白い女

入江 涼子

第1話

 私は真夏の暑い日の夜中、寝苦しさのあまりに目が覚めた。


 けど、気がつくと上半身を起こせない。何事かと目線を動かす。そうしたら、蛍光灯の豆球特有のオレンジ色の中でぼんやりと浮かび上がるソレがいた。目を凝らすと、真っ白の腰辺りまで伸びた長い髪に白すぎる肌、白銀に輝く美しい瞳の女が私の上に馬乗りになっている。極めつけは白い和服だ。全身が真っ白なその女は私の腹部に跨がり、みぞおち辺りに両手を置いている。そして、白銀の瞳はこちらから逸らさずに告げた。


『……あついの、何か冷たいものをちょうだい』


「……??」


『それをくれなかったら、あなたには死が待っているわ』


 女はそう言って、また私の瞳をじっと見つめた。けど、試しに首を動かしてみる。何とか、頷く事ができた。私はあまりの恐怖に体中に冷や汗をかいていたが。心臓はバクバク鳴っているし、鳥肌も立っている。仕方なく、起き上がろうとした。同時に、女は降りて寝室の隅の方に行く。私はフラフラしながらも寝室のベッドから降り、キッチンに向かう。何故か、女も付いて来た。


『何をしに行くの?』


「……冷たいものを探しに行くのよ」


 それだけ、答える。キッチンにたどり着くと早速、冷蔵庫を開けた。


「あなたは何が好きなの?」


『……氷とか』


「分かった、氷ね。後、アイスもどう?」


『あいす?』


「牛のお乳にお砂糖とかを入れて、冷やしたら出来るお菓子よ。結構、今の季節は人気がいいの」


 私は軽く説明しながら、冷凍庫の扉も開けた。ガサガサとしながら、一個のアイスキャンディーを出す。また、製氷皿も出した。使っていない新品のマグカップを棚から出して氷を入れる。アイスキャンディーを女に渡した。袋を破って舌で舐めながら食べるとも教える。

 氷を入れたカップに冷たい麦茶も出して注いだ。女は黙々とアイスキャンディーを食べ始めた。麦茶を仕舞うと、彼女はポツリと呟く。


『美味しい、しかもひんやりしていて甘いわ』


「でしょ、私もアイスは好きなのよ。はい、こっちは氷入りの麦茶だから」


『……ありがとう』


 なんと、女は素直に礼を述べた。私は驚きながらも頷いた。アイスキャンディーはあっという間に無くなる。麦茶もちびちびと飲みながら、女は身の上話を始めた。


『私は昔で言うところの雪女よ、けどね。おんだんかって言うの?あれのせいで仲間が次々といなくなってしまったの。気がついたら、私や妹だけになってしまったわ』


「ふうむ、それで。ウチに来たの?」


『そう、山から降りて。町中を彷徨っていたらね、偶然にも。あなたを見つけたわ、だから姿を現す事が出来たのだけど』


 女はいわゆる雪女で妖かしの類だった。詳しく聞くと、最近は冬でも滅多に雪が降らなくなったらしい。だから、山を出て町中をフラフラしていた。たまたま、私が霊感が強いのに気づいて。雪女は我が家に居着いたのだとか。けど、悪さはする気がなかったらしい。だから、今回が始めてだった。悪さをするのがだが。


『……けど、私も踏ん切りがついたわ。あなたが甘いものや氷入りのお茶までくれたしね。本当にありがとう、忘れないから』


「別に、大した事はしてないわよ」


『ふふっ、それでも私は凄く嬉しかったわ。そろそろ、行くわね』


「……そっか、山に帰るの?」


『うん、妹が心配だからね』


「分かった、じゃあ。さようなら」


『うん、さようなら』


 雪女はにっこりと笑いながら、スウと透明になって消えていった。後には、私に渡されたマグカップとアイスキャンディーの棒が残ったのだった。静けさの中で私はため息をついた。


 ――完――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白い女 入江 涼子 @irie05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説