」パキパ「き」キパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ。


 堂山の声すらも搔き消していた、怪音が徐々に下火を見せる頃。

 辰風の眼前には、視界に収まらないほどの巨大な黒い何かが佇んでいた。周りの家屋すら押し退けるほど、窮屈そうに佇んでいた。


 それは、まるで丸太のような太く、長い――得体の知れないそのものだった。


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