第17話:爆撃
弓矢らしからぬ発言が、堂山の耳を
自分の人生で培ってきた弓矢の知識において、一切関連の無い用語である。
「来い、虫!」
堂山は、眼前に差し迫る矢を防ぐように、近くにいた異形を右腕で引っ張る。そしてそのまま異形の背に身を預けた。
かっ————!!
異形を通して、矢の衝撃を感じた瞬間。
どぉん!と肌を刺す鋭い爆風が吹き荒れると、火の粉が巻き上がる。屈強な異形すらも圧して、堂山の巨躯すらも跳ね除けた。堂山の「うぉ」と短い驚嘆の言葉が上がると、地面に後転をした。
「ア……がァ…」
矢を直撃した異形の胸部の外被からは、筋繊維が露出し、硝煙が立ち込めていた。そして白眼を向いたまま、前方から倒れ込んだ。
どうみてもただの矢ではない。堂山が、感じ取った本能は、正しかった。
「爆薬入りの鏃……だと!?」
咽るような硝煙に咳払いをすると、鉄製の弓を構える辰風を睨んだ。状況を鑑みるに、衝撃が加わると同時に起爆をするようである。
異形の外被は、まさに鉄鋼のような強固を誇っている。しかしその装甲がいとも簡単に裂けて絶命に追い込んだ。外套に収まるほどの近未来的な折り畳み式鉄製の弓といい、爆薬入りの収納矢といい、辰風の底がまるで知れない。
「不死身の辰風…お前何者だ。大剣といい、爆薬入りの弓といい、そんな物今まで聞いたことねぇぞ」
「ふっ。知り合いの刀鍛冶が有能でね。そいつがすべて造ってくれるのさ」
「武器は、他にもあるのか?」
「さぁな。これで最後かもしれないし——」
そう言いながら、外套から再び羽根の付いた鏃を取り出す。そして羽根を持って、矢柄を引っ張ると、弦に引っ掛ける。
「——まだ隠しているかもなぁ!」
風切り音が耳を掠めると、途端に爆風が吹き荒れた。どぉん、どぉん、と地面を削るほどの爆撃と共に、辰風はさらに矢を射っていく。
硝煙と砂埃で辺りの視界が曇っていく。視界が煙で覆われる度に、鼻孔を刺すような硝煙と血漿の匂いで充満していった。
巻き上がる煙で、すでに堂山の姿は見えない。だが、それは裏を返せば辰風の姿も、堂山には見えていないということでもある。
仮に近付いていたとしても足音も、焼ける火の粉に掻き消されている。また、ざわめく異形たちの苦痛に歪んだ叫び声も、両者の歩を止めるにも十分だった。
もちろんこの程度で、堂山が絶命したとは考えにくい。
しかし辰風は、一旦爆撃の手を止めると、鉄製の弓を折り畳んで外套に収納した。
そして地面に突き刺していた大剣を引き抜くと、
「さて…っと」
独り言のように呟いて、腰を捻りながら薙ぎ払いのような構えへ移行する。そして全身を小さく収める。
「もう終わりかよ不死身の辰風ぇ!!」
突如、堂山の右貫手が、背後から煙を搔き分けてくる。しかし大剣の刃が、貫手を払い除けた。
「やっと近付いてきたな。望月堂山。鉄鋼黒蟻と同じように、首の骨を折ってやろうか」
「やれるもんならやってみろ!お望みの接近戦って奴だ!この腕に勝てる奴なんざ、この世には居ねぇ!」
視界の悪い硝煙と砂埃の中、鉄のぶつかる音と共に2人が交差する。堂山の右腕は、鉄鋼のように強固であり、大剣と遜色なく応戦を重ねていく。
「うぉらあああああぁああぁ————!!!」
腰を大きく捻って、乱打を放つ。辰風は、岩と紛うほどの大剣を盾のように翳すと、真正面から受けていた。
刀身から波打つ衝撃が、柄を通して、手に伝わる。びりびりと痺れるような衝撃は、常人の鉄拳とは比べ物にならない。この大剣でなければ刀身は、粉々だっただろう。
骨太な辰風ですら、歯を食い縛り、両手で大剣を支えるほどである。
(くっ…途轍もない
