頂き女子こと渡辺真衣を少し擁護できる理由

島尾

悪いもの見たさの末路

 渡辺真衣は、男の恋心を狡猾に利用して大金を盗み取った詐欺師であり罪人である。男が興奮するようなワードを細かく研究し、いかに騙すかを徹底して考えたのちそれを実行した、計画的犯罪。のみならず自分の発明した悪徳マニュアルを他のクソ女に閲覧可能にしたことは、どこかで同様の犯行が起こる可能性を大いに高めた。この悪辣な犯罪者に少しの擁護や弁護をすることが可能なのだろうか。


 この類の犯罪者の生い立ちが不遇であることが多いのは、だいぶ前から知られている傾向だろう。ニュースの取材に対する被告の回答によれば、渡辺も例に漏れずそうだった。ある意味、彼女は社会集団という巨大な複合組織から迫害された一被害者であり、そこには同情の余地があり、減刑に相当する理由になるかもしれない。だが私個人の意見では、その根拠による減刑の程度は僅少で、せいぜい懲役刑が、1,2ヶ月くらい短くなる程度だ。もっとブタ箱に留まる年数を減らしてやるならば、以下の、人間が集団になったときに往々にして起こりうる劣等的行動を根拠にする必要があるだろう。


 渡辺真衣の裁判を傍聴しに来た数百の野次馬の中の一人が、ニュースの取材に応じた。そいつは10代の小娘で社会に関する知識や経験、考察をまだまだしたことのないガキだろう。それが言うには、


「結構前からネット上で話題になっていたので〜。捕まる以前から知っていて、チュウモクだったので見に来ました(笑)」


 というものだ。「ネット上」というのはおそらく、膨大な量の被害情報から無作為かつ多量に罪を暴き出す数人のYouTuberの偽善かつ向こう見ずな配信ならびに録画だろう。一言で言えば、「コレコレ」だ。あの類の者は、大人数を集めて、すでに吊し上げられた悪に対してその憎悪と怒り並びに断罪意識を煽るということの技術に長けている。「この人はこんなに悪いんですよ〜」ということを人々に妄信させることが得意技であり、簡潔に言えば「騙し屋」だ。私もそれに引っかかって2か月くらいハマったことがある。彼らは正当な行為を確かにやってはいるが、明らかに社会貢献の度合いが浅いことは初めから明白だった。その理由は単純で、彼らの第一のモチベーションが、人の目を引いてカネを儲けるため、という、社会貢献とは関係ないものをモチベーションに据えているからだ。また、彼らのチャンネルに集まる者たちの「悪いもの見たさ」は配信における滝のようなコメントなどから感じることができる。ちなみに、彼らはタバコポイ捨て注意の動画を上げている。あれが社会貢献といえる善行だと思っている人は、まさかいるまいな。

 このYouTuberによって一つの悪が何億倍にも悪く、醜く、卑怯であるという見方が強まるのは自明だ。ということは反対に、渡辺真衣の生い立ちに同情する意見は少なくなり、渡辺真衣の現在やっている悪質な行動の異常性を本人に気づかせようとする流れは起きにくくなる。そしてそのように信じ込まされる人の数は数万以上だっただろう。よって、野次馬は一人の現在進行形で悪をなす者を更なる悪の道へ加速誘導する効果を持っていると言える。逆に、集団でもって悪をそのままにさせるために、渡辺真衣の更生を不能にして彼女が悪から抜け出すことを阻害する。そしてYouTuberは金銭を得て私服を肥やし、視聴者は悪を見たい欲求がますます強まる洗脳状態に陥る。

 もし視聴者の中の誰かが警察に「りりちゃん」の悪事を知らせたとしよう。その人が「りりちゃんを助け、更生させたい」と思って行動した可能性はかなり低いと思う。「他人から金銭を奪う極悪人りりちゃんをどん底に落としてやろう」という意思に支配されて、警察にチクったに違いない。あるいは警察が直接渡辺真衣を逮捕しようと動くとき、そこに渡辺真衣の抱える深い事情や心理などかけらもないはずだ。彼らはロボットのように悪人を逮捕する、そのためだけに必要とされる社会のコマだからだ。その最も簡便にして常識的な表明方法は、「仕事でやってんだよこっちは」だ。簡単に「仕事」というワードを持ち出して「自分は正しいんだ」と主張することの、なんと浅ましく醜いことか。

 さらに醜いのは野次馬だ。人を助けたい、悪の道に進む者を止めたい、等の救済精神は後退し、悪に落ちる者のさらなる悪を成す瞬間を目に止めたいという自己の快楽の渦に呑まれる。彼らは「どうせこんな奴に何言ったって無駄や」と口先では言いそうだ。しかし心の奥底に抱く真の感情は、「こいつがもっと悪いことをやるところを見たい!」という、我を失って刺激を求めるだけの馬だ。そこに人間というものの必然性を見出すことはできない。野次馬は人間でなくとも、犬猫や鼠、鳥、蚊でもなんでもかまわない。すなわち渡辺真衣にとって野次馬は自分を蝕むだけの害虫でしかない。


 以上のような、自身の生い立ちやリアルにおける苦境とは異なる悪質な環境にさらされていた渡辺真衣に対して減刑の余地があると私は考える。これは決して刑の総量が減ったわけではない。検察は懲役13年を求刑したので、裁判官はそのうち4年ぶんを、当該YouTuberと野次馬に配分しただけであると私個人は捉えている。ここで、もう一度罪人の一人の言葉を書き記そう。


「結構前からネット上で話題になっていたので〜。捕まる以前から知っていて、チュウモクだったので見に来ました(笑)」(10代の小娘の戯言)


 何かを見たとき、具体的にどのように考えるのか。その必要性を感じる事件だった。そして私を含めたりりちゃんの悪事を見た者、そして例の偽善活動家YouTuberも、4年間、1ヶ月あたりレポート用紙10枚の反省文を書き、それを自分の親や友達や先生や好きな人に提出し、熟読され、その場で燃やされる(電子ファイルの場合は、その場で消去される)という刑に処されてもよいと思う。他人の悪事を喜んで見ておいて、それでお咎めなしというのが日本の姿勢というならば、日本は、救いようがある者をも救わないクズ人間の集まりと断じる他ない。

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