第16話:剣士の道理

「おらおら。不死身の辰風ぇ!次々と殺していかねぇと間に合わねぇぞ!がっはっはっ——!」


 下品な高笑いが雲を突くように上がる。その視線の先には、緑の血の池に横たわる黒光りの異形たちが横たわっている。すでに10体は、すでに山のように無造作に積み上げられていた。


 頭部と思わしき部位が欠損しているもの、臓器が飛び出しているもの、片足が千切れているもの、背骨が反対側に折れ曲がっているもの、など、地獄を一枚絵にしたような凄惨さだった。異形たちの円陣の中央では、すでに新たに血飛沫が上がり、辺りを地獄に染め上げている。


 血液は緑色だが、鉄が酸化したような鼻を突く生臭さは、人間と遜色は無い。破壊された黒光の外被の下には、朱色の筋繊維が露呈していて、宛ら人間そのものだった。


 強烈な異臭の中、永遠にも思える殺戮は繰り返されている。


「ぐ……があああぁぁあぁああああぁぁぁあぁぁあぁああああぁぁあああああああ————っっ!!!」


 黒の円陣の中央では、辰風が異形たちのざわめきを掻き消すほどの、怒号で大剣を振るっていた。すでに返り血で刀身は、緑色に染まっており、鈍い銀色の光沢は皆無である。


 振り下ろされる一太刀は、装甲が厚い背部であろうとも、全身がくの字に折れ曲がるほど致命傷に達する。一撃目に外被はひしゃげ、二撃目にはすでに肉を断っていた。


 …どちらが化け物であろうか。

 返り血を浴びて、鬼気迫る剣戟の嵐の中、有象無象を薙ぎ払っていく姿は、とても人間とは思えない。がぁん、がぁんと鉄を打つ甲高い音を撒き散らせ、辰風は駆け抜けていた


 堂山は、その様子を、見下すように見つめている。口角を上げて、にやにやと張り付けたような笑い顔であったが、眼差しは至極真剣である。


(不死身の辰風。その練り上げた技術は、すでに人間の枠に収まるものじゃねぇ。さすが、これまではなを狩ってきただけのことはある。その闘気。その剣技……癪だが、実力を認めざるを得ない)


 堂山は、円陣の隙間から見える辰風の表情に着目をした。そして冷静に観察をする。


 噴き出した汗。

 荒い息遣い。

 絶滅までに三撃、四撃と増えていく一手。


 そのすべてを——つぶさに観察していた。


(……関節か)


 堂山は、辰風の戦いの癖から、1つの仮説を打ち立てた。

 いくら人間離れした体力を持ち合わせていたとしても、人間である以上は、いつかは限界が来る。この世に、文字通りの不死身などはあり得ないのだから。


 ならば、辰風はどのようにして戦うことが得策か?


 それは、の手数で、の実力を発揮させることにある。

 つまり如何に体力を温存させながら、着実に異形たちを絶滅させていくかが、今後の戦況を握る鍵になる。況してや村全員が異形へと変化しているならば、その数は1000は下らないだろう。


 その途方もない戦いの中でも、辰風は、確実かつ着実に異形たちを絶滅させていた。

 獣の如く、荒々しい剣戟にも思えるが、すべて計算された剣筋である。袈裟斬り1つにしても、その剣技が光る。装甲の薄い関節部を狙っているのだ。


 一撃目で体制を崩させて、そして関節部を断つ。それが、辰風が見出した有象無象の異形たちとの戦闘における方法という訳だ。


(関節部の装甲が薄いからと言って、そう簡単に狙えるものじゃねぇ。さすがと言わざるを得ない……が)


 そして堂山は、据わった眼差しのまま、舌舐めずりをすると、


(すでに1匹当たり、四太刀が平均になってやがる。くくく…少し疲れてきたか?)


 開始直後から比べて、辰風の汗の量は尋常ではない。一太刀ほどに吐き出す呼気もまた荒くなっている。じりじりと背を照らす太陽もまた、彼の体力減少を助長させているようだった。


「ぜぇっ!ぜぇっ!くっ……おおおぉああっっ!!!」


 すでに異形たちの屍は30体を越える。辰風が一歩踏み込むたびに、地面に溜まった血溜まりが、跳ね返っていた。


 両端で土下座していた元民草たちの残りは20体ほどだ。だが、当然それだけで終わるはずがない。この様子だと、異形に変化した三ツ上村全員が、この地に集結をしてくるはずである。


 つまり30体の異形を絶滅させただけで、疲労をしているようでは、次に絶滅させられるのは辰風本人かもしれないのだ。


 圧倒的な数の暴力の中、堂山は、表情に余裕を覗かせる。そしてすでに包帯を解いた状態の右腕を突き出して、声を荒げる。


「おいおいおいおいおいおい。もう諦めちゃえよ、不死身の辰風さんよぉ!もうお前さんの剣筋は理解した。関節だろ?関節を狙っているんだろ?だが程度、この右腕の前では、何も問題は無いね」


 包帯を外した右腕——その右腕は、何も変哲の無いただの黒光りの腕だった。もちろんどう見ても、人外の腕であるが、目の前の異形のような攻撃的な棘がある訳でもなく、特別厚い訳でもない。太さも堂山の左腕と同程度である。


 肩から指の先まで、凹凸なく滑らかな表面である。そして黒い光沢が、陽光に反射していた。模様など何もないただの黒光りの腕である。


 辰風も剣戟の最中、横目に右腕を見ていた。しかし特に襲い掛かる訳でもなく、眼前の異形たちに猛威を振るうばかりである。


「おいおいおいおいおいおい。せっかく右腕の包帯を外してやったというのに、冷たいんじゃねぇの~?もっと興味持ってくれても良いんだぜ——って言っても、そんな余裕ねぇか!くはははは!」