一撃ごとに両足は地面にめり込んでおり、僅かに後退する足元には、小さな砂の山が出来ていた。
先程の異形たちとの戦闘の疲労が癒えない状態での接近戦である。額から噴き出す汗が、前髪に張り付いていた。
がぁん、がぁん、と大剣が轟音を鳴り響かせる。
「おおおおお!どうした不死身の辰風!?お前は、この程度で怖気付く程度の男なのか!?よくその腑抜けた腰で、今まで
「言ってろ…」
「この俺様が、引導を渡してやるよ!暁の手を煩わせねぇ!」
「鉄鋼黒蟻に随分と入れ込んでいるようだな」
「この望月堂山が惚れた女だ!そこら辺の虫共とは、訳が違うんだよ!」
「恋は盲目とは……よく言ったもんだ!」
辰風は、堂山の鉄拳に合わせて、瞬時に刀身を斜めに構える。
鉄拳は、斜めに構えられた刃に沿って、火花を散らせながら進んでいった。突如として、いなされた堂山の身体は、大きく前に傾く。
刃に沿うように、拳をいなす——それは、大剣の刃でも傷一つ付かないほどの強固なの鉄の腕だからこそ、出来た技である。
踏みとどまった堂山が、払い除けるように右腕を振って応戦をした。風切り音が、辰風の眼前を掠っていく。
すると辰風は「この時を待っていた」と言わんばかりに、大剣から手を外すと堂山の襦袢持ち、自身の身体に引き寄せた。そして堂山の右腕を抱え込み、重心を低く落とした。そして自身の腰を支点にして、堂山の身体を浮かせると、
「鉄鋼黒蟻に言ったはずだぜ。道具は……使い分けが大切だってなぁ!!」
ぐん、っと腰を持ち上げて堂山の巨躯を浮かばせると、弧を描きながら、吹き飛ばした。残像を残すほどの勢いを孕んだ一本背負いである。
どすん、と鈍い音を鳴らせて、堂山は倒れ込んだ。受け身を取れず、背から強く撃ち落された堂山は、短い唸り声を上げる。まるで肺の空気が、すべて押し出されたかのような衝撃に、眉間に皺を寄せた。
そして揺れる視界のまま、辰風へ視線を移すと——ぎりぎり、と弓を引く弦の音が耳を掠めた。螺旋状に回転した
額から急に噴き出す汗が、戦況を物語っていた。
まずい。
まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずい!
しかし身体は、打ち付けられた衝撃で、動かすことが叶わなかった。さらに周りには、盾になるような異形たちも居ない。まずい。まずい。まずい。まずい。
「ふ……不死身の辰風えええええええええええぇぇええええぇえええええええええええ」
堂山の叫び声は、耳を劈くほどの爆発音に掻き消された。
鼻孔には、肉が焼き焦げたような不快な臭いが刺し、視界全体に白煙が立ち込めている。そして全身を突き破るような鋭い痛みが、身体の左側から全身へと駆け抜けていった。それはあまりにも死に近い生々しい痛みだった。
舞い上がった砂埃と硝煙が、下火になる頃。
尻餅をついた姿で、肩で息をしながら佇んでいた。襦袢も焼け果て、露呈された上半身は、赤黒い鮮血に染まっている。そして、地面に転がり落ちた自身の肘から先の左腕を見つめていた——。
先程までの激情の炎は無く、どこか冷静さを孕んだ静かな眼差しである。静寂を示すように、肘から滴る血液の雫が、地面に小さく鳴る。そして案の定、掠り傷1つ付かない黒い右腕で、傷口を撫でながら、
「く、はは…ここまで……あいつの言う通りになるとはな…」
露呈した赤黒い筋繊維は、生々しい死の象徴にも思えた。堂山は、そんな傷口に触れるが、特に痛がる素振りもなく、どこか納得したような口振りで呟いた。とても静かに呟いた。
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