幕間 試験後(クレイン視点 中)

 享楽都市の宿の一室で何故かベッドに寝かされており、ボロの外套を纏った男がオレの顔を覗いていた。


「実に興味深い。機神計画の被験者が、廃棄処理の間隙を縫って我らのサインに共鳴するとは。……貴公、自分の名は分かるかね?」

「……ヴェイラー、アッシュ、ホドモカ。他には確か、ルルワーラ、メム、ケトイ。ジュカオーにしてカカとなり、セドメイとミルワラを賜った。……キドンケスタにフガル、ヒュイマであり、アレンダ、パニャク、クノーでもある。ウェルサにしてローウン、メドセールにしてフィネックス、そしてロジャーにしてアサルマ。ビトーマークス、ゼルセーン、ホルルベスという事もあったし、ウェイデル、ロエ、ゾックサインと名乗る事もあった。クロックパーミとサズクエンタ、インフェルを超えて、ジェスタ、フサマル、そしてギュンドープ、キングジャックイン、タボールにして……他には、ええと」

「そこまでだ。成程、貴公は重症だ。これでは話にならん」


 そう言って、男は詠唱者の魔道書を取り出す。まだカードの登録すらされていないような新品のものだ。


「我らは追憶人。過去の情報を具現化する邪法のともがら。貴公の魂にある悪性情報神の知識を魔法として封じよう」


 オレの中から何かが抜けていくような感覚と共に、魔道書にカードが登録されていく。邪法……魔法に分類されない力の総称であり、その知識を求めるだけで極刑となる地域もあると聞く。過去の情報から魔法を抽出するなど、魔法では到底不可能だろう。

 オレの中から全ての神の知識が抜ける頃、既に一昼夜が経過していた。


「……凄まじいな。まさかこれほどの情報を持ちながら辛うじて壊れていないとは」

「オレは、どうなっているのですか?」

「追憶人のサインに共鳴した時点で、貴公は既に追憶人としての運命を歩み始めた。貴公にも見えるだろう? この輝く文字が」


 男がベッドの上に指を這わせると同時に、黒色に輝く不可思議な文字が浮かんできた。見たことのない文字だったが、何故かオレには理解できた。


「『この先、危険あり』……?」

「うむ。問題なく読めるようだな。これは過去、あるいは未来の追憶人が輩に向けて残したものだ。黒いサインはただのメッセージだな」


 追憶人のサインは全部で4種類あると言う。

 同じ追憶人へ向けて情報を残す【黒き情報のサイン】。

 追憶人が触れると、一時的に自身の力を貸し与える【白き共闘のサイン】。

 追憶人が触れると反応し、自身の情報体を襲い掛からせる【赤き死闘のサイン】。

 追憶人が信仰によって性質が変化する【青き聖戦のサイン】。


「追憶人となれば最早人間ではいられない。死んでも生き返り、寿命もない。魂に魔力の皮膚が付いただけのようなものだからな」

「……終わりが無い、と?」

「その通り。だからこそ、追憶人はこうして繋がるのだ。孤独と忘却は真に人を殺す。そういう意味では、それこそが終わりか」


 自嘲気味な言葉と共に、男は告げる。


「改めて聞こうか。貴公の名は?」

「……分かり、ません」

「そうか。形を保っていたとはいえ、魂があれだけ破損していたから無理はない」


 男の言葉と共に、古びたインク壺を渡された。


「追憶人のサインを書く為に必要な道具だ。書きたいサインを思い描き、指を這わせればいい」

「貴重なものでは?」

「新たな追憶人への餞別だ。そしてこの魔道書も貴公が使うといい」


 そう言い終わった瞬間、男の身体が透け始める。オレは突然の事に言葉が出なかった。


「サインの共鳴か。存外早かったが、お別れだ貴公。もし自分の名前を決めていないのであればクレインと名乗るといい。終ぞ、呼ぶ事すら出来なかった息子の名だ」

「え、あ……?」

「いずれサインの導きにより出会う事もあろう。それは今よりも過去の己かも知れぬし、遠い未来の己かも知れん。……まずは追憶人とサインを知る事だ」


 それだけを言い残し、名乗る事すらなかった恩人は目の前から消えた。



 追憶人だと自覚するようになってからは、良くサインを目にするようになった。基本的には黒と白のサインだが、稀に赤のサインも見かける。青のサインは今まで一度も見たことが無い。

 他の追憶人と言葉を交わす事もあった。新参者が珍しいのか色々と情報を教えて貰えた。


――機神計画の被験者、その末路は悲惨なものだよ。

――■■■■■■? その被験者はまだ実験中だと聞いたぞ。

――血を以ってでしか孤独を埋められぬ者が赤のサインを書くのだよ。

――黒のサインは目印として信用してもいい。しかし信頼はするな。

――白のサインは共鳴により追憶人を一時的に呼び出す。加勢が必要ならば触れると良い。


 そしてある追憶人からオルフィズの話を聞いた。


「魔道師養成機関オルフィズを知っているか? もし目的が無いのであれば目指すと良い」

「……目的、ですか」

「我ら追憶人は永きにわたり生きながらにして死んでいる。故に、惰性を貪る者ばかりだ。だが、君はまだそうではないだろう?」

「それは、そうですが」

「ならば、まずは人と関わるべきだ。世を捨てるのはそれからでも遅くはない」


 惰性で生きる前にやれる事をやるべきだ。一度枯れてしまえば二度と気力は蘇らないと。

 ならば丁度良いのかも知れない。知りたい事があった。そもそもマニュファ様が神を生み出そうとする、その狂気の元が何なのか。

 その情報を調べる第一歩として、各地から人が集まるオルフィズは都合が良いだろう。


「あなたにも、目的があるのですか?」

「ある。我が身は子孫を見守っている。子を頼むと、愛する夫に頼まれてはな……断れん」


 穏やかな笑みと共に去って行った追憶人。こうして話してみると、追憶人にも様々な人がいる。ただ、共通しているのは何故かサインと共鳴していつの間にか追憶人となっていたという点。マニュファ様の件が終われば、調べてみてもいいかも知れない。


「試験は来月か。それまでにオルフィズの近くまで行っておかないとな」


 ――そして、恩人から貰ったクレインという名で、オルフィズの門を叩く事となった。人と関わりやすく、そして情報を調べ易くする為にはどのような言動をすればいいか。そのシミュレートをしながら。

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TCGプレイヤーが往く! 魔法決闘、修羅の道 水滴召喚丸 @HHO_POTATO

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