 改めて高笑いをした。

 そして嘲笑にも似た笑いが下火になる頃、ひどくつまらなそうに瞳を据わらせて、


「…そろそろ飽きてきたな。やっぱり退屈な日々には変わらねぇか。暁には悪ぃけど、やっぱ死んでもらうわ」


 そう呟くと、黒い右手を前に突き出して、辰風へ指差すと「やれ」と言葉を告げた。異形になったためなのか、堂山の命令に対して従順な姿勢をみせる。そして10体ほどの異形たちが、膝をぐっと曲げて、力を込めると、辰風に向かって一斉に飛び掛かった。


 辰風は、歯を食い縛り、咄嗟に大剣を盾のように構える。そして鉛を打ち込んだような重々しい地響きが、複数回辺りの空気を震わせた。辺りに静けさが溶け込む。


「あーあ。不死身と豪語する割には呆気ねぇの」


 積み上がった異形たちは、山のように盛り上がっており、自重で窮屈そうに収まっている。しかし拭い切れない違和感が、下層から競り上がっていた。


「…お………じ…つ……だ…」

 

 籠った声が、鉄のような外被に反響をして、木霊する。まるで地獄から聞こえてくるかのようだった。


 その違和感は、遠くで眺める堂山も感じ取っていた。そして異形たちの山が、ぐらっと傾きをみせると、下層から声が漏れ出す。


「俺は………!」


 辰風の声である。

 そして「おおおおおお」っと力の籠った怒号が、堂山の耳まで届くと、


「俺は、不死身の辰風だああああぁぁぁぁあああああぁぁあああああああ————————っっ!!!」


 爆発が生じたように、下層部の異形から一気に弾け飛んだ。そして独楽こまのように大剣を振るう辰風が、露出する。


 耳を刺すような風切り音と共に、異形たちは、辰風を中心にして円を描くように吹き飛ぶ。その中心で、鬼神の如き気迫で、大剣を振り翳していた。


 大剣を握る右腕には、万力の様子で、数多の血管が走行していた。緑の返り血で髪の毛は張り付いて、見た目そのものでも、どちらが化け物か分からない。


「ふーっ!ふーっ!」


 荒々しい鼻息と共に、殺意に満ちた眼光を堂山へ向ける。そして布告するように、切っ先を堂山へ向ける。


「はぁ…はぁ…安全圏から、ごちゃごちゃうるせぇぞ望月堂山。てめぇが、村人巻き込んで異形を寄越したから、時間が掛かっちまっただけだ。しかしそろそろ重い腰を上げて、てめぇ自身が、ここに来ても良いんだぜ。けど爺さんには、この距離が遠過ぎるか?」


「はっ。その減らず口が聞けて安心したぜ。しかし不死身の辰風。いつまでそう強気で居るつもりだ?」


 そう呟く頃には、辰風の耳に「がさがざ」と這いずるような怪音が、後方から聞こえた。横目に頭を傾けると、遠くから新たな異形たちが、涎を垂らしながら近付いていた。


 どうやら堂山の言葉通り、村全域が異形に変化をしたらしい。


「言っただろ。お前さんは、蟻の巣穴に落ちた虫だってな。いくらでも湧いて出てくるぞ」


「…へっ。そうらしいな」


 辰風は、顔面に付着した返り血を拭い取ると、大剣を地面に突き刺した。ずん、と重い音と共に、突き刺さる。


「…あ?おいおいおいおい。そいつを放棄してどうするつもりだ」


「剣士が、剣しか使っちゃいけない道理でもあるのか?…ったく。あんまり手の内は、晒したくねぇんだが、仕方ない」


 辰風は、そう言うと、外套の内側に手を忍ばせる。そして、くの字に折り畳められた鉄線を取り出すと、形を戻すように広げて組み立てていく。


「もう一度言うぜ。不死身の辰風の語る真の不死身。やられる前にやるからこそ不死身——その神髄を身を持って教えてやる」


 そしてがちゃん、と音を鳴らすと最後の鉄線を組み立てて、自身の前に振り翳す。


 弧を描くように湾曲した鉄性の弓幹ゆがら

 上方の末弭うらはずから伸びた弦。


 辰風の上半身ほどの小柄な形状ではあったが、それは見紛うことなく——弓だった。


「鉄製の弓……ふん。だから何だってんだ!弓矢如きで対処出来るほど、鉄鋼黒蟻は甘くねぇぞこらぁ!」


「そうだと良いな」


 辰風は、再び外套に手を忍ばせると、鉄製のやじりも取り出す。

 先端は螺旋状に渦巻いており、羽根だけが飛び出している奇妙な形状だった。鏃と羽根だけでは、弦に引っ掛けることすら出来ないはずだ。


 しかし羽根を引っ張ると、鏃の中に収納されていた矢柄やがらが伸びてきた。


 こうして弓、矢ともに、馴染みのある形へと変化をする。しかしすべてが鉄製かつ収納の利便性を兼ね揃えた近未来な造りとなっており、従来の矢とも思えない。


 堂山の野生の勘が、「」と警鐘を鳴らしていた。


 辰風は、ぎりぎり、と今にも破裂しそうな張り詰めた音で、弓を引いている。もちろんその鏃の矛先は、堂山である。


「む、虫共!今すぐ俺の盾になれ!急げ虫!」


 片目を凝らして、狙いを定めると、


「てめぇが、こっちに来ねぇから、こっちから行ってやるよ。ただし俺自身じゃねぇけどな…!」


 弦を放すと、鋭い一閃が、直線的に突き進む。先端の鏃が、螺旋状になっているために、暴力的な回転が加わっていた。


「——ぜろ」


 辰風が、鉄のように冷たく言い捨てた。


